転生したらチョコレートファウンテンだった

@yoyono_kenbou

第1話 異世界転生

 田中シグレは目を覚ました。


 心地よい目覚めとは程遠く、頭が鈍く重い痛みに包まれていた。彼女は目を開けると、目の前に広がっていたのは見慣れた天井ではなく、古びた石造りの壁だった。彼女はゆっくりと身体を起こした。頭がまだ少し痛むが、それでも意識は徐々にはっきりしてきた。頭の中に浮かぶのは、最後に記憶していた現代のオフィスと、突然の眩しい光の中での不思議な感覚だった。

 

 ここは一体どこなのか?なぜ自分がここにいるのか?彼女は記憶の糸をたぐり寄せようとした。だが、何も思い出せない。まるで頭の中から記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったかのようだった。

 

 シグレはゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。広い部屋の一角に、豪華な装飾が施された大きな椅子と、磨き上げられた机があった。そこには古風な書物と、金細工の置物が並んでいた。部屋の一部は暗がりに包まれており、灯りがかすかに揺れていた。


「ここは一体…?」


 シグレは声を出さずに呟いた。彼女の手は仄かに震えていて、身体がうまく動かない。恐る恐る、シグレは立ち上がろうとしたが、脚に力が入らず、再び床に膝をついた。自分の体に何が起こったのか全く理解できない。もはや彼女が元の世界とは全く異なる場所にいることは明白だった。


「ここは…」


 その瞬間、ドアが音を立てて開いた。数人の兵士らしき人物が部屋に入ってきた。彼女らは全員、黒いビスケットの鎧をまとい、下卑た眼差しでシグレを見下ろしていた。彼女らの動きからは、規律と冷酷さが感じられた。


「おい、目を覚ましたか?」

 

 一人の兵士が吐き捨てるように言った。シグレはその声に驚き、恐る恐る顔を上げた。兵士の一人が不快そうに眉をひそめ、彼女に近づいてきた。その顔には、不吉な光が宿っていた。


「さっさと立て、マシュマロ・チョコンロ!」


 その言葉に、シグレの心臓が一瞬、凍りついた。マシュマロ・チョコンロ?その名前はどこかで聞いたことがあるような気がした。シグレは混乱した頭で必死に思い出そうとしたが、その記憶は曖昧で頼りない。


「ここは一体どこ?私はいったい…?」

 

 シグレが尋ねると、兵士たちは一斉に驚きの表情を浮かべた。誰もが彼女に視線を向け、その反応に困惑しているようだった。その中で、一人の兵士が鋭い目でシグレを見つめた。


「マシュマロ・チョコンロが記憶を失ったとでも言うのか?」


 その言葉に、シグレはますます混乱した。彼女は、自分がどこにいるのか、なぜその名前で呼ばれているのか、全く理解できなかった。その時、一人の兵士がシグレに近づき、彼女の腕を掴んだ。彼女は思わず悲鳴を上げたが、兵士たちは構わず彼女を部屋から連れ出した。シグレは抵抗したが、兵士たちの力にはかなわなかった。

 

 シグレは牢獄のような場所に監禁された。窓一つない部屋で、薄暗く陰鬱な雰囲気に包まれていた。


「ここ、どこなんですか!」


 シグレは声を荒げたが、兵士たちは彼女を相手にしなかった。シグレは仕方なく牢の中を調べることにした。

 

 すると、部屋の隅に人影があることに気がついた。彼女は思わず話しかけた。


「ここ、どこだか教えてもらえませんか?」


 人影はゆっくりとシグレの方に振り向いた。それは、シグレより年下の少女だった。少女は虚ろな目でシグレを見つめた。シグレは少女に再度話しかけた。しかし、少女は何も答えなかった。シグレは困惑しながらも、あきらめずに話しかけ続けた。


 数分後、ようやく少女は口を開いた。その声は小さくか細く、周囲の静寂さに溶けてしまいそうだったが、シグレの耳にはよく聞こえた。


「どこだっていいでしょ。これからあなたは、ずっとこの部屋で暮らすことになる。私にとってはこの部屋が人生。あなたもそうなるわ。」


 シグレは少女を見つめた後、手を取り横に座った。少女は驚いた様子でシグレを見た。シグレは少女の手を通して、悲痛と絶望を感じ取ることができた。彼女は優しく少女に話しかけた。少女はまるで人形のようにシグレの話を聞いていた。

 

 しばらく話していると、一人の兵士が部屋に入ってきた。兵士はシグレに近づくと、彼女の腕を掴んで牢から連れ出した。シグレは必死に抵抗したが無駄だった。彼女は兵士に引きずられながら、牢の中で一人佇む少女の姿を見た。その目には深い諦観が浮かんでいた。シグレはその眼差しの中に、彼女が背負う孤独を感じ取ることができた。


