25話


常盤色の袷に、三ツ紋の羽織。男の豊かな黒髪は後ろに撫でつけられ、幅広の精悍な顔と太い眉があらわになっている。

がっしりとした体格は肉食獣を思わせ、暗闇に光る細い目は、どことなく狡猾な蛇を彷彿とさせた。

とにかく、半端ない威圧感の男だ。それだけは伝わってきた。


「誰?」

こっそり聞くと、海斗が小声でもごもごと言う。

「松葉誠吾。松葉組組長の息子さん」

つまり、次期組長——若頭ということか。


「出ろ」

松葉誠吾は陽向に向かって、顎をしゃくった。カッと腹に中に怒りの炎が燃え広がる。

どうして、どいつもこいつも上から目線で命令してくるのか。

自分をどれだけ偉いと思っているのか知らないが、こんな初対面の男に従う理由はない。


が、こんな状況でキレ散らかすほど、陽向は愚かでも無鉄砲でもなかった。

ぐっと堪えて、開けられた牢の扉をくぐる。


「お前は呼んでいないぞ」

チャンスとばかりに外にでようとした海斗を、誠吾が一蹴した。海斗はびくりと身をすくませ、すごすごと牢に引き戻る。


「陽向。アレ、チューバーヤッサー、チバリヨー(その人、手強い人だから、気をつけろよ)」

扉が閉まる直前、海斗が陽向に向かって言った。


「あの男、何て言ったんだ?」

地上につづく階段を上がっている時、前を行く誠吾が振り向きもせず聞いてきた。

「ええっと……頑張れって、言ったんだ」

「ふうん」

誠吾は興味なさそうに呟くと、あとはずっと無言だった。



ついた先は、だだっ広い和室だった。首里城の中にある薩摩藩接待用の和室を、もっと広くしてもっと豪華にしたような感じだ。

床の間には山茶花の花が飾られ、三方を囲む襖には牡丹や獅子、丹頂などの日本画が描かれている。


「さてと」

上座に座った誠吾が向かいにある座布団を陽向に手で示した。陽向は大人しく、そこへ腰をおろす。


庭に面した方の障子は開け放たれ、夜気に静まる見事な庭が見渡せた。

松や柏などの常緑樹が、斑に積もった雪の間からのぞく。半月は高いところまで登っていて、今が深夜だということがわかった。


「どうして、呼ばれたかわかるか?」

誠吾は脇息に肘をかけ、値踏みするような目で見てきた。我慢できなくなって、陽向ははっと鼻で笑う。


「呼ばれた? 誘拐じゃなくて?」

「ぼうや」

深みのあるハスキー声がかかる。


「勝ち気なのは好みだが時と場所を選ばないのは、ただの馬鹿だ。早死にするぞ」

刺すような視線に、グッと唾を飲み込む。

「……詐欺のことですか? 俺の呼ばれた理由って……」

「その通りだ。知っていると思うが、おたくたちが荒らしていたのは、俺が組長から任された領地だ。勝手なことをして、ただで済むと思っていたのか?」

「俺は、やっていないっ!」

「……だろうな」


誠吾は顎に手をやった。細く節だった指が、酷薄そうな薄い下唇のラインをなぞる。


「組の者に調べさせたところ、おたくは詐欺には関与していない。そこまではわかった」

「じゃぁ、何で俺を……」

「あの男——謝花のことで聞きたいことがある」

「海斗……?」


陽向は、半ば腰を浮かせた。


「ちょっと待って! 海斗も知らなかったんだ! あいつはただ女? いや、男? と遊びたかっただけで、こんなことを。それを詐欺グループに上手く利用されただけなんだ!」

「その証拠は?」

「証拠……?」


陽向は少し考え、顔を上げた。


「あいつは、バカだ。詐欺なんてできる頭はない」

「確かに、あいつはバカだ。四六時中ヤることしか考えていないサルだよ。でも、それが本当のあいつか?」

「どうゆう……?」

「バカなフリをしているんじゃないかということだよ、ぼうや。周りにバカだと思わせて警戒心を解き、金をぼったくる。身に覚えは?」

「…………」


陽向は押し黙った。誠吾が自分の顎をさする。


「今回の詐欺に関しても、どうも腑に落ちない。謝花は本当に、詐欺をしていると知らなかったのか? あいつはターゲットたちを誘惑した見返りに莫大な金をもらっていた。あまつさえ、その金をひっそりと貯め込んでいたというじゃないか。それを?」


