26話
牢への帰り道。組の者の目が光る中、陽向は考えに没頭していた。
——海斗はバカか、それともバカなふりをしているだけなのか。
前々から、自分も気になっていた問題だ。
果たして、海斗は他人を騙そうとして騙していたのか。
そして、今まで自分と一緒にいたのも騙すことが目的だったのか。
これがわからない限り、前に進めない気がした。
誠吾(せいご)との取引のこともそうだが、気持ちの面でも。
(玄沢さん……)
会ったのは今日、いや昨日だというのに、その存在をとても懐かしく感じた。
できることなら、今すぐここに来て欲しい。あの広い胸で抱きしめて欲しい。
そんな風に思う自分が不思議だった。彼と会う前の陽向はいかに他人に頼らず、甘えずに生きていくかが重要だった。
しかし、玄沢は今ここにはいない。それに自分で撒いた種を人に尻拭いさせるなんて海斗みらいなことはしたくない。
陽向が平手で自分の頬を思い切り叩くと、後ろの組員がギョッとして一歩下がった。
「あ、帰ってきた!」
牢の中から、海斗が元気よく手を振ってきた。能天気な様子に、緊張感が一気に削がれる。
見ると、海斗は札のようなものを持っていた。
「何やってんの?」
「花札だよー」
海斗は牢屋前のパイプイスに座っている男を指さした。若いながらでっぷりと太ったスキンヘッドの男が、決まり悪そうに笑う。
「や、どうしてもって言われたんで、ちょっとだけ……」
「ボンレス君って言うんだ。俺がつけたんだよ。陽向もそう呼んであげて」
海斗が札を捨てながら言った。
「え、それはちょっと……悪いし……」
「いえ、いいんです。俺、学生時代、友達とかいなかったから、あだ名つけてもらえて嬉しいっす」
ボンレス君は、人好きのする顔でへらりと笑った。どうやら、彼が誠吾の言っていた護衛らしい。
さすがというか何というか、海斗はこんな短時間で彼を懐柔してしまったようだ。
(本当、こうゆうところはすごいよな……)
詐欺グループも、海斗のこうゆう「人たらし」の才能に目をつけて白羽の矢を立てたのだろう。その判断は、あながち間違いではない。
「じゃ、すいません。鍵かけるんで……」
ボンレス君は陽向が牢に入ったのを確認すると、鍵をかけた。
陽向は入り口の格子を握り、ボンレス君に訴えかける。
「やっぱり、同じ牢じゃなくちゃ駄目? 別にスイートにしろとか言わないから、せめてこいつと一緒のところは」
「すいません……誠吾さんが、一緒に見張っとけって。この牢屋も誠吾さんが色々こだわって作らせたもので、まだ一つしかなくて……」
海斗が札を見ながら、うんうんと頷いた。
「あぁ、そうゆうところあるよね、あの人って。本物しか認めないっていうか。あの着物も、いかにも一級品って感じだし?」
「さぁ、俺、教養ないんで着物とかもよくわかんないっす」
「俺は実家で見慣れてるからね。あの人が着ているのが、とんでもなくいい品だってのはわかる。きっとあの人自身、本能的に〝本物〟を見極める力に長けているんだよね。だからまがいモノなんて人でも物でも、眼中に入らない。いや~カッコイイなぁ、そうゆうの」
世間話をするように、海斗は何気なく言った。
これこそが、海斗の才能だ。
自然に、息をするように人の本質を見切ってしまう。しかも、それをひけらかしたり、それで人を貶めようとはしないから、相手の方も「自分のことをわかってくれる」と、いつの間にか警戒を解いてしまうのだ。
(果たして、これは無意識なのか? それとも計算?)
本物を見極める才能の持ち主である誠吾でさえ、海斗の正体を見切れなかったのだ。
なのに、自分がわかるのだろうか。——いや、やらなければいけない。これからの将来のためにも。
(でも、どうやって……?)
じっと観察していると、
「陽向も花札やろーよ。どうせここにいても、やることないしさぁ」
と、海斗が札を渡してきた。
「花札」
ピンときた。これは使える。
海斗は賭事に弱い。飲めりこめば飲めり込むほど、理性をなくし、危険な賭にもでようとする。
その隙をつけば、簡単に真実を言うかもしれない。
「ふふふ、のった! その勝負!」
陽向は袖を捲り上げ、渡された札を手に取った。
「よし、きた!」
陽向は自信たっぷりに札を出した。海斗とボンレス君が、同時に悲鳴を上げる。
「ちょっと、陽向ぁ~これで何勝目だよ!」
「ふふん、海斗が弱すぎるんだよ。ボンレス君だって、俺と同じくらい勝ってるし」
「いやぁ~自分なんてまだまだっす。陽向さんの足下にも及びません」
「そんなことないって、ふはははっ! よし、次、つぎ……——」
はたと、手が止まった。
(そういえば、今って、何時だ?)
牢屋には時計がないから確認できない。しかし誠吾と会ってから、数時間は経っていることは確実だ。
波が引くように、サアッと我に返る。
(さ、最悪だっ……! 海斗を嵌めるつもりが、自分が熱中してどうするっ……!)
どうやら賭事で我を失いやすいのは、自分の方だったらしい。
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