03-08/バレンタインの観測問題-その8

 驚愕する秀人とは対照的に、田中はにんまりとして言った。


「ほほう、なかなかやるでありますね。生徒会長殿」


「ま、まさか……。これは、ほら……! あの子が川端くんの親戚とか兄妹とかそう言うオチでしょ。そうでしょ!!」


 必死に声量を抑えながらマリナがそう言うが秀人は頭を振った。


「学園の女子生徒と川端が親戚なんて話は聞いた事がないぞ。それにあの子は川端と同じ学年だ。第一、マリナだって川端が一人っ子で同世代の親戚が居ない事くらい知っているだろう」


「それにこんな人気のないところで親戚にチョコを贈るという設定がまずあり得ないでありますよ」


 秀人に続いて田中からも真っ当に反論された。


「そ、それはまぁ。そうだけど……」

 マリナはまだ信じられぬという顔つきでセプティのカメラから転送されてくる映像を見ている。


「身長などの身体データはほぼ一致。同一人物と認識」

 セプティがそう言ってきた。

「あの女子生徒は


「ビンゴ! でありますね!!」

 その報告を聞くなり田中はそう言って思わず立ち上がってしまった。


「ま、待て。田中!! 観察対象に影響を与えると正しい結果が得られない!!」

「……もう、遅いわよ」

 マリナの言う通りだ。画面の向こうでは川端と木村がぽかんとした顔でこちらを見ていた。


◆ ◆ ◆


「水くさいぞ、川端。付き合っている女性がいるのなら、そう言ってくれれば良かっただろうに」


「交際相手がいるのかと聞かれた覚えはないからな。お前には隠すつもりはなかったのだが、つい言いそびれてしまっていた」


 何やら無駄に偉そうな態度でそういう秀人に、川端はうんざりとした顔でそう答えた。マリナや田中は川端と木村に事の次第を説明して謝ったが、二人はさして怒る風もなく許してくれた。川端は自分でセプティのハンドリングを仲介した事もあるだろうが、木村はあっけらかんとしたものだ。


「まあこうくんは自分から付き合ってるとか言うタイプじゃないものね」


「昂くん……」

 そう言う木村に秀人とマリナは呆気にとられ言葉もない。もっともそう呼ばれるのは川端の方にも照れがあるのか慌てて木村を注意する。


「だから人前で昂くんは止めてくれ。みっともないだろう」


「え~~、いいじゃん。昂くんで。昂ノ介とか呼びにくいし、今さら苗字ってのもないでしょ」


「まったく……」

 口ではそう言うが、そんな木村に苦笑を浮かべる川端を見ると、この二人がかなり親密で仲が良いと察せられる。しかし生真面目を絵に描いたような川端と、如何にも今風の女子高生といった風情の木村が、校庭のベンチに並んで座っていても、今ひとつアベック、カップル、恋人同士という単語は連想できない。バスか何かを待っていた無関係の高校生が偶然、隣り合っただけとしか見えないのだ。


「う~~む……」

「う~~ん……」

 先程から二人の姿に秀人とマリナも唸るばかりでなかなか次の言葉が出ない。そんな秀人の頭の上では、セプティも真似をして腕組みで唸っていた。

「ううむ」


「お二人さんはいつからお付き合いされているんですか?」

 膠着状態を打破すべく田中がそう尋ねたがすぐにマリナがたしなめる。

「田中さん、あんまりプライベートに立ち入るのは……」


「いいって、いいって。別に隠しておく程の事も出ないし」

 しかし木村はむしろ話したかったようだ。注意したマリナに笑ってそう言うと、唇に指を当てて川端へウィンクしながら続けた。


「確か中二の冬休みに昂くんから告られたんだよね♡」

「こ、こら! 美乃梨!! あれは……!」

 さすがの川端も慌てるが、それ以上に秀人とマリナは驚いた。、


「なにぃ……!!」


「川端くんの方から告白したの!!」


「へえ、意外でありますね」

 川端をよく知らない田中はその程度の反応だが、幼馴染みの秀人とマリナからしてみれば驚天動地の展開である。


「う~~む、何かの陰謀を感じる。陰謀でなければ天変地異の前触れ……。いいや、真実探求の使徒たるこの俺が、そんな非科学的な推論などするべきではない!!」


「秀人、お前は僕を何だと思っているんだ」

 頭を抱える秀人に川端も呆れかえる。


「それで木村さんは生徒会長さんにチョコレートを贈ったんでありますか」


 興味津々でそう尋ねる田中に、秀人は手にした包みを挙げる。確かにそれは先程、木村が落とした一際豪華なチョコレートの包みに間違いない。


「ああ、これか」


「これかはないでしょ! 今年は奮発したんだからね。付き合って三回目のバレンタインデーだし!」


 川端の態度に木村はわざとらしくむくれてみせた。そんな木村に川端は笑う。


「御免御免。そういうつもりじゃなかったんだ。いつもありがとう」


「うわぉ!」

 二人の会話に田中は盛り上がるが、秀人とマリナは何となく所在なさげに有らぬ方を見やるだけ。そんな秀人の頭をセプティがぺしぺしと叩く。


「どうした。秀人、マリナ。元気がない」

 セプティに尋ねられても答えない秀人に代わり田中が口を出す。


「部長とMa’amマムは当てられているんでありますよ」


「そ、そりゃあ……。目の前でいちゃつかれたらどうしていいか分からないじゃないの」


 頬を赤くしてそっぽを向いたままそう答えるマリナを、セプティは不思議そうに首を傾げながら見ていた。


「まぁ川端と木村さんがお付き合いしているのは分かった。俺も真実探求の使徒だ。現実はいさぎよく認めよう。川端はただの真面目人間ではなく、恋愛もできる真面目人間だったのだ」


「そりゃありがとう」


 秀人に向かって川端は渋面のままで礼を言った。そんな川端に構わず秀人は続けた。


「しかしまぁそれでも疑問はある。どうして交際している事を隠しておくのだ。今時、高校生の男女交際くらいで、あれこれいう奴もおるまい」


「そうね。特に隠しておく程の事でも無いし」

 マリナも肯くが、川端は困ったように頭を掻く。

「う~~ん、まぁ僕もそう思うんだけどな……。美乃梨がね」

 そう言って木村の方へ視線を巡らせた。木村はまた唇に指を当てて言った。

「だってほら。所長くんたちも、私と昂くんが付き合ってると聞いて意外そうだったじゃないの。結局、昂くんと私は釣り合わないという事でしょ?」


 批難するような口調ではないが、その指摘に秀人たちは返す言葉もない。


「……う、そ、それは」


「まあそれもそうでありますね」

 一方、あっけらかんとして田中は笑う。セプティはどういう成り行きになっているのか分からないようで、秀人の頭の上で目を白黒させて、順番に皆を見回しているだけだ。


「そうよねえ」

 田中に笑い返しながら木村は言った。


「昂くんみたいな真面目人間が私と付き合っていたと分かったらイメージダウンじゃん。生徒会長選挙にも当選できなかったかもよ」


「僕はそれならそれでも別に構わないと言ったんだがな」


「お~~、生徒会長。さすがにおとこでありますね!」

 川端の言葉に田中は感動したようだ。木村もそう答えた川端の腕にしがみついた。

「もう!! だから昂くん、好きなのよ!」


「ちょ、ちょっと待て。美乃梨。人前でそれは……」

 慌てる川端だが木村はますます身体を密着させていく。


「いいじゃん、もう。所長くんや江崎さんは昂くんとは幼馴染みなんでしょ。隠しておくのは良くないよ」

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