05-08/情報家電に恋の理解は難しい-その8
パーティションの前にはメタルシェルフがあるので耳をつけるというわけにもいかない。
「あまり大きな声を出すな。気付かれてしまう。特にマリナは注意だ」
「分かって……、るわよ」
秀人に言われて思わず大きな声を出してしまいそうになったマリナは、あわてて自分の口を手で押さえた。
「それであとからいらっしゃる方というのは……」
「うんまぁちょっとね……」
ようやくそんな会話が聞き取れる程度だ。その時だ。セプティが上を見上げ、秀人の髪の毛を引っ張った。
「何をする。痛いだろうが」
声を潜めて文句を言う秀人に構わずセプティは天井を指さした。
「パーティションと天井の間に隙間がある」
セプティの言う通りだ。後付けのパーティションは天井まで届いておらず、五センチの隙間があり、そこから生徒会室の照明が差し込んできていた。
「でもあそこから覗き込むには足場が必要だし、頭を横にしないと見えませんよ」
そんな野依にセプティは自慢げに言った。
「大丈夫。セプティは最新情報家電」
そう言うなりバッグから専用のビデオカメラを取り出した。
「セプティならメタルシェルフの上まで登れる。これで撮影した映像をみんなに送ればいい」
「なるほど、その手があるか。それではさっそく大江副会長と野口前会長の会話を、セプティのハンドリングに必要な参考資料としてモニターさせてもらう事にしよう」
考資料としてモニターさせてもらう事にしよう」
「ものはいいよねえ」
うんざりとした顔でマリナは言うものの、それ以上は明確に反対はしなかった。マリナの態度を同意と受け取ったセプティは身軽にメタルシェルフへよじ登り、天井付近まで達するとカメラを構えた。
「回線は研究所部専用のものでいいな。……お、来た来た」
自分のタブレットPCを取り出した秀人は、セプティからの映像が届いている事を確認した。マリナたちもそれぞれ自分の携帯やすまほむを取り出して映像を確認する。
『映像は問題ないか? byセプティ』
突然、どこかの動画サイトのように映像にテキストが現れた。
『セプティは撮影、送信する映像に直接、テキストデータを出力できる。秀人たちのタブレットPCや携帯からのメッセージも反映される』
秀人はすぐさまタブレットPCのタッチパネルでメッセージを送信した。
『なるほど。これなら喋らずとも会話ができるな』
『超便利でありますね』
『俺のすまほむ、日本語入力やりにおいふぁけど』
やりにくいというだけあって、野依はいきなり入力をミスした。
『それぞれのテキストはセプティの方で色分けしてるから分かり易い』
『まるでぺこぺこ動画でありますね』
『ぬはははは、これならマリナの大声も問題ないな』
『うるさいヽ(`Д´)ノ 』
『
『え、嘘? 標準よ』
『いや、フォント(本当)だ』
秀人のギャグに、テキストも静まりかえってしまった。一方、映像では大江と野口がなにやら話をしているところだ。
「……このように財政削減は予定よりも順調なペースで進んでいます。これなら野口先輩が目標にしていた生徒会の財政立て直しも来期前半のうちには何とかなるんじゃないでしょうか」
生徒会室では大江がノートを示して野口にそう言っていた。
「そうだな。確かに順調にいってるように見えるけど……。なにか無理があるんじゃないのか?」
野口は奥歯に物が挟まったよな言い方をする。
「そんな……、無理なんて。私はただ野口先輩が昨年度に示した方針の通り……」
「いや、それは分かるんだけどね。大江さん。今の生徒会長はあくまで川端くんだ。生徒は川端くんの方針を指示したのだから、無理に僕のやり方に拘る必要はないよ」
「それは分かりますけど……。でも川端くんは野口先輩とは違います!
