05-10/情報家電に恋の理解は難しい-その10
「御免なさいね。私、ああいう可愛い物が好きで。割と見境無くなってしまうの」
大江はぎごちなく笑いながらそう言った。
「あ、はい。いえ、いいんです」
マリナは強張った笑みのままでそう答えた。何とかセプティを引き離すと大江は平静さを取り戻し、マリナと二人だけで話がしたいと言い出したのだ。承諾したマリナは大江と共に屋上へ上がってきたところ。
「え~~と、今も話したましたけど、セプティが卒業に興味をもったもので。あたしたちも一緒に何か参考になるお話が聞けないかとお伺いしたんです。それがこうなってしまって申し訳ありません」
「いいのよ」
頭を下げるマリナに大江は笑う。屋上へ来るまでの道すがらマリナはざっと大江に事情を説明しておいたのだ。
「さっきも言ったとおり、あなたたちが隠れているのを分かっていて、私も野口先輩にあんな事を言ったんだから」
どうして……。マリナがそう問いかける前に大江の方から口を開いた。
「見栄なのかなあ。私だってちゃんと恋愛してるだって、あなたたちに見せたかったのかも……。ちょっと驚いた?」
少し笑ってそう尋ねる大江に、マリナもぎごちない笑みで答えた。
「ええ、まぁ正直」
「分かってはいるつもりだったんけどね。なんか野口先輩が生徒会の仕事を終えて、顔を出さなくなったら、急において行かれたような気がしたの」
急において行かれたような気がした……。
マリナは大江のその言葉を胸の中で反芻した。
「それで卒業式が近づいてきたから焦っちゃったのかもね。変よね、卒業式だからって何が変わるわけでもないのに……」
「……いえ、やっぱり変わるんじゃないですか」
マリナはしばし沈思してから言った。
「ずっとこのままでもいいのかも知れませんけど、どこかで区切りを付けた方がいい時もあると思います。それが卒業なのかも知れませんね」
「そうかもね」
そう言って大江は笑う。
「私も少し焦りすぎてみんなに迷惑かけちゃったから新学年からは心機一転しないと。そういうタイミングにはちょうどいいのかもね」
「そうですね」
微笑み返すマリナに大江は少し真顔になって付け加えた。
「それはそうと、江崎さん。例の件……」
「分かっています。大江さんと話をしていて、あたしも何か切っ掛けが掴めたような気がします」
そしてマリナは青い空を見上げて言った。
「あたしも置いて行かれないようにしないと……」
「やっぱり区切りは付けるつもり?」
「ええ……」
空を見上げたままでマリナは答える。
「でも変わらないといけないのは、あたしの方かも知れません」
◆ ◆ ◆
「身の危険を感じた」
秀人の頭に乗ったセプティはまだ怯えていた。
「大江副会長は危険だ。セプティは近づきたくない」
力一杯抱きしめられたのがよほど応えたのか、セプティは研究所部部室へ戻ってきてからも、まだ大江への警戒心をあらわにしている。
「お前にはいい薬だ。情報家電らしく少しは大人しくしていろ」
そう言う秀人の頭をセプティは無言でぺしぺしと叩いた。
「そうか、振られたのか。大江さんは。まあ野口先輩はあれでもてるそうだからな。大江さんは可哀想な事をした」
そう言うのは研究所部部室に顔を出していた川端である。
「惜しい人を亡くしました」
「殺すな、殺すな」
合掌する田中に野依が呆れる。
「しかしこれで大江さんも少しは吹っ切るだろう。もともと能力がない人じゃ無い。いささか野口先輩を気にかけすぎて無理をしていたからな」
そんな川端に秀人はいきなり食ってかかる。
「このリア充!」
「リア充」
頭の上でセプティも真似をする。しかしマリナはこの場にいないので注意する人間はいない。
「せいぜい彼女もちとして周囲を見下しているがいい! しかし彼女だけで世界の真理をすべてはかれると思うなよ!!」
「なにを言ってるのか分からんな」
川端は苦笑してそう言った。
「それにしても生徒会長さんは、研究所部に何の御用でありますか?」
「まさか、廃部!?」
野依がわざとらしく怯えてみせる。秀人たちが戻ると川端が部室にいたのだ。部室に残っていた利根川によると、秀人たちが戻ってくるほんの数分前に顔を出したらしい。
「廃部というわけじゃないが、まったくその問題とも無関係というわけでもない。平賀さんから送ってきたものがあってね。直接、渡した方がいいだろうと僕が預かってきた次第だ」
「平賀先輩から?」
鸚鵡返しに尋ねる秀人に川端は肯いた。
「ああ。この前の第一回報告書の評価が出た。平賀さんが言うにはなかなか好評だったそうだよ。詳しくはこちらの通りだ」
「思ったよりも早いな」
そう言いながら秀人は川端が差し出した封筒を受け取った。秀人がそう言うのも無理は無い。なにしろ報告書を出したのは先週の事なのだ。
「マールムは仕事が早いからな」
冗談とも本気とも付かぬ顔で川端は言った。
封筒はセプティのハンドリングを依頼された時と同じくマールムコーポレーションのロゴマークが入った洋封筒。秀人は封を切り中の便箋にざっと目を通す。すべて英文なので即座に明解な理解をする事はできなかったが、便箋一枚にまとめられた評価は概ね好意的といっても良いようだ。
「どうでありますか?」
田中と野依が肩ごしに便箋を覗き込む。黙ったままの秀人に代わり便箋を眺めていたセプティが応えた。
「あくまで一次評価だが、ユニークな着眼点はユーザビリティの向上に役立つと考えられる。引き続きのハンドリングに期待したい」
「ゲーム雑誌の新作レビューみたいでありますねえ」
田中が妙な感心の仕方をする。
「つまりハンドリングは継続か。まぁ良かったかな」
「そうだな」
ホッと胸をなで下ろした秀人は野依に肯いた。
「そんなわけで、これからもよろしく頼む」
秀人の頭の上からセプティがそう言ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます