03-07/バレンタインの観測問題-その7

「う~~む。そうだったかな」

 何気なく聞き流していた秀人だがセプティの指摘に腕を組む。


「これは川端くんを知ってるか否かで意見が分かれたみたいね」

 そうは言ったものの、やはりマリナも何か気になるようだ。


「確かに出て行く時、何かそわそわしていたし、用事もないのに生徒会室で残っていたのも変だし……」


「Yes,Ma’amマム! きっと川端会長は本命チョコを貰える当てがあるんでありますよ。きっとこれからそれを貰いに行くのであります」


「でもなぁ」


「あの川端くんだしねえ」

 秀人とマリナは顔を見合わせた。


「先入観で判断するのは良くない」

 身を乗り出して秀人の頭をぺしぺしと叩きながらセプティが言った。

「セプティは川端の観察を続けるべきだと思う」


「そうだな。確かにセプティの言う事ももっともだ。調査や観察には予断は禁物。できる限り先入観を廃して事に当たるべきだ」


「まあ確かにこのままだと何か釈然としない感じだし。もうちょっと調べてみる? どうせなにも出ないでしょうけど」


 結局、マリナも秀人たちに賛成した。マリナの答えに秀人はいつものように芝居がかかった仕草でメガネの位置を直して宣言した。


「よし、それでは川端の観察を続行する!」


◆ ◆ ◆


「帰宅するというわけでもなさそうね」


 校舎の影から川端の動向を観察しながらマリナはそう言った。セプティと田中の指摘が当たっているのかどうかはまだ分からないが、確かに川端の行動には何か不審な点があった。


 学園の広い敷地には正門をはじめ、いくつもの出入り口がある。しかし川端はそのどれに向かうわけでもなく、校内をぶらぶらと歩いているのだ。


「時間を潰しているというわけでもなさそうだ」


 やはり川端に見つからぬよう、植え込みの影に隠れて秀人はそう言った。そんな秀人の頭の上ではセプティが自分専用のビデオカメラを構えて川端を追っていた。


「一見すると不規則に移動しているようが、明らかに特定の方向へ向かっているとセプティは推測した。おそらく西校舎が目的地」


 川端に見つからぬよう、腰をかがめて植え込みまで移動してきたマリナが言う。


「西校舎は確か工事の予定が入っているわ。生徒は誰もいないんじゃないかしら」


「いま確認した。工事はまだ始まっていないが、すでに授業や講義には使われていない。立ち入り禁止になるのは来月からの予定」


「ほほう、これは意味ありげでありますな。バレンタインデーに人気のない場所とはフラグびんびんでありますよ」


 田中がにんまりと笑いながら言った。


「もう、あの川端くんがそんな真似するわけないでしょ。ねえ秀人……、って何を見てるの?」


 秀人が自分のタブレットPCを操作しているのに気付いたマリナは肩ごしに画面を覗き込んだ。画面に映るのはスケジュール帳か何からしい。


「うむ、ちょっと気になる事を思い出したてな。去年のバレンタインデー前後の日記を検索していた」


「部長は日記を付けるキャラではないでありますよ。キャラ崩壊であります」

 田中が妙に不服そうにそう言った。

「でも小学校の時から日記はちゃんとつけていたよのね。秀人は」


「うるさい! これはだな、ほら。研究成果を記録してるだけだ」

 そう言って笑うマリナに秀人は照れ隠しのように怒って見せた。

 そんな秀人にマリナは『本質は変わってない』という川端の言葉を思い出していた。その川端を密かに尾行しているのだから、なにやら皮肉な状況なのも確かだ。


「ちょうど去年の今頃、彩星学園への入学が決まって俺は川端とよく会って学園の事を聞いていたんだ。……うむ、間違いない。去年のバレンタインデーも川端と会っていたが、あいつは用事があると妙に慌てて話を切り上げていた」


