03-10/バレンタインの観測問題-その10
「まぁこんな所か……」
川端と木村の一件から数時間。秀人はバレンタインデーに関する調査書をまとめあげた所だ。
バレンタインデーのチョコにセプティが興味を持ち、贈られた方だけではなく、贈る方の気持ちも大切だと気づいた。単純にまとめるとそういう事になる。
「う~~む」
報告書を作成しているノートPCの画面を見つめながら、秀人は難しい顔をしてみせる。
セプティは部室の前にある花壇でハコイヌを遊んでおり、久々に秀人の頭は軽いはずだが、妙に重苦しい表情だ。
「なに神妙な顔をしているのよ。報告書はできたの?」
後からマリナがPCの画面を覗き込んだ。
「いや、まぁざっくりとまとめてはみたんだがな。なんていうかなぁ。いい話風な落ちなのが気に入らん」
「気に入るとか入らないとかそういう問題じゃないでしょ」
マリナは心底呆れたような顔でそう言った。
「真実探求の使徒が聞いて呆れるわ。観測結果は予断や先入観を排してそのまま受け入れるべきじゃないの」
「それはまぁ、確かにその通りなんだがな……」
まだ納得できない様子の秀人にマリナは笑って付け足した。
「それにいい話で構わないじゃないの。きっとポイント高いんじゃないの?」
そんなマリナに秀人は怪訝な顔を向ける。
「ポイント? 報告書はポイント制度だったか?」
「だからそういう意味じゃないわよ。セプティが実用化されたら重要なデータになりそうだし、営業的には重要なセールスポイントになるって事」
「いや、だから。営業的にではなくて……」
そこまで言いかけて秀人ははたと我に返る。
しまった。どうすればマールムコーポレーションCEOのタケオ・スティーブンスの目に留まるか。それにはどのような報告書にしたらいいかばかりを考えていた。
そもそもタケオ・スティーブンスの人を見る目、商機を見抜く感覚は確かだ。最初から気に入るように作った報告書など、逆にすぐに底が知れてしまうだろう。
秀人は思い直す。
「まぁそれもそうか」
そうつぶやいてキーボードに向かい直す秀人の目の前に、カラフルにラッピングされた包みに突き出される。
「これ、あげる」
「はい?」
悪戯っぽい笑みで包みを差し出したマリナを、秀人はぽかんとした顔で見つめるだけだ。
「校内のコンビニで在庫処分やっていたから。チョコレートよ」
「ほお、バレンタインチョコか。どういう風の吹き回しだ」
マリナの真意を測りかねてる秀人だが、それでも平静を装いそう言った。そんな秀人にマリナは答える。
「ん、まぁ。あれね、シュレディンガーのチョコレート」
「は? ネコじゃなくてチョコ?」
秀人はまじまじとチョコを見つめてから続けた。
「まさか毒が入っていて50%の割合で死ぬとかそういうチョコレートじゃないだろうな」
「なに言ってるのよ。ほら木村さんが言っていたじゃないの。チョコを贈るのは相手に喜んで欲しいからって。……で、秀人はうれしい。喜ばしい?」
マリナはそう言いながら秀人の前に回り込みついと顔を寄せる。秀人は反射的に座っていた回転椅子を回して、そんなマリナから顔を逸らせてしまった。
「そりゃあ、うれしくないと言えば嘘になるな」
「ふ~~ん、意外に素直ね」
秀人の答えにマリナは意外そうな顔をする。そんなマリナから視線を逸らせたままで秀人は尋ねる。
「それでマリナはどうなんだ」
「どうって、何が?」
「俺がチョコを貰ってうれしいと答えたんだ。その反応を報告するのが当然だろう」
「……え」
今度は罰の悪い顔でマリナが視線を逸らせる番だった。
「別にあたしの反応なんてどうでもいいでしょ。あたしは秀人の反応が知りたかっただけなんだから。観測対象に興味があるんであって、観測者はどうでもいいのよ」
「観測という行為は観測者にも影響を与えるものだ。そもそもそうでないと観測した東風にならない」
したり顔で秀人はそう言った。
「もう、いいでしょ。そんな事!」
無理矢理、話を切り上げようとしたマリナの目の前にハコイヌを連れたセプティが現れた。どうやら今の秀人とマリナの会話を聞いて興味を持ったようだ。
「セプティも観測結果には興味がある。秀人はチョコを貰ってうれしい。マリナはそれを聞いてうれしいのか?」
「そりゃあ、まぁ……」
そう言ったきりでマリナは後の言葉を濁してしまう。
「つまりマリナが渡したのは本命チョコか?」
セプティの指摘に、秀人とマリナは思わず絶句する。
「なっ!?」
「ど、どうしてそうなるのよ!!」
「木村の意見から推測するとそのように結論づけるのが妥当」
ぽやっとした表情は変わらないが、セプティは鋭くそう指摘した。
「あ、あれは……。ほか、木村さんの個人的な意見で……」
「ではあの意見は一般的ではないのか?」
「別にそういう訳じゃないけど……。ほら、むしろあたしたちの方が特殊なのよ。そうなのよ! ねえ、秀人!!」
マリナは最後に一際大きな声で秀人の名を呼ぶ。
「近くに居るのだから、そんなデカい声を出さなくても分かる! しかし、なんだ。俺たちの方が特殊なのは確かだな。うん」
自分に言い聞かせるかのように秀人は肯いた。
「そうよねえ」
そう言ってマリナは秀人に笑いかける。そんな二人にセプティは首を傾げるだけだった。
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