03-09/バレンタインの観測問題-その9
その光景に秀人とマリナは顔を赤くしてお互い視線を逸らせている。そんな二人に不思議そうにセプティは尋ねた。
「なぜ目の前の状況を観察しないのだ?」
「セプティは見ちゃ駄目!」
あらぬ方向を見たままそう言うマリナにセプティは秀人の頭をぺしぺしと叩きながら抗議する。
「見ないと観察できない」
「だよね~~♡」
川端に密着したままで木村もそう言った。
「木村もあのように言っている」
「もう、知らない!!」
ぷいと横を向くマリナにセプティはきょとんとするだけだ。
「気にする事はないでありますよ。
田中が説明してもセプティは首を傾げるだけ。そんなセプティに構わず田中は川端と木村へと向き直った。
「問題はここからであります。会長!」
「な、なんだ。田中くん。改まって」
川端は怪訝な顔だが、木村はある程度、田中の意図を察しているのか意味ありげに微笑んだ。
「どうぞどうぞ、なんでも聞いちゃって」
木村のその言葉を待っていたかのように田中は間髪を入れずに尋ねる。
「チューであります! 会長!! チューは、チューはしたんでありますか!!」
「こらこらこら!!」
素知らぬふりを決め込もうとした秀人だが、これ以上は看過できないと田中を止めにかかった。しかし秀人の制止に構わず木村はいとも簡単に答えてしまう。
「そりゃあ高校生だし、三年も付き合っていればチューくらいは当たり前よ。ねえ、昂くん」
水を向けられた川端はさすがに顔を赤くして目をそらせて肯く。
「ま、まあな」
「Oh! My、Albelt!!」
思わずのけぞる秀人に、振り落とされまいとセプティがしがみつく。ちなみに「Albelt」とは、かの天才科学者アルバート・アインシュタインのファーストネームである。真実探求の使徒たるもの、安易に神の名を口にすべきではないという考えから、秀人は尊敬するアインシュタインに呼びかけているのだ。
それはさておき、問題はチューである。秀人は川端を詰問する。
「ええい、川端! いつの間にチューまでしたんだ!!」
「い、いや、男女交際っていうのはそういうものだろう。それでなくとも三年も付き合っているんだから」
しどろもどろになりながらも川端はそう答えた。
「三年も付き合えばチューは当たり前」
「セプティはそういう事を覚えちゃ駄目~~ッ!」
秀人の頭でそうつぶやくセプティに、マリナは得意の大声でそう注意する。しかしセプティはともかく、田中はますます暴走していく。
「さらにここからが肝心要のポイントであります」
急に真剣な表情になった田中が川端と木村についと詰め寄る。
「エッチは! エッチはどうでありますかーッ!?」
「そりゃあ高校生だからね、当然……」
できる限りの大きな声で田中はそう尋ねた。しかし次の瞬間、それをはるかに上回る怒濤のごとき声量でマリナが木村の答えをかき消した。
「駄目ーッ!!」
まちがいなく学園中に響き渡ったと思える程の声量だ。秀人や田中、川端、木村も思わず耳を塞いだ。
「と、とにかく! これ以上、プライベートに立ち入り事も無いでしょう!!」
我に返ったマリナはできる限り声量を抑えてそう言った。
「う~~む、まだ耳がキンキンする。え~~と、マリナ。いま何か言ったか?」
「だから、プライベートに立ち入る事は無いと言ったの!!」
また声量が上がりそうになるのを堪えながらマリナは繰り返した。
「う、うむ。まぁそうだな。今回はあくまでバレンタインデーチョコが問題だ。高校生の恋愛観については管轄外だ」
話を無理矢理まとめようとする秀人に、川端はぼそりとつぶやいた。
「……そういうわけでもないんだがな」
「ん? 何か言ったか。川端」
「いや何も。まだ耳はおかしいんじゃないか?」
「ん~~、そうか。そうかも知れんな」
しらばっくれる川端に秀人は耳をほじってそう言った。
「セプティはまだ疑問がある」
木村の方へ向かってそう言った。
「川端と木村が交際しているのは理解した。しかしお互いに好意を持っているのは分かっているのになぜ本命チョコレートを贈るのか理解できない」
「そりゃあ交際してる相手にチョコを贈るのは当たり前だろう」
そう言う秀人の頭をセプティはぺしぺしと叩いた。
「セプティはなぜ当たり前なのか簡潔な説明を求めるのだ」
「だってほら……。ええと好きというのを再確認する為……、なのか?」
そう言って秀人はマリナに尋ねる。
「どうしてあたしに確認するのよ」
「うむ、それもそうだな」
そんな二人のやりとりに川端と木村は揃って笑う。
「相変わらず朴念仁だな」
「でもお似合いじゃないの」
二人にそう言われて秀人とマリナはなぜかまた頬を赤くした。
「ああ、今の質問だけどね。セプティちゃん」
「セプティでいい」
そう言うセプティに肯いて木村は続けた。
「そりゃあ当然、昂くんに喜んで欲しいからよ」
木村のその言葉にセプティは首を傾げる。
「義理チョコも喜んで欲しいから。本命チョコも喜んで欲しいから。先程、その差異はフィーリングと言っていた」
「うん、まぁそうなんだけどね」
木村は笑って答えた。
「まあ一番大きいのは私の問題かな。やっぱり好きな人が喜ぶのはうれしいじゃん。義理チョコは相手に喜んで貰う為。本命チョコは相手と自分が喜ぶ為。これじゃ駄目? あくまで私の個人的な意見だけど」
「ほぉ」
木村の返答に秀人たちは一つ唸って黙り込んでしまう。
「義理チョコは相手に喜んで貰う為、本命チョコは相手と自分が喜ぶ為。おおよそ理解した」
秀人の頭の上でセプティはそう言った。
「……は、いかん! これはいい話風にまとめてしまう流れだ」
我に返りそう言う秀人の頭を、またセプティはぺしぺしと叩く。
「いい話でまとまったところで研究所部部室へ帰る」
そう言うとセプティは秀人の頭の上で仁王立ちになった。
「そろそろハコイヌにご飯をあげる時間だ」
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