05-11/情報家電に恋の理解は難しい-その11
「ふん、まあいい。マールムがそう言うのならやってやらない事もない」
秀人はいつもの調子を取り戻していた。
「お、部長。ツンデレでありますね。ツンデレ」
「ツンデレではない! それと所長と呼べと……」
そんないつものやり取りに川端が口を挟む。
「それはいいんだが、新学年になったら部員を集めないとな。三学期中には江崎くんがいるからいいんだが……」
川端のその言葉に秀人を始め研究所部の一同は顔を見合わせる。
「ん、マリナがいればクラブ活動に必要な最低人数はクリアじゃないのか?」
「江崎くんからは聞いてないのか? それに妙な噂も流れてる。この件も一応、確認したく来たわけなんだが」
「妙な噂?」
聞き返した秀人に川端は少し厳しい顔つきで肯いた。
「ああ、僕も詳しくはまだ聞いてないけど、江崎さんが引っ越すという噂があるんだ。大江さんもちょっと気にしていたんだが……、聞いていないか?」
「マリナからは聞いていない。大江副会長も、さっきの騒ぎではそれどころじゃなかったし……」
「そうか……」
そのまま二人は黙り込んでしまった。田中や野依、利根川は不思議そうな顔で二人を見ているが、マリナも含めた幼馴染みだからこそ、思い当たる節があったのだ。
「噂の出所はどこなんだ?」
「僕もよく分からん。ただ一週間ほど前からそういう噂が流れているのは確かだ。それに……」
言いかけた川端を遮り田中が言った。
「あ~~、そういえばこの前
その言葉に秀人は川端と顔を見合わせ、そして田中の方へ向き直ると尋ねた。
「田中、お前、その話は他の誰かにしたのか?」
「それはもう! 結構、色んな人に……!」
何やらうれしそうにそう答えた田中に秀人は色をなして怒鳴りつけた。
「噂の出所はお前か!!」
「……え、あれ? そうなんでありますか?」
秀人に言われても田中はピンと来ないようできょとんとした顔をする。
「ボクも田中さんに同行して江崎さんの家に行ったんだけど……」
やにわに部室の隅から利根川がそう言ってきた。
「確かにあれは引っ越しみたいだった。でも旦那、おかしいと思わないかい」
そう言うと利根川はCRTから秀人たちの方へ頭を巡らせた。
「江崎さんは学園から十分ちょっとの自宅から通ってるじゃないか。別に寮に入る理由はないと思うんだけど……」
利根川が尋ねたのは秀人だったが、答えたのは川端の方だった。
「確かにそうだな。今のところ入寮の申請は出ていない。それに大江さんもこの事は気にしていたんだが、江崎さんから新学年度のクラブ活動希望書が出ていないんだ。このまますまほむのハンドリングをやるなら研究所部で提出するはずだろう?」
なるほど、だからさっき川端は新入部員が必要と言っていたのか。ようやく秀人は合点がいった。その頭の上でセプティは心配そうに秀人を見ている。
「江崎さんが入ってくれないと、また廃部危機か、そりゃ困ったな」
さして危機感もなさそうに野依はそう言った。田中もどういう状況なのか、今ひとつ飲み込めていないようだ。首を傾げて言った。
「普通に引っ越しではありませんか? 寮に入らないからって、学園を止めたりするわけでもなし。まあ
何気なく田中が口にした言葉に川端は思い当たる節があったようだ。
「秀人。僕が直接、聞いた話じゃ無いんだがな。江崎さんのお父さんは……」
「分かってる」
秀人は無理矢理話を打ち切った。その表情を見て川端は秀人の心中を察したようだ。
「そうだな。この前もそうだった」
川端の言葉に秀人は無言で肯き、頭上のセプティに尋ねた。
「マリナの居場所は分かるか?」
「公開データによると現時点でマリナは学園内にいない。十数分前に学園外へ出て以降は不明」
「自宅か……。セプティ、マリナの携帯へ連絡。通話はできるか?」
「呼び出しているが、応答は無い。メールを送信するか?」
少し考えてから秀人は言った。
「いや、いい。直接行くとしよう」
そして川端の方へ視線を巡らせ、秀人はまた一つ肯いた。川端もそんな秀人に力強く肯き返す。
「行ってこい。そして今度こそ悔いの無いようにな」
「ああ、無論だ!」
言うや否や秀人は白衣の裾を翻して部室を駆け出て行ってしまった。
「なんですか、一体?」
怪訝な顔で秀人を見送った田中は川端へ向き直ってそう尋ねた。
「色々あるんだよ」
川端はそれ以上、答えるつもりはないようだ。
「先生、セプティ連れて行っちゃったんでけど、いいんですかね」
「一緒に居た方が何かと便利だろう。じゃあ僕はこれで」
そう言って立ち去ろうとした川端に田中はカップを差し出した。
「まぁまぁ生徒会長殿。折角ですからこれでも飲んでいってくださいよ」
見たところ抹茶ラテか何かのようだ。
「いただこう」
そう言ってカップを口に運んだ川端だが、次の瞬間、口の中の物を吹き出しそうになってしまった。
「な、なんだこれは!?」
「なんだと言われましても、単なる『抹茶ラテ風ミントティー』的な飲料でありますが」
「なんだ、それは!? そもそも何の意味があるんだ?」
さすがの川端も驚きを隠せない。なにしろ抹茶ラテかと思い口に運んだところ、ミントの刺激が広がったのだ。始末に困るのは匂いもほとんど抹茶ラテと変わらないところだ。
「いやだって……。抹茶ラテと思ってミントティーだったら、驚くじゃないですか。そういう刺激的飲料も面白いかと開発したでありますよ」
「そんな刺激は飲料には不要だろう」
ほとほと呆れかえりながらも川端は、意識の片隅で秀人に思いを巡らせていた。
今度はちゃんとやれよ。秀人。
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