05-03/情報家電に恋の理解は難しい-その3

「いや、遅れたのにはちょっと事情がありましてね。先生」

 野依は適当に空いていた椅子に腰掛けると言った。


「先生ではない。所長と呼べ」


 同学年ながら何故か野依は秀人を『先生』と呼ぶ。それを秀人が『所長』と呼ぶように促し、相手が無視するのもいつもの流れだ。


「ここに来る途中に、西新校舎や新クラブ棟を通ってきたんですけど、時期的にどこも追い出しパーティーや送別会をやってるじゃないですか」


「うむ、卒業シーズンだからな」


 研究所部特製ドリンクを啜りながら肯く秀人の頭の上でセプティが尋ねた。

「卒業するにはパーティーや送別会が必要なのか?」


「必ずしも必要というわけじゃないけどね。卒業する人に感謝しつつ、在校生がその労をねぎらう意味もあるんじゃないの」


 そう言うマリナにセプティは一つ首肯して言った。

「つまり研究所部は卒業する三年生の幽霊部員ぶりに感謝してるのだな」


「まぁそういう事になるのかな」

 苦笑するマリナに構わず秀人は肯く。


「他に理由はないだろう。充分な貢献だ。それで他の部の追い出しパーティーや送別会がどうしたって?」


「あちこちでトラブルが起きてるんですよ」

 田中から偽コーヒーを貰い野依は言った。


「今の時期はクラブ主催の送別会で羽目を外す事が多いって、確か川端くんも言っていたわね」

 マリナの言葉に秀人も肯いた。


「うむ、去年も聞いた覚えがある」


「で、こういう通達が今朝出たんですよ。聞いてないっすか?」

 そう言って野依は自分のを取り出した。円盤形のは一瞬で戦闘ロボに変形して、胸のパネルが開き液晶画面が現れる。無駄に凝ったギミックである。


 液晶画面には『生徒会からのお知らせ』という文章が表示されていた。


「あれ、今日の配付されたの? ちょっと待って……。ああ、来てる来てる。授業時間の変更や他の学校行事関連と一緒だから分からなかったわ」


 マリナも自分の改造携帯を取り出して、生徒会から同じメールが届いていたのを確認した。


「生徒会からの連絡をその他一般のお知らせと同じ扱いでメールするとはな。開封確認くらいつけたらどうだ」


 自分のタブレットPCで同じメールを確認してから秀人は言った。


「それでどういう内容なのだ?」


「それくらい自分で読んでくださいよ」


 呆れる野依に秀人はふんぞり返ってみせる。

「面倒だ」


 その頭の上からセプティが身を乗り出した。

「セプティが確認した。生徒会副会長から各クラブが自主的に行う送別会、追い出し、送り出しパーティーの自粛を求めている」


「副会長? 大江か」

 尋ねる秀人にセプティは続けた。

「そうだ。副会長の大江澄子名義で要請が出ている。各クラブが自主的に送別会を行う場合は、予定日の二週間前までに予算、人数等を所定の形式にまとめて生徒会の決裁を仰ぐ。それ以外の送別会は自粛するよう、強く求めている」


 さすがのマリナもその要請には渋い顔をした。


「そんな事、今になって言われても困るわよね。これから二週間後じゃ、卒業式も済んじゃうじゃないの」


「うむ、確かにマリナの言う通りだな。そもそも追い出しパーティーなど、その場の勢いでやるもので、いちいち許可など仰ぐような代物ではない」


「検索した」

 ぶつくさと文句を言う秀人の眼前へセプティが身を乗り出して言った。


「ここ数年、各クラブが自主的に行う送別会、送り出しパーティーなどで、教室や備品の破損、紛失が相次いでおり、それが生徒会の財政を圧迫している原因の一つとなっている」


「そうそう、そうなんすよ。俺も西新校舎や新クラブ棟で、ロック研や園芸部が執行部ともめてるのを見ました」


 そういう野依にマリナは首を傾げる。


「ロック研は分からないでもないけど、園芸部の追い出しパーティーがどうしてもめるのよ」


「園芸部は部室に植木鉢や何かを持ち込んだみたいですからねえ。それでなくても学園の備品と園芸部が所有している植木鉢やプランターの所有権があいまいですから」


「あ~~、なるほどねえ。確かにそれは困るでしょうね。特に大江さんは生徒会選挙で財政再建を公約にしていたし」


「財政再建とか公約とか、まるで選挙みたいですねえ」


「いや、選挙なんだけど。生徒会の」

 またまた怪しげな色合いのドリンクを調合しながらそう言った田中にマリナは呆れたようだ。


「そういえば川端の公約はなんだったんだ?」


「覚えてないの? 一応、友達の選挙公約だったんでしょ?」


「うむ、川端には投票してやったが、公約は覚えてない!」

 無駄に偉そうな態度で答える秀人に嘆息するばかりのマリナに代わり利根川が教えてやる。


「『バランスの取れた運営で愛される生徒会』だよ」


「わはははは、川端らしいくそ真面目な公約だな!」

 大笑する秀人に利根川は重ねて説明した。


「ボクたち一年はよく知らないけど、前生徒会長の野口先輩は緊縮財政、クラブ予算制限を基本方針としていて、部長会議とも険悪な仲だったらしいからね。川端会長はその改善を約束したから当選も当然じゃないかな」


「そういえば大江副会長も会長選挙に立候補していたんだよな」


 野依が思い出したようにそう言った。彩星学園高等部の生徒会長選挙は最高得票者が生徒会長、次点が副会長になる規程だ。言うまでもなく大江は去年、川端と会長職を争い、敗れて次点となった結果、副会長に就任したのである。


「そうね。大江さんは基本的には前会長の野口先輩の方針を踏襲するという公約だったわ」


「ふ~~ん、そうだったか」


 さして興味なさげに特製ドリンクを啜る秀人に、さすがのマリナも我慢の限界に達したようだ。

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