「確かにそれもそうなんだけどね」
何やら雰囲気が妙だ。同じことは田中も感じていたようで、テキストメッセージが画面に流れた。
『何かぷち修羅場って感じでありますね』
『でも話しているのは、あくまで生徒会の事でしょ?』
『それにしちゃあ大江副会長、なにか必死って感じすよねえ』
マリナや野依のメッセージに秀人は少し考えてから書き込んだ。
『それだけ野口先輩に認めてほしいんじゃないのか?』
『でもみんなの言うように、大江さんが必死なのも確かなのよねえ』
マリナのメッセージが流れたすぐ後に、セプティが直接、映像にテキストを割り込ませてきた。
『だからセプティが言った通り大江副会長は野口前会長に恋愛感情を持っている』
ないない。そんな馬鹿な話……。そう入力しようとタッチパネルに指を置いた秀人だが、結局、途中で止めてしまった。大江の様子を見ると、セプティの意見も一概には否定できないとも思えたからだ。
『まぁ、それもあるかもな』
考え直した秀人はそう入力した。
『あの副会長がでありますか?』
『あたしも信じられないけど、その可能性は消去するべきではないわね』
田中とマリナがそんな事を書き込んでいる間に、野口は少し真剣な顔なり大江に切り出していた。
「話を戻そう。大江さん、財政削減だけど僕は無理のないペースで実現するように計画を立てていたんだ。でも今は計画を上回るハイペースだよね。その分、主にクラブ関係者からクレームが相次いでると聞いている」
「はい、それは分かってます」
大江はそう言うと野口から視線をそらせて、伏し目がちに続けた。
「でも私は、出来れば野口先輩が在学中に、ちゃんと結果としてお見せしたいと思って……」
少し頬を赤らめて照れくさそうにそう言う大江は、秀人たちの知る厳正実直な生徒会副会長のイメージとは明らかに繋がらない。しかし話してるのはあくまで生徒会の財政問題なのだ。そのギャップに秀人だけではなくマリナたちもぽかんとして見守る事しかできなかった。
「大江さんの気持ちは分かっているつもりだ。だけどそれはやっぱり生徒会の活動とは違うんじゃないかな」
野口はポンと大江の肩を叩いてそう言った。しかし大江は野口の方へ向き直ると答える。
「そうかも知れません。でも私は不器用だから、こういう形でしか野口先輩へ……」
セプティからの映像を見ていた研究所部一同は、大江のその言葉に驚きを口に出さぬようにするのが精一杯だった。
ええと、参ったな。こりゃあ。秀人は頭を掻く。セプティだけは予測していたようだ、他のみんなはまさかこういう展開になるとはまったく考えていなかった。それだけにどう反応するべきか、他をうかがっている状況だ。
結局、最初に我慢しきれなくなったのはマリナだった。
『えっと、これ……。どう見ても告白だよね』
その後、しばらく誰もメッセージを送らない。秀人も少し考え込んだ後、ようやくメッセージを送信した。
『う~~む、何か方向性が歪んでいるような気がするが、確かにそうとしか解釈できんな』
『セプティの言ったとおり』
『しっかし意外な展開っすね』
『
誰もが同じ事を思っていたようだ。野依や田中もメッセージを送信した。
『知らないわよ。でもこれじゃますます出て行きずらいわよねえ』
『自分、告白の現場を部長に盗み聞きされていたとしたら、余裕で死ねるであります』
『部長ではない。所長だ! それにこれは盗み聞きではない。あくまで調査だ」
そんな研究所部員たちを尻目に、生徒会室にいる二人の会話はいよいよ佳境を迎えようとしていた。
「あ、あの……。野口先輩、実は私……!」
思い詰めたような表情の大江が次に口にする言葉は容易に想像できようものだ。無論、それは野口も同様。しかし野口は大江を制止した。
「すまない、大江さん。それ以上は聞けない」
『え?』
『は?』
『あああ?』
『実況チャットじゃないのよ:-<』
顔文字付きでマリナに怒られるが、秀人たちによってはさらに意外な展開が続いたのだ。
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