05/情報家電に恋の理解は難しい

05-01/情報家電に恋の理解は難しい-その1

「んじゃ飲み物はどうするでありますか?」


『本日のドリンク担当』と書かれたプレートを魔改造白衣の胸に下げた田中が、部室の奥にあるシンクからみんなにそう声をかけた。


 シンクの隣りにあるキャビネットには『研究所部専用ドリンバー』『部外者使用禁止』の張り紙がしてある。キャビネットの中には紅茶の缶や粉末クリームの瓶、コーヒー豆のキャニスターなど『ドリンクバー』という名称に相応しい品物の他、透明や褐色の試薬瓶。ビーカー、フラスコ、蒸留器も並んでおり、なんとも言えないカオスな雰囲気を醸し出していた。


「ボクはいつもどおり白牛乳でいいよ」

 部室の隅に置かれたCRTの前から利根川がそう言ってきた。


「ういっす」

 田中はそう答えるとすぐ側の小型冷蔵庫から白牛乳の紙パックを取り出した。


「今時、白牛乳という奴も珍しいな」


 秀人がそう言うとセプティが頭上から身を乗り出して尋ねた。

「珍しいのか?」


「珍しいな」


「そうか」

 セプティは一度、二度肯くと田中へ向かって言った。


「セプティは紅茶がいい。ハコイヌは犬用ミルクをあげて欲しい」


「お前は超純水でも飲んでろ。情報家電」


 頭上のセプティに向かってそう言った秀人に田中の方が反論する。


「駄目でありますよ、部長。超純水は結構、高いであります」


「ふむ、それもそうか」


 秀人はわざとらしく考え込んでから田中に言った。


「じゃあ水道水を蒸留してやれ。そこにリービッヒ冷却管があるだろう。それから俺の事は所長と呼べ」


「セプティは最新情報家電なので、多少の不純物くらいではどうでもない」


 不満げに秀人の頭をぺしぺしと叩きながらセプティはそう言った。


「それでMa’amマムはどうするでありますか?」


「あぁ、あたし?」


 自分の家から持ってきた資料を部室の書庫へ詰め込んでいたマリナは、田中の方へ振り返ると言った。


「コーヒーでいいわよ。できればレギュラーでマンデリンがいいかな」


「え~~……!」

 マリナの返答に田中はすぐさま不満げな声を挙げた。

「駄目ですよ、Ma’amマム!! Ma’amマムのような美人さんはやはり紅茶でないと!」


「田中の主張にセプティも同意する。なにしろセプティも紅茶だ」


「黙れ、情報家電」


 そう口を挟むセプティに秀人はすかさず突っ込んだ。セプティはそんな秀人の頭を無言でぺしぺしと叩き始める。


「美人は紅茶って……。別にコーヒーでもいいじゃないの」


「美人という所は否定しないんだな」


 セプティに頭を叩かれながらも秀人はまた突っ込みを入れるがマリナは平然としたものだ。


「そうね。事実だし」


 しれっとしてそう言うマリナに、秀人は渋い顔をして見せた。


「やはり美人にはコーヒーよりも紅茶が似合うと思うのでありますよ」


 まだ拘る田中にセプティはやにわに秀人の頭の上で仁王立ちになった。その頭にあるリボンが鮮やかに明滅する。ネットワークにアクセスしているようだ。


「田中の主張を検索してみた。検索時間は約0.02秒」


「この際、検索時間は関係ないな」

 そういう秀人を無視してセプティは続けた。

「田中の主張にも一定の裏付けがある。美少女に似合うのは紅茶、それもアールグレイというパターンが多い」


「ですよねえ」


 秀人の頭の上でふんぞり返るセプティに田中も肯いた。これでは情勢不利と見たか結局、マリナも折れてしまう。


「もう、いいわよ。紅茶で。アールグレイで」

 嘆息するとマリナはそう言った。


「セプティはオレンジペコがいい」

 頭の上からそう言うセプティを上目遣いで見やり秀人は言った。


「情報家電に紅茶の味がわかるのか?」


「もちろんだ。セプティは最新情報家電らしく、ユーザーの為、お茶のテイスティング機能も備わっている。いい機会だからテストをする」


「あ~~、分かった分かった」

 面倒くさそうにそう言う秀人に田中が声をかける。


「それで部長はいつものでいいでありますね?」


「部長ではない所長だ。それから飲み物はいつもの研究所スペシャルドリンク、ハイテンションモードで頼む!」


「了解しましたであります!」

 敬礼した田中は早速キャビネットから試薬瓶を取り出した。


「研究所スペシャルドリンク? 飲み物にハイテンションモード?」

 怪訝な顔でマリナは田中の手元を覗き込んだ。田中がキャビネットから取り出したのは塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ビタミンB類とビタミンC、それにクエン酸、無水カフェイン。


 その組み合わせにマリナははたと気付く。


「あれ、これって……」


「Yes! Ma’amマム!! 研究所特製のアイソトニック飲料であります!!」


 化学天秤で試薬を図りながら田中はそう答えた。


「あ~~、誰でも一度は挑戦するわよね。お手製アイソトニック飲料。だって成分表みたら、普通に実験室に置いてあるものがほとんどだもの。あとは割合の調整くらいだし」


「そこで誰でも一度は挑戦するという言葉が出てくる辺り、Ma’amマムもこっちの人間でありますねえ」

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