04-02/君たちはめんどくさい-その2

「御免ね、急に呼びつけちゃって」


「Yes! Ma’amマム!! 当然の事であります!!」

 田中はマリナに向かって直立不動でそう答えた。


「まあボクもちょうど手が空いていた所だったからね。湯川の旦那には買い出しを頼んじゃったし」


 利根川がそう言うと田中の頭の上で、セプティが不満げに腕を振り回す。

「買い物ならば、セプティも一緒に連れて行った方が効率的。最新情報家電として色々と役に立つ」


「まああんまり人目の多い所へセプティを連れていって情報が漏れても困るからね。この前に見たく、変に盛り上がられてもまずいし」

 そう言ってマリナは笑った。


 田中と利根川、そしてセプティが訪れたのはマリナの自宅だ。学校からバスで数十分程の場所にあるマンション。そこにマリナは母と一緒に暮らしている。研究所部部室にいたセプティに、ハンドリングの参考になりそうな資料があるから取りに来て欲しいとマリナから連絡があったのである。そこで田中と利根川がセプティと共に訪れたというわけだ。


「秀人はともかく、野依くんは?」

 先程、連絡を取った時も野依は居なかったようだ。尋ねたマリナに利根川が答える。


「晩飯。その後、寮によって着がえてくるって。時間がかかりそうだから、連絡はしていない」

 そう言ってから利根川は思い出したように付け加える。

「力仕事があるようなら、すぐに連絡してきて貰おうか?」


 そんな利根川にマリナは頭を振る。

「別にいいわよ。それに男の子に部屋を見られるのは、ちょっと恥ずかしいし。女の子だけの方が気楽だわ」


「そう」

 素っ気なく答える利根川の隣で田中はきょとんとして首を傾げる。


「は……? 女の子?」

 利根川は何やら混乱している田中ににやりと笑いかけただけだった。


「じゃあ入って入って。遅くならないうちに持って帰らないと」


「お邪魔します」

 利根川の挨拶と共に田中も玄関から中へと上がった。マリナの部屋は入り口からすぐだった。マリナに案内されて部屋に入った田中と利根川は、その様子に怪訝な顔を見合わせる事になった。


 シンプルなシングルベッドと机はあるが、それ以外、家具らしい物はない。窓にはカーテンが掛かっているが、他に飾りらしい物はない。花瓶に生けた花一輪さえもないのだ。


 殺風景な部屋の隅には、調度品の代わりに段ボール箱がいくつも積み上げられていた。


「ええと、その。こちらMa’amマムの部屋でありますよね」


「ええ、そうよ」

 あまり話したく無さそうだ。利根川はそう感じたが、田中はその点、良くも悪くも鈍感だ。あまり気にせず重ねて尋ねた。


「それにしちゃ、家具もないし段ボール箱ばっかりだし……」


「えっとまぁ、ほら。今は時期が時期だしね」

 マリナは曖昧に言葉を濁すが、田中は勝手に納得してくれた。


「あ~~、そういえばそんな時期でありますね。学生寮に引っ越すんでありますか?」

 一時、緊張したマリナだったが、田中がそう言うとホッとしたように胸をなで下ろす。


「え、ええまあ。そういう所かな」


 おや……? 利根川はマリナの様子に何か違和感を覚えていたが、田中は気付いていないようだ。勝手に話を続ける。


「食事や洗濯は自分でやらないといけませんが、寮の方が気兼ねないでありますからね。自分も寮住まいにしますかねえ」


 彩星学園の寮は入寮の時期に関してはかなり融通が利く。試験期間だけ寮に入って追い込みをかける生徒も珍しくない。マリナもまもなく二年へ進級。それを機会に入寮するのだろうと田中は考えたのだろう。


「田中は自分一人で料理や掃除洗濯ができるのか?」

 頭の上からセプティが田中に尋ねる。田中本人が答える前に利根川が言ってしまった。

「まぁ無理だろうな」


「まぁ全部校内の有料サービスに頼んでもいいんでありますけどね」

 田中は利根川の言葉を否定するつもりはないようだ。笑ってそう言った。


 身の回りが出来ない生徒、学生の為、学園寮には様々なサービス業者が入っている。食事のデリバリーはもちろん洗濯、掃除、挙げ句の果てには授業時間に合わせて送り迎えしてくれるサービスまで行われているのだ。もっとも基本的には有料で全てサービス業者に頼むと大変な出費になるので、大抵の生徒は必要最低限の利用ですましている。それを全部頼むと言っているのだから、田中は余り本気で入寮するつもりはないのだろう。


