18話


キィ。車が止まる。

陽向の座る後部座席の窓から、こんもりとした林が見えた。その間から、唐破風の大きな屋根がのぞいている。


(お寺? 何でこんなところに俺を……?)

まさかとは思うが、玄沢はこのまま自分を永遠に葬り去るつもりなのでは。


そんなことを考えていると、

「ついて来い」

と、玄沢が花束を持って車を降りた。そのまま振り返ることなく、すたすたと行ってしまう。


陽向は一瞬、この隙に脱走してしまおうかと考えた。が、そんなことしたら確実に殺される。それだけはわかった。

仕方なく車を降りて、重たい足取りであとをついて行く。


「ここで待ってろ」

玄沢は墓地の入り口まで来ると、一人、社務所の方へ向かった。帰ってきた時には、手に線香と水をはったバケツが握られていた。


「あの……俺、邪魔なようなら車で待っていようか? 大丈夫。勝手に帰ったりしないし」

勇気を振り絞って聞いたが、玄沢は無視して墓地へと入って行ってしまう。


これには、さすがに腹がたった。

一体、どこの世界に依頼人に対して、こんな尊大な態度の探偵がいるんだ。


ブツブツと言いながらも、結局ついていく。

本当に、情けない。どうしてこうも自分は、一度心を許してしまった人間にとことん弱いのだろう。


イライラ、悶々しながら墓地の迷路のような狭い道を進む。当たり前だが、本州の墓地に来たのは初めてだった。

本州の墓は、沖縄と違ってずいぶんと小さい。


沖縄では墓というと亀甲墓——文字通り亀の甲羅を象った、屋根がついた小さな家みたいなものが主流だ。もちろん、核家族化で年々小さくなってきてはいるが。


亀甲墓の前には墓庭と呼ばれる大きなスペースがあり、清明祭(シーミー)の時期になると、ここに親戚一同が集まり、飲めや歌えやの宴会が繰り広げられる。元気いっぱいの子供たちが、墓の屋根を滑り台がわりにして遊ぶのも、沖縄の墓参りでは見慣れた光景だ。

まぁ、陽向はいつだって、おばあと二人っきりだったが……。


「わっぷ!」

玄沢が突然立ち止まったため、相手の背中に鼻をしたたかに打ちつけてしまった。


「ごめんっ……!」

無感情に自分を見下ろしてくる相手と目が合い、陽向は慌てて離れる。

が、すぐに、どうして自分がこんなにびくびくしなきゃいけないんだと思い直し、わざとそっけない口調で尋ねた。


「ここは?」

「知り合いの墓だ。今日が命日でな」

玄沢はくいっと顎で目の前の墓を示すと、持っていた花束をその横に置いた。


御影石の正面には「佐々木家」と彫られていた。墓の斜め横には、柳桜が植えてあり、桃色をのぞかせた小さな蕾が雪の重みでゆらゆらと揺れている。


玄沢は墓の後ろにおいてあった雑巾で丁寧に墓を拭き、花生けの水を変え、燃え尽きた線香を捨て、手水の水を変えた。

一連の手つきは儀式のように厳かで、無駄な動きが一切なかった。

まるで、毎月ここにきて同じことを繰り返しているかのように。


玄沢は最後に白い花束を生けると、線香に火をつける。煙が灰色の空に筋となって上がっていく。


陽向は、ちらりと墓の横に彫られた名前を盗み見た。


雪人  享年二十七


まだ若い。あまりにも若すぎる。

陽向は直感した。たぶん、この人が玄沢の「亡くなった親友」だろう。

(そして、玄沢さんが探偵になるきっかけを作った人だ……)


慌てて首を振った。

故人に嫉妬してどうする。そんなの海斗に改心を促すことくらい不毛なことだ。


「——昔」

玄沢が合わせていた手をとき、顔を上げた。斜め後ろの陽向のところからは、相手の横顔の一部しか見えない。

「俺が大学生の時だ。同じ学部に、性格は正反対だがなぜか気の合う奴がいた」


玄沢は空を見上げた。透徹とした灰色の空を背景に、ちらちらと細かい雪粒がまじり始める。

「雪人は、名前の通り、ウインタースポーツが好きな奴でな。それがきっかけで仲良くなったんだ。知り合ってからは、毎週のように二人でスキーやらスノボーやら登山に出掛けていた」


当時のことを思い出しているのか、玄沢の声は懐かしさで溢れていた。

「雪人は俺とは違って穏やかな性格で、いつもにこにこ笑っているような奴だった。人の悪口や愚痴も一切、言ったことがない。でも案外、したたかなところもあって、俺なんて知らないうちに操縦されていたこともしばしばだった」


くすりと、玄沢が苦笑をもらすが、それも地面に落ちた雪のようにすぐ消えてしまった。

「ある日のことだ。雪人が、自分はゲイだと告白してきた。俺はびっくりした。その頃の俺は、自分がストレートだと意識したこともないほどの完全なストレートだった。同性愛なんてどっか違う国の、違う人種の奴らの間だけの話だと思っていた。でも雪人は外国人でも、異星人でも、ましてや異常者でもなかった。俺と変わらないごく普通の人間だった。ゲイであることも含めて、何もかもが自然だった。だから俺もすんなり受け入れられた。不思議と気持ち悪いとかは思わなかった。だからその後も変わらず一緒になって遊び回っていた。大学を卒業して、社会人になっても、相変わらず暇を見つけては二人で山に行ったりしていた。そうしているうちに——」


玄沢は一度、言葉を切った。その表情は見えなかったが、次の言葉を躊躇しているのが伝わってきた。

「……何となくだが、雪人は自分に気があるんじゃないかと思い始めた。最初は思い違いかと思ったが、そのうちそれは確信に変わった。あいつも俺が気づいていることに気づいていたと思う。でもお互い、何も言わなかった。俺たちはただ、友達として時を過ごした。何年も。俺は待った。あいつが言い出してくれるのを、ずっと」


陽向は思わず、口を挟んでしまう。

「……じゃぁ、玄沢さんもその人が好きだったの?」


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