05-13/情報家電に恋の理解は難しい-その13
「マリナ!!」
さらに声を挙げた秀人を、さらに大きな声が一喝した。
「うるさ~~い!!」
崩れた段ボール箱も吹き飛びかねない程の声量だ。その段ボール箱の影から、頭を抑えたマリナが姿を現した。
「なによ、もう……。急いで玄関に行こうとしたら、段ボール箱にぶつかって崩れちゃったじゃないの」
唇を尖らせてマリナは文句を言う。その姿に秀人は胸をなで下ろしたものの、まだここへ駆けつけた原因は解決していない。
「ええと、そのなんだ……」
周囲に並ぶ段ボール箱を見渡しながら、秀人は言いよどむ。何をどう聞いたらいいものか。
いや、違う。この期に及んで俺は、マリナの返答が恐いんだ。
秀人は拳を握りしめる。
マリナの父は一人娘を可愛がり、同じ道、技術者、研究者の道へ進ませようとしていた。一方でマリナの母がそれを快く思ってなかったのは、小学生の秀人にも如実に感じていた。アメリカに渡り、相応の成功を収めたマリナの父が、娘を呼び寄せる事は充分に考えられることだ。
その結果、マリナがどういう結論を出したのか。秀人はその答えを聞くのが恐いのだと自覚してしまったのだ。
「それで……、どうかしたの? 血相を変えて」
不思議なくらい落ち着いた口調でマリナは尋ねた。その表情からは何も読めない。ただ少し寂しげに見えるくらいだ。
「ええとだな。そのなんていうか……。ほか、ずいぶんと部屋が散らかっているようだし……」
「……そうね」
マリナは積み上げられた段ボール箱へ視線を巡らせながらそう答えた。秀人にはその仕草が、まるで自分を避けるもののように思えて仕方ない。そこでまた秀人は言いよどみ、所在なさげに頭を掻く。
その秀人の頭の上に乗ったセプティがいきなり口を開いた。
「マリナは学園寮に入るのか?」
「え?」
出し抜けに、それもいきなり核心を突いた質問をされてマリナはきょとんとする。
「マリナが学園寮に来てくれるとセプティもうれしい。ハコイヌもきっと喜ぶ。夜はマリナの部屋に泊まれる」
そしてセプティはマリナの方へ顔を向けたまま、秀人の頭をぺしぺしと叩きながら続ける。
「秀人も喜ぶ。みんなも喜ぶ」
「おいおい、勝手に決めつけるなよ」
いつもの調子で秀人はセプティに反論するが、マリナはその機を逃さずに言った。
「ふ~~ん、それじゃ秀人はあたしが寮に入ってもうれしくないんだ」
「いや、別にそういうわけでは……」
そこで秀人ははたと我に返り、頭の上に上げていたメガネをかけ直す。
「よろしい! 入寮を許可する! これで二四時間、研究所部と共に真実探求にいそしむ事が出来るのだからな!! むははははは!!」
「……あたし、まだ入寮申請してないんだけど」
少し拗ねたようにそう言うマリナに秀人は間髪を入れずに言った。
「俺が許可する」
「秀人が?」
怪訝な顔のマリナに、秀人はメガネを頭の上に上げて続けた。
「そうだ、マリナ。俺が許可するんだ」
「そ、そう……」
マリナは少し照れくさそうに視線を逸らせた。そんなマリナに向かってセプティも言った。
「セプティも許可した」
「そうね。じゃあいつでも入寮可能ね」
にっこりと笑ってそう言ったマリナに秀人は逆にたじろいでしまった。
「お、おう。いつでも可能だぞ!」
「可能だ」
頭の上でセプティが秀人の真似をした。マリナは悪戯っぽく秀人に向かって言った。
「寮に持っていこうとした荷物が多くて困っていたのよ」
「はあ?」
マリナの言葉に秀人は呆気にとられた。
「なによ、その態度。引っ越しの手伝いに来てくれたんじゃないの?」
「そ、それはだな……」
うまい言い訳が見つからずにいる秀人に、セプティが追い打ちをかけた。
「そもそも秀人はなぜ慌ててマリナの家に来たのだ?」
「だ、だから……!」
「引っ越しの手伝い!」
一際大きな声でそう言うマリナに気押しされるように秀人は肯いてしまった。
「は、はい」
「よろしい! じゃ頑張ってね」
そう言うとマリナはウィンクしてみせた。秀人とセプティに気付かぬよう、背中側に回した右手には愛用の改造携帯が握られていた。マリナがスマートフォンやすまほむではなく、昔ながらのテンキー式携帯を愛用するのには、単なる懐古趣味以外の理由もある。馴れればキーや画面を見ずとも、簡単な文章くらいは入力できるのだ。今もマリナは後ろに回した手でメールの文面を入力していた。
『お父さんへ。留学の件、もうちょっと待って下さい。後でまた連絡します。マリナより』
◆ ◆ ◆
「なかなかユニークな着眼点でしょ。おやっさん」
タブレットPCでその報告書を見ていた中年男性は無精髭を抜きながらそう尋ねた平賀源代へ答える。
「まあユニークすぎてどういう役に立つのか分からんね」
そうは言ったものの、すぐに思い直したのか付け加えた。
「もっとも学生向きのすまほむとしてはいいデータになるかも知れない」
「でしょでしょ。ティーンエイジャーの興味、関心の第一はまずは恋愛ですからね」
「お前さんの口から恋愛なんて単語が出るのはゾッとしないな」
にやにや笑いながらその中年男性はタブレットPCをデスクに戻す。くたびれたジーンズに汚れたポロシャツ。ぼさぼさの髪に無精髭。どこにでもいる冴えない中年にしか見えないこの男が、マールムコーポレーションCEOのタケオ・スティーブンスだとは、誰もが一概には信じられないだろう。
「じゃあおやっさん、次のテストベッドのハンドリングも彼らに任せていいですかね」
「それは構わんが……。なあ平賀くん。この少年の苗字なんだが……」
「言っておきますが、ノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士とは無関係ですよ」
そう言いながら平賀はデスクの上にあった『7-3』と描かれたケースを手に取る。
「いや、そうじゃなくてな。……まぁいいか。あとで調べてさせておくわ」
「んじゃ、要請文の方をよろしくお願いします。おやっさん」
ケースを抱えた平賀は大げさに敬礼してみせると、マールムコーポレーション日本支社VIPルームから出て行った。
すまほむ~Smartphone-type homunculus~ 庄司卓 @SYOJI-TAKASHI
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