04/君たちはめんどくさい
04-01/君たちはめんどくさい-その1
「しかしまぁ、お前に彼女がいるとはなあ」
「うらやましいか」
秀人に向かって川端はからかうようにそう言ってから改めて尋ねる。
「秀人、お前はどうなんだ。付き合っている彼女とかいるのか?」
「いるわけがない」
唐突な質問にも一切たじろぐ事なく秀人はきっぱりとそう答えた。そんな秀人に川端はまた笑う。
「ははは、これで後になって『彼女がいるかどうか聞かれなかったから話さなかった』という逃げは使えなくなるな」
「お前なあ、自分の事を棚に上げて何を言う」
あきれ顔の秀人を川端はからかう。
「ひがむなよ、みっともないぞ」
「おのれ! このリア充め!!」
秀人は一瞬、ファイティングポーズを取る。しかしそれもほんの一瞬。秀人がファイティングポーズを解くと二人は笑い合う。
バレンタインの騒動から数日後。川端は生徒会の仕事を終えて帰宅途中。秀人は学園寮住まいなので、帰宅する必要はないのだが、ちょっとした買い物の為、川端と途中まで付き合ってる最中なのだ。
「しかしまあお前とこうして話すのも久しぶりだな」
冬の夕暮空を見上げながら川端は言った。
「そうか」
秀人はとぼけてみせるが、心当たりはあるのだろう。歩きながらも曖昧に視線を泳がせている。
「まあ僕も生徒会の仕事が忙しいんだが、お前も研究所部にかかり切りだからな」
「わっははは、俺も真実探求にいそしんでいるからな」
突然、高笑いする秀人に周囲の通行人はぎょっとして振り返る。秀人は愛用の白衣のまま学園から出てきており、それでなくても人目を引いているのだ。設立趣旨や学園の運営方針もあり、彩星学園の生徒には変人が多いと知られている。それでも街中で高笑いする白衣姿の少年が目立つ事には変わりない。
そんな秀人に川端はため息をつくと言った。
「それだ、それ」
「それ? どれがそれだ。指示代名詞ばかりでは分からん」
川端の言っている意味が分かっていないのか、それとも分かっていてとぼけているのか。秀人はわざとらしく周囲を見回してみせる。
そんな秀人に川端は渋い顔で言った。
「そのマッドサイエンティストごっこだ」
しかし川端の苦言にも秀人は白衣を翻して高らかに言い放つのみ。
「ごっこではない! リアルマッドサイエンティストだ!!」
そんな秀人に川端はほとほとあきれ果てているようだ。
「自分を謀るのもいい加減にしろよ。これは幼馴染みとしての忠告だ」
「わははははははははは!!」
またもや秀人は大笑する。
「謀られていたのはお前の方だ。川端!! 今の俺こそが真の湯川秀人!! かつては周囲を欺く為、敢えて人畜無害な優等生のふりをしていたのだ」
「……なぜ?」
「あ……?」
そう問い返された秀人はぽかんとする。
「なぜ周囲を欺く必要があったんだ?」
「そ、それはだな……。ほら、なんというかマッドサイエンティストの目的と言えば学会への復讐だ。それを成し遂げる為には……」
「まぁそれはどうでもいい」
素っ気なく言い返されて秀人は当惑する。その当惑を見逃さずに川端は切り出した。
「江崎さんが心配しているぞ」
「マリナが?」
出し抜けにその名前を出され、秀人は完全に川端のペースに填められてしまった。
「僕は小学校、中学校そしてこの学園とお前を見ていたから、気がついたらこうなっていたという感じだが、江崎さんは中学時代のお前を知らない。そして再会したらこのざまだ。心配しないはずがないだろう」
「このざまとは何だ、このざまとは! そもそも俺はマリナの……」
憤然とした秀人はいつもの態度を繕う事を忘れてしまった。うっかり口に出しかけた言葉を慌てて飲み込む。
「江崎さんの何だって?」
聞き返す川端から慌てて視線を逸らせた秀人は懸命に誤魔化そうとする。
「そもそもあれだ。何というかだな……、だからほら。さっきも言っただろう。今の俺が正常であって、かつての俺は偽りの姿だったのだ! わはははははは!!」
「分かった分かった」
いつもの調子を取り戻した秀人に、川端は辟易したようにぼやく。
「まあお前の事はお前自身が一番分かっているんだろうからな。だけどもう少し、落ち着いて周囲を見るのも忘れるな。うっかりして本当に大切なものを見失っては元も子もない」
「忠告痛み入る」
ふんぞり返ってそう答える秀人に川端は苦笑する。
「分かってるならいい。じゃあな」
そう言うと川端は地下鉄の駅に向かっていった。
「おお、気をつけてな」
川端を見送った秀人は独りごちる。
「……俺の事は俺自身が一番分かってるか」
まぁいいさ……。自嘲気味の笑みを浮かべると秀人は、ポイント三倍セールをやっている駅前のスーパーマーケットへ急いだ。
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