「ええと、こっちだったかな。この箱は洋服だし、本は確か……」

 田中と利根川がそんな話をしている隙に、マリナは積み上げられた段ボール箱をいくつか開いて中を探し始めていた。二人が来る前からマリナは資料を探していたようで、段ボール箱はいくつか封が開けてある。


「あ~~、これこれ。のAI設計に使われた基本資料よ。これもあると何かと便利よ。少し古めのものだけど、基礎になっているクォンタムエモーションシステム周りは変わってないはずだから」


「クォン……、あぁ量子感情回路の事デスね」

 マリナが田中に渡したのは本ではなく分厚いファイル。ぺらぺらとめくってみると、明らかに何かの報告書をまとめただけのものだ。


「うわぁ~~、これはかなり高度でありますね。自分らには手に余るかもであります」


「うん、まぁそうだな。ボクも正直良く分からない」


 隣から覗き込んでそう言う利根川だが、実際には内容よりも別の点が気になっていた。表紙には張られていたラベルが剥がされたような跡があったのだ。それに中でも幾つか人名や部署と思しき固有名詞が塗りつぶされているようだ。


 どう見ても一般に流通している代物ではない。


「江崎さん、これ本当に預かっちゃっていいの? なにか大学か企業の資料みたいなんだけど」


 守秘義務期限があったいうからには、本来はそれなりの研究開発機関の持ち物という事だろうか。そう推測した利根川は改めてマリナの部屋を見まわして妙な事に気付いた。


「あ、これもね。それとこっちは雑誌や新聞の記事をスキャンしてあるから」


 マリナは別の段ボール箱から専門書とホルダーに入ったディスクを取り出した。


「ああ」


 生返事のまま利根川はそれを受け取り田中へ渡そうと振り返る。田中は利根川より頭一つほど小さい。おかげで利根川が振り返った時、田中の頭の上に乗っていたセプティと目を合わせる事になってしまった。


 セプティは無言でじっと利根川を観察していたようだ。そして首を傾げると口を開きかけた。

「利根川。セプティは……」


「分かってる。後で聞くよ」

 頭上のやり取りに田中は首を傾げる。


「なんでありますか?」

 余り仲が良さそうに見えないセプティと利根川のやりとりが気になったようだ。田中はそう尋ねた。


「セプティは気になるのだが……」

 田中に尋ねられた為か、セプティは利根川の言葉を無視して話を続けようとした。そのセプティに利根川は重ねて言った。


「最新型情報家電なんだろう? 空気を読むくらいの性能はあるんだよね?」


「その通りだ。セプティは最新の情報家電。空気を読むくらい造作もない」

 セプティと利根川のやりとりが何を意味しているのか分からず、田中はきょとんとするだけ。そこまで言った所でセプティは足を滑らせて、田中の頭から落ちそうになり慌てて前髪にしがみついた。


「むう、やはり田中の頭は秀人の頭より安定性が悪い」


「悪かったでありますね」


「何やってるのよ?」

 かがみ込んで段ボール箱を覗き込んでいたマリナは、ようやく目的のものを見つけてそれを田中に差し出した。


「こっちは割と一般的な資料だけどデータは新しいわよ。それで、どうしたの?」

 尋ねるマリナに、田中の頭の上へ戻ったセプティは答える。


「空気を読んでいた」


「それはそれは」

 段ボール箱に頭を突っ込んでいたマリナは、セプティと利根川の細かいやり取りまでは耳に入らなかったようで苦笑を浮かべるだけ。


「それにしてもMa’amマムは、いいお尻してるでありますな。安産型であります」


 かがみ込んでお尻を突き出したマリナに、田中はにやりと笑ってそう言った。


「……な!?」

 マリナは赤くなって思わずお尻を両手で押さえる。


「も~~、なに見てるのよ!!」


 赤くなったまま拳を振り回すマリナから田中は逃げ回る。


 利根川はそんなマリナの様子に少し安堵した。


 荷物が多すぎる……。マリナに悟られぬよう、もう一度部屋の中を見まわしてから利根川は考える。


 学校からそんなに離れていないんだから、身の回りのものだけ持っていけば充分のはずだ。これじゃまるで引っ越しじゃないか……。

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