 シグレは牢獄から連れ出され、再び広い部屋へと連れ戻された。そこは煌びやかな装飾が施されており、壁には美しい絵画が飾られていた。しかし、その美しさも今は虚ろに見えた。彼女は不安と恐怖で胸が押しつぶされそうだったが、同時に自分の状況を理解したいという強い欲求に駆られた。


 開かれた扉から、豪華なローブをまとった少女が現れた。彼女の目は冷たく、威厳に満ちていた。その少女はゆっくりと近づき、シグレの前に立ち止まった。


「目を覚ましたか、マシュマロ・チョコンロ?」


 その少女の声は低く、圧倒的な威圧感を漂わせていた。シグレはその声に、何かしらの親しみや恐怖を感じたが、それが何なのかは分からなかった。


「あなたは…?」


 シグレが尋ねると、少女はわずかに微笑んだ。


「私はお前の主人であり、今後の命運を握る者だ。これから奴隷のお前には仕事を命じていく。」


 その言葉に、シグレは恐怖と混乱で胸が締め付けられる思いがした。彼女は自分が何者なのか、なぜここにいるのか、そしてなぜこの少女の奴隷になったのか、何も分からなかった。しかし、その少女は彼女の疑問に答えることなく続けた。シグレは、目の前に立つ威厳ある少女をじっと見つめた。少女の顔は冷酷で、シグレの内心をまるで見透かしているかのような鋭い眼光を持っていた。


「私の名はシフォン・エクレス、エクレス家の当主だ。」


 シフォンは、シグレに対して冷ややかな目を向けながら名乗った。


「マシュマロ・チョコンロ、お前がここで果たすべき仕事について説明しよう。」


 シグレはシフォンの言葉に耳を傾けながら、自分の状況を整理しようと努めた。彼女の脳裏には、異世界に転生したという認識と、いまいちよく分からない『マシュマロ・チョコンロ』というキャラクターのイメージが交錯していた。


「お前は、この城の主人であるシフォン・エクレスの名の下に、我が家の目的を果たすために働いてもらう。」


 シフォンは続けた。


「現在、我が家は領地を拡大し、隣国との争いに備えている。そのためには、お前の力が必要なのだ。」


 シグレは、その説明を聞いても自分の状況がますます謎に包まれているように感じた。彼女は元の世界では平凡なOLだったため、こうしたファンタジーのような世界については全くの素人だった。しかし、目の前の状況から逃げるわけにはいかないことだけは確かだった。


「もっと具体的に、どんな仕事があるんですか?」


 シグレは尋ねた。自分の役割が何であれ、まずは理解しなければならないと感じた。シフォンはゆっくりと息を吸い込み、シグレに向かって冷たく微笑んだ。


「お前の仕事は、この領地の防衛と拡張、そして敵国との交渉だ。私たちの家には、いくつかの強力な魔法とレモネード的な力が秘められており、その力を引き出すためには、お前が必要なのだ。」


「レモネード的な力?」


 シグレは驚きの声を上げた。


「そうだ。」


 シフォンは頷いた。


「マシュマロ・チョコンロには、我々の家に伝わる古の魔法と、強大な力を引き出す役割がある。お前がその力を完全に発揮することで、領地の安全を保ち、敵国との戦いに勝利をもたらすことができるのだ。」


 シグレはその言葉を聞いて、さらに困惑した。自分が持っているはずの『レモネード的な力』については何も知らないし、それが役に立つとも思えなかった。


 しかし、シフォンの冷酷な表情には、彼女が考えを変える余地はなさそうだった。シグレは心の中でため息をつきながら、この新たな世界に足を踏み入れたばかりの自分が、どんな運命を辿ることになるのか、悩ましさと期待が入り混じった複雑な感情を抱いていた。


「でも、どうやってその力を引き出すんですか?私…ただの人間ですよ。」


 シグレは声を震わせながら言った。シフォンは冷静にシグレを見つめた。


「それがお前の仕事だ。お前がこの城に住むうちに、その力を引き出すための訓練と試練を受けることになる。最初は基本的なことから、次第に本格的な訓練へと進む。」


「訓練…」


 シグレは頭を抱えた。彼女は現在の状況に対処するために、まずはこの世界のルールや文化、そして自分の仕事について学ばなければならない。その時、部屋のドアが再び開き、先ほど見かけた兵士たちが入ってきた。彼女らはシグレの周囲に立ち並び、まるで彼女の行動を監視しているかのようだった。シフォンは一瞬、兵士たちを見てから再びシグレに目を向けた。


「これからお前は、私の奴隷としてこの城で過ごすことになる。嫌でも慣れるだろう。明日から訓練が始まる。準備を整えておけ。」


 シグレは兵士たちに導かれて部屋を出た。彼女は自分の新しい生活がどのように始まるのか、そしてどのようにこの世界で自分の役割を果たすのかを心に決めながら、足を進めた。心の中には、これからの試練と新たな人生に対する不安が渦巻いていたが、同時に新しい可能性に対する期待も感じていた。


 城の廊下を歩くシグレの背中には、未来に向けての決意と、新たな世界での自分を見つけるための覚悟が込められていた。

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