「わざわざバレンタインデーに男同士で会っていたんですか」

 呆れる田中に秀人は笑って見せた。


「わははは、今の今まであの日がバレンタインデーだとはまったく気付いていなかったぞ!!」


「去年のバレンタインデー」


 そんな秀人の頭の上でセプティはそうつぶやき、やにわに仁王立ちになった。すると頭のリボンが鮮やかな色合いに明滅する。


「いま一般に公開されている学園のデータを検索してみた。確かに去年の2月14日放課後における川端の行動は一般公開データには残っていない」


「うむ、川端は去年も生徒会役員だったからな。学園の仕事ならば公開データに残っているはずだ。つまりプライベートな用件と言う事だな」


「ますます怪しくなって来たでありますね」


 田中はますます自信を深めたようだが、マリナはまだ信じがたい様子だ。

「でも川端くんは隠し事ができる性格じゃないでしょ」


「うむ、それに俺はあいつが恋愛や異性に興味があるような素振りを見せた記憶がないぞ」


「ちちち、甘い。甘いでありますよ。部長」


「所長だ」

 訂正を求める秀人に構わず田中は続けた。

「異性や恋愛に興味がないから、そんな素振りを見せなかったんじゃないであります。逆にリア充だから、そういう素振りを見せる必要がなかったんでありますよ」


「ふむ、確かにそれは説得力がある。説得力はあるのだが……」

 そう言って秀人はマリナを顔を見合わせる。


「あの川端くんじゃねえ」


「あの川端じゃなあ」


 勝手に納得する秀人の頭をセプティがぺしぺしと叩く。


「何者かが接近してきている。この位置だとばれてしまう可能性がある」


「お、待ち合わせ相手か?」

 セプティに言われて秀人たちは慌ててさらに姿勢を低くした。秀人の頭の上に乗ったセプティはビデオカメラを構え直した。その映像は秀人のタブレットPCやマリナの改造携帯に転送されている。

 そこには確かに川端へ向かって行く生徒が映っていた。


「このアングルでは分かりにくいな。少し移動するか」

「女子の制服なのは確かね」

 植え込みの中を移動しながら秀人とマリナはそう言った。確かに校舎の影からちらりと見えたのは制服のスカートだ。


「ううむ、本当に逢い引きか。しかし川端が付き合う相手など想像も付かん。今時珍しい三つ編みお下げの無口な文学少女のような絶滅危惧種なのか?」


「……ふ~~ん、秀人はそういうのが趣味なんだ」

 冷たい視線で秀人を見やりながらマリナはそう言った。


「何を聞いている! これはあくまで川端の好みを推測しただけで……」


「そりゃあMa’amマムとしては気になるでありますよね。何しろ見事なばかりに正反対。電子に対する陽電子みたいな」


「……!」


 にやにや笑いながらそう言う田中にマリナは真っ赤な顔で振り返り何事か言おうと口を開きかけた。しかしここでマリナの大声がさく裂すると100%川端にばれてしまう。マリナはあわてて自分の手で自分の口を押さえた。


「む、今度は川端の影に隠れて見づらいな。……と、来た! 隠れろ!」


 川端の背後に回り込んだ秀人たちは、運び込まれていた工事用資材の影に隠れ、セプティだけがちょこんと顔を出して撮影を続けていた。


 セプティから転送されてきた映像では、川端の背中越しに女子生徒が一人駆け寄ってくるのが分かる。

「これでは顔までは分からんな。もうちょっと拡大できないのか。お前はそれでも最新情報家電か!」


「プライバシーやセキュリティの問題で、カメラの拡大率には限度がある」


「まぁ盗撮に使われても困るものねえ。……あら?」


 マリナがそう言った時だ。川端へ駆け寄ってきた女子生徒がくるりと回ってカメラの方を向いた。顔は完全に判別できないが、全身は見て取れる。そしてなにより左手にかけた籠のような物。それはつい先程、秀人たちが見た物とよく似ていた。


「なん……だと!?」

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