05-04/情報家電に恋の理解は難しい-その4

「ちょっとは興味を持ちなさいよ。生徒会長選挙の結果は部費にも影響してくるのよ」

 しかしそれくらいでたじろぐ秀人ではない。


「わははははは! 真実探求の使徒が下界の政治にかかずらわっていられるものか!!」


「そんなんだから研究予算が削られるのよ! それでなくても科学技術に関心のある政治家なんて少ないんだから、自分たちの領分は自分たちで守らないとだめなの!」


「それも道理! しかし!!」

 秀人は芝居がかかった態度でメガネの位置を直し、白衣を翻して言った。


「科学者が目の前の利益に拘ってどうする! 真実探求の使徒たるもの、常に遠大な目標を見据えてなければならんのだ」


「ニュートンが目の前に落ちたリンゴに気付かなかったら重力の発見は遅れたかも知れないわよ」


「わはははははは! マリナ、君はあんな例え話を信じているのかね!」


「別に信じてるわけじゃないわよ! 現実を見なさいと言っているの!」


「だがな、マリナ!」

 そこまで言いかけた秀人の頭をセプティがぺしぺしと叩いた。

「セプティは大変な事に気付いた」


「なんだ、いま忙しいのだ」

 そういう秀人に落ち着きを取り戻したマリナが言った。


「別にあたしは忙しくないわよ」

 マリナがそう言うものだから、秀人としてもセプティの話を聞くしかない。

「何が大変な事なのだ。情報家電のいう事だ。どうせ些末な問題に過ぎまい」


「かなり重要と判断できる。秀人は早急に対策を講じるべき」


「だから、なにが重要だと聞いているのだ」

 再びビーカーの研究所部特製ドリンクを啜る秀人の頭上でセプティは言った。


「先程、校内の状況を検索した。現在、生徒会副会長の大江澄子は無許可の送別会、パーティーが行われていないか、執行部員と見回りの最中」


「野依が遭遇したのがそれだろう」

 秀人に水を向けられた野依は偽コーヒーを飲みながら無言で肯いた。


「問題はその後の動向」

 セプティは秀人の頭をぺしぺし叩きながら言った。


「副会長大江澄子は新クラブ棟で手芸部の無許可パーティーを摘発した後、現在、この旧クラブ棟へ向かっている最中」


「な……!?」


 セプティの報告に秀人は飲みかけていた研究所部特製ドリンクを吹き出しそうになった。その瞬間である。部室のドアが乱暴に開かれた。


「生徒会執行部です! 無許可の送別会、パーティーが行われていないか、確認に参りました!!」


 その言葉と共に飛び込んできたのは生徒会執行部と副会長の大江澄子だった。


「セプティ、犬を隠せ!」


 そう言うなり秀人は大江たちに気付かれぬようセプティをハコイヌの方へ放る。そして返す刀で手にしていた特製ドリンク入りビーカーを電磁攪拌機へと乗せた。なにしろごちゃごちゃと無駄に機材、資料が押し込まれている部室内だ。大江たちも一瞬、秀人が何をしたのか分からなかった。


「やあ、副会長。川端会長は元気かね」


 秀人はわざとらしく電磁攪拌機に乗ったビーカーを覗き込む。田中は化学天秤で何かを量りはじめ、野依も偽コーヒーのビーカーに手近のガラス棒を突っ込み撹拌を始めた。利根川は牛乳のパックを機材の陰に隠してCRTに向かう。一見しただけでは何かの実験か調べごとをやってる最中と見えなくもない。その中でティーカップを片手にしたマリナだけが浮いてしまっていた。


 もっとも大江もすぐに怪しいと気付いたようだ。周囲を見回すが、その視線がハコイヌを籠に隠そうとするセプティの方へ向く前に、秀人の方から声をかける。


「研究所部は現在、重要な実験の最中なのだ。用がないのなら出て行って欲しいのだがな」


 そしてマリナの方へ視線を巡らせると秀人は大げさな口調で言った。


「おおっといかんな、江崎さん! 神聖な研究所でお茶を啜るとは! もうちょっと真面目に取り組んで欲しいものだ。まったく、嘆かわしい!!」


「あ、あなたねえ……!」


 マリナは顔を紅潮させて怒りを抑えている。怒鳴りつけたいのは山々だが、それでは大江に追い出しパーティーをやっていた事がばれてしまう。


「送別会や送り出しパーティーなんてやってないでしょうね。研究所部も毎年三年生の追い出しパーティーで怪しげな食品やドリンクを作って大騒ぎしてるという話だけど」


 疑惑の目で秀人を見ながら大江はそう尋ねた。秀人はこれまたわざとらしく首を傾げた。


「おや、これはまた妙な事を仰るな。副会長殿。そもそも現在、研究所部には卒業する三年生がいない以上、送り出しパーティーのやりようもない」


 大江は『卒業』という単語に少し眉をひそめた。執行部員たちはその理由を知っているのか、小声で何事か言い合うが、大江の送った一瞥で口をつぐんでしまう。


「幽霊部員の三年生がいたでしょ? その人の送り出しパーティーはやらないの?」


「ふむ、そう言えばそんな部員も居たかな?」

 白を切る秀人に、突然、大江はむきになって怒り始めた。


「卒業する人にその言い方はないんじゃないの! その人のおかげで研究所部は存続できたんじゃないの。少しは感謝したらどうなの!」


 妙に気色ばんでそう言う大江に秀人はたじたじとなりながら答えた。

「ええと、じゃあ送り出しパーティーくらいやってやらないと……」


「だから! 無許可の送別会や送り出しパーティーは禁止です!」


「ではどうしろと……」


「生徒会に申請を出してください!!」


「今から申請していたんじゃ卒業式に間に合わないぞ」

 秀人が言ったのは当然の話。しかし大江はその言葉にハッとした後、唇を噛む。そしてしばし黙考の後、八つ当たりのように秀人へ言った。


「そんなの、知りません!」


「いや、知らないと言われてもなあ」


 当惑する秀人は、大江の怒りの矛先を逸らそうと、慌てて別の話題を探す。そしてさして深い考えもなく、思いついた話を振ってみた。


「そ、そうだ。生徒会の送別会はないのか? 前会長の、ええと野口先輩か。あの人も当然、卒業だろう?」


「あなたに言われる道理はありません!」

 そっぽを向いたままで大江はぴしゃりとそう言い放った。あまりの剣幕に水を向けた秀人も二の句が継げない。しかし大江もすぐに冷静さを取り戻したようだ。秀人と顔を合わさぬようにして部室のドアへ戻る。


「とにかく、生徒会の許可を得ていない送別会やパーティーは禁止です。開催するなら予定日の二週間前までに申請を出してください」


「あ、あぁ」


 秀人は訳のわからぬままに肯いた。そんな秀人に構わず大江は執行部員を引き連れて部室から出て行こうとした。しかしドアの前で何かを思い出したようにマリナの方へ振り返る。

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