「……いや、知らない……」

陽向の喉の奥から、乾いた笑いがこみあげてくる。

「じゃぁ、何だ。海斗はがっぽり貯め込んでいたくせに、俺から金をせびっていた?」

「どうやら都合よく利用されたのは、おたくの方だったらしいな」

「……くそっ!」


座布団に拳をたたきつける陽向を、誠吾は面白そうに眺めた。


「これでも、あいつが何も知らなかったと?」

「わからない。あいつの無神経さとかアホさは底が知れなかったから」

「恋人のベッドで浮気するくらいにか?」


驚きの目で見ると、誠吾は口端を歪ませた。

「謝花は、ここに数日いたんだ。少しつつけば、大抵のことはすぐに吐いたよ」

なるほど。海斗の顔の痕は、詐欺グループだけにやられたものだけではなかったらしい。


(ってか、俺の私生活を一体、何人の人間が知っているんだ……)

このままだと街中の人間に知れ渡ってもおかしくはない。いっそのこと、ほとぼりが冷めるまで、ここで監禁してもらった方がいいのかもしれないとまで考えてしまう。


「……で、海斗は何て?」

「詐欺に関しては、知らないの一点張りだ。意外と強情でな。どんなに挨拶してやっても吐かない。——そこでだ」


誠吾は腕を組み替え、袖の中に手を入れた。

「おたくには、奴が有罪か無罪か聞き出してもらいたい。恋人になら油断してぽろっと言う可能性もあるだろう」

恋人じゃないと反論したかったが、それよりも気になったことがあった。


「……もし、海斗が詐欺だと知ってて、荷担してたんだったら……?」

誠吾の蛇のような目が光る。

「そしたら、山登りにでも行ってもらうかな。ただし戻ってこられるかはわからない山登りだが」

「!? そんなっ——」


腰をあげかけた陽向を、誠吾が手で制す。


「他人の心配をしている場合じゃないぞ、ぼうや。もしあいつが知った上で荷担していたのだったら、おたくにも連帯責任を負ってもらう」

「でもさっきは……」

「おたくが直接、詐欺に関与していないのは、わかっている。だがおたくは自分のバカな彼氏が、あれだけの人数と浮気をしていても放っておいた。詐欺のことを知っていて、おこぼれをもらうために放っておいたと思われても仕方ない」

「そんなことっ……! それに海斗は俺の彼氏じゃない!」

「信じると思っているのか? 一緒のアパートで同棲までしておいて?」

「それはっ……」


陽向は息を一つ吐いてから、押し殺した声で尋ねた。

「じゃぁ、もし海斗が有罪だったら、俺は……? 楽しい山登り?」

「そうだな……おたくは——」


誠吾は陽向の全身をじろじろ見たあと、何を思いついたのかクッと片頬を歪める。

「俺があの繁華街を仕切っているのは、さっきも言っただろう。あそこには男好きの男が集まる。当然、中にはちょっとヤバイ店もある。そうゆうところは、万年人手不足でな」

「つまり、売られるってこと?」

「さぞかし高く売れるだろうな、おたくは。きっといいご主人様が見つかるぞ。ただし、五体満足でいられるかは保証しないけどな」

「……っ」

「言っておくが、恋人をかばって嘘でもつこうものなら、同じ末路だ。俺が知りたいのは真実。それ以外のまがいものはいらない」


誠吾は、ポンと手で脇息を叩いた。


「さっそく取りかかれ。期限は、そうだな……今夜中だ。朝になったら答えを聞こう」

「ちょっ……朝って、あと少しじゃないか!?」

「生憎、こちらにも時間がなくてな。いつまでも謝花に時間をかけている暇はない。逃げた他の奴も追わなきゃならないし」

「でも……」

「いいか。これはお願いじゃない。命令だ。わかったなら、さっさと戻れ」


ひくりと、陽向の頬の筋肉が痙攣した。


「……もしかして、さっきのところに戻されるの?」

「貞操の危機を感じるか? いい手だと思うがな。あの男は拷問よりも、色仕掛けの方が簡単に堕ちそうだ」


陽向の表情を見て、誠吾は両手を上げた。

「わかった、わかった。そう怖い顔をするな。護衛はつけておく。謝花がおたくに必要以上に近寄らないように言い含めておこう」


いかにも親切そうに言ったが、誠吾の本意はわかっていた。

護衛は陽向のためというよりも、陽向と海斗が手を組んで嘘の証言をしないか監視するための見張りだ。


「……わかった」

陽向が小さく頷くと、誠吾は満足そうに微笑んだ。


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【1話動画あり】春雪に咲く花 郁雨 @ikuuuu

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