05-09/情報家電に恋の理解は難しい-その9

「じつは……。ああ、ちょうど来たみたいだ」


 野口は生徒会室の出入り口へと振り返る。


「来たわよ、野口くん。入っていいの?」


 女子生徒の声だ。


「ああ、いいよ。どうぞ」


 野口に促されて三年生の女子生徒が生徒会室へ入ってきた。 長い黒髪の年の割には大人びた少女だ。


「三年生の夏目美紗貴さんだ」


 野口が大江にそう紹介するのと同時にセプティが検索したデータも映像に重なって表示される。セプティのデータの方には彩星学園大学文学部へ進学予定と名前以外の公開プロフィールも付いてきた。


『不穏な空気であります』


『あちゃ~~』


『茶化さないの!』


 研究所部員たちが無言のままそんなメッセージをやりとりしているが、当の大江も黙りこくったままだ。

 おそらくこの後、どうなるか。大江も分かっているのだろう。


「御免、もうちょっと早く話していれば良かったんだけど……」

 慎重に言葉を選びながら野口は言った。


「僕は夏目さんと交際しているんだ」


 その後の反応は対照的だった。野口の言葉に夏目は真っ赤になりうろたえた。


「ちょ、ちょっとなに言ってるの。野口くん! 別に今さら副会長さんに言うような事でもないでしょ!」


 一方の大江は無表情のままその場に立ち尽くすだけ。


「あの、大江さん?」


 野口が心配して声をかけると、ようやく大江は笑った。


「いえ、ちょっと意外だったんで驚いただけです。へえ、野口先輩。彼女いたんですね」


「そんな、彼女というわけでも……」


 夏目は相変わらず赤い顔で照れてみせるが、その横に立つ野口は終始、所在なさげにしているだけだった。


「ええと、それじゃあ。あとは私の方で処理しておきます。もうそろそろ川端くんも来ると思いますから」


「そうか……」


 自分からそう切り出した大江に、野口は少し安心したようだ。


「色々と迷惑をかけて済まなかったな。これからも川端くんを助けて生徒会を盛り上げていってくれ」


「はい」

 大江は肯いた。


『目に表情が無いで有りますよ』


 なんで呼び出されたのか分からず首を傾げる夏目と一緒に野口は生徒会室から出て行く。その二人を見送る大江に田中はそうコメントした。


『それでどうするの? なんか出て行きにくいよねえ(^^;』


 またマリナが顔文字付きでメッセージを送ってきた。


『重苦しい空気でありますね。Ma’amマム


『副会長さんが出て行くまで待てばいいんじゃないすか』


『外から鍵をかけられたらどうするんだ?』


『内側から開けられない?』


『知らん。しかしこうなったらいざという場合は床に穴でも掘るしか』


 秀人たちがそんなやりとりをしていた時だ。やにわに大江が言った。


「出てきていいわよ」


 その言葉に秀人たちは無言で顔を見合わせる。


『ばれていたの?』


『待て、これは孔明の罠だ!』


「いいから出てきなさい! さもないと本当に廃部にするわよ!」


 どうやら大江は研究所部員が倉庫に隠れていると分かっていたようだ。


「これ以上の抵抗は無意味のようだな」


 そう言うと秀人は先頭を切って倉庫から生徒会室へ出て行った。出てはみたものの、こちらを睨み付けている大江になんと言っていいのか分からない。


「ええと……。そ、そうだ! 私は学会に復讐してやる為に……!」


 メガネを直しながらそう大声を上げ、その場を誤魔化そうとする秀人に大江は嘆息する。


「そういうの、いいから」


 いつも通りの大江に、秀人たちは何をどうしていいのか分からず、ただその場に立ち尽くすだけ。


「えっと、その……」


 マリナが何か声をかけようとするが、いい言葉が思いつかない。


「副会長! ドンマイです、ドンマイでありますよ!」


 取り敢えず田中は元気づけようとそんな事を言った。


「そうそう、男は野口先輩だけないっすから!!」


 野依に続いて秀人も言った。


「うむ、気を落とすな。大江女史。必ずや貴女に相応しい男性が、この世界のどこかにいるであろう!」


「あなたちに慰められるいわれはありません!」


 そう言い返す大江もまたいつも通りだ。今しがた振られたようには思えない。


「あの、御免なさい。大江さん。あたしが止めれば良かったんだけど、どうも成り行きというか……」


「いいの、いいの。あなたたちが隠れているのを分かっていてああいう事を言った私も悪いんだから」


 謝るマリナに大江は笑うが、やはりその顔は寂しそうだ。


「え~~と……。そ、そうだ。副会長、どうして俺たちが隠れているのが分かった?」


 重苦しい空気から逃れるようにそう尋ねる秀人へ、大江は生徒会室のドアへ視線を巡らせた。


「ドアが開けっ放し。鍵は閉めていかなかったけど、さすがにドアはちゃんと閉めていったもの」


「Ouch!」


 田中が思わずのけぞる。


「そういえば閉めた覚えないなあ」


 野依が思い出したようにそう言った。


「それに生徒会室に戻ってきた時、倉庫のドアが閉まるのを見たわ。ついでに白衣の裾もね。倉庫には色々と古い機材があるから、あなたたちが来れば目的そっちのけで興味を引かれるのは目に見えてるもの」


「わははははは、見事な推理だ。ホームズくん!」


「私は探偵じゃありません。それに推理するほどの事じゃないわ」


 思わず秀人に言い返す大江だが、マリナは他にも気になる事があった。


「あの、大江さん。あたしたちが隠れているのが分かってるのに、ああいう事を言ったって……」


「う、うん。まぁ……」


 一度は自分から言ったものの、詳しく説明するのは気が引けるようだ。大江は口ごもる。


「セプティはドアが開けたままというのは気がついていた」


 メタルシェルフから降りてくるのに手間取ったか。ようやくセプティも倉庫から出てきた。そのまま会議用の長机によじ登りながらセプティは続けた。


「だが秀人の白衣が目撃されていたのは想定外。その可能性は考慮しておくべきだった」


 その時、セプティは妙な雰囲気に気付いたようだ。大江がじ~~っと自分の方を見つめているのだ。余りにも真剣な眼差しなものだから、さすがにセプティも当惑を隠せない。


「あの、大江さん?」


 何か様子が変だと気付いたのはマリナも同じ。しかし大江にそう声をかけても耳に入っていないようだ。大江はじっとセプティを見つめたまま、一歩、二歩と近づいていく。長机の上にいたセプティも、それに合わせて一歩、二歩と後退っていく。


「江崎さん」


 やにわに大江がそう言った。


「この子、なに?」


「なにと言われましても……」


 大江の意図がわからず、マリナは取り敢えず通り一遍の説明をする。


「大江さんは初めてだと思いますけど、この子がマールムコーポレーションから研究所部へハンドリングの依頼があった第七世代のセプティです。正式名称はセプティムム・セプティム」


「セプティ」


 大江がごくりと喉を鳴らすのにはさすがにセプティもただ事ではないと分かったようだ。踵を返して逃げだそうとしたその時だ。


「きゃああああああ~~ッ! なになになになに、この子。可愛い~~ッ!!」


 突然、黄色い歓声を上げるなり、大江は逃げだそうとしたセプティを思いっきり抱きしめた。


「もうやだぁ! こんなに可愛い子ならもっと早く紹介してくれれば良かったのに!!」


 セプティはじたばたと足掻きながら大江の腕から逃げようとするが、しっかりと抱きしめられておりまったく動けない。


 強面の副会長が続けざまに見せた意外な素顔に秀人たち研究所部の面々は呆気にとられるだけだった。

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