03-06/バレンタインの観測問題-その6
川端は呆気にとられて秀人を一時見やり、そして一つ嘆息してから答えた。
「どういう理屈だ。それに義理チョコがどうしたって?」
呆れる川端に秀人の頭からセプティが言った。
「セプティはバレンタインデーに義理チョコを貰った人間の感想が知りたい」
そんなセプティの説明だけは不足とみたのかマリナが補足する。
「セプティがバレンタインデーにチョコレートをやりとりする風習に興味を持っちゃったのよ。そういうのを教えるのもハンドリングの一環でしょ。だから義理チョコを貰う側のデータを取っている所なの」
マリナの説明で川端は一応は納得したようだ。
「ふむ、なるほど。しかしそれは残念だな」
そう言って川端は秀人の方へ頭を向けて答えた。
「生憎と僕では有効なデータを提供できそうにない」
「なぜだ! なぜデータ収集に協力してくれない! そんなにお前は研究所部を廃部にしたいのか!!」
憤る秀人の頭を上に乗ったセプティもぺしぺしと叩いている。
「まぁ待て。秀人。僕も研究所部の存続には反対ではない。しかしどうしてもデータを供給する事はできないんだ」
「ふむ」
一考してから秀人は口を開く。
「それはあれか? 生徒会長として義理チョコを貰った相手を公表できないという事なのか? それなら心配はない。お前の個人的な感想だけで、誰が贈ったのかという事については調査対象とはしない」
「いや、そういう真っ当な理由でもないんだ。ちょっと考えたら分かりそうなものだろう?」
そう言われて秀人とはマリナは顔を見合わせる。秀人の頭の上ではセプティが首を傾げ、マリナの背後では田中が考え込んでいるが、誰も結論には至らないようだ。
秀人は川端へ向き直り言った。
「分からん」
そういう秀人に川端も即答した。
「残念ながら僕は義理チョコを一つも貰っていない」
「は?」
川端の返答に秀人はぽかんとするだけだった。
「だから義理チョコは一つも貰っていないんだよ。どうも僕はそういうのに縁がないようでね」
そう言うと川端は笑った。その笑みにマリナの背後で田中が首を傾げた事には、その時点では誰も気付かなかった。
「ちょっと待て。どうしてお前が義理チョコを一つも貰えないんだ。散々、生徒の世話を焼いているではないか!! 世の中、間違ってる!!」
「お前が怒る事は無いだろう」
気色ばむ秀人をいなして川端はマリナと田中へ水を向ける。
「江崎さんに、ええと一年の田中さんか。君たちは僕に義理チョコを贈ってうれしいかい?」
「え~~と……」
長い付き合いもあって言葉を濁すマリナとは対照的に、その正確もあって田中は間髪を入れずに答えた。
「Yes sir! 自分は余りうれしくないであります!」
きっぱりすっぱりそう答えた田中にマリナは尋ねる。
「でも義理チョコって基本的に感謝を表すものでしょ。それなら別に贈った自分がどう思うかは関係ない……」
そこまで言ってマリナは首を傾げた。
「う~~ん、そうか。まぁ分からないでもないかな? 確かに贈るんだから喜んで貰えた方がうれしいし……」
「お言葉ではありますが、生徒会長さんは真面目さん故、義理チョコを贈ってもあまり喜んで貰えないように思えるでありますよ。そればかりか迷惑に思われそうであります」
直立不動でそう言う田中に川端も苦笑する。
「まあ貰える物なら有り難くいただいておくし、うれしくないといえば嘘になるけどね」
「まぁ川端くんの性格じゃねえ」
そう言ってマリナは笑った。本来シャイな川端の事だ。ストレートに感謝や喜びを表すのが苦手なのだろう。
「なるほど、一つ理解した」
秀人の頭の上からセプティが言った。
「義理チョコでも相手が喜んでくれるとうれしい。贈る方も貰う方もうれしいのが一番大切」
「まぁそういう事になるのかな。プレゼントの基本ね」
マリナの言葉にセプティは満足げに秀人の頭を叩いた。
「プレゼントの基本中の基本。セプティは理解した」
「あ~~、分かった分かった」
力がないのでセプティからぺしぺしと頭を叩かれても痛くはない。しかし妙に鬱陶しい。秀人は鬱陶しげな顔のまま川端へ向き直って言った。
「しかしまぁ、生徒会には女子の役員もいるだろう。そう言う連中からは貰えんのか」
「生憎とね」
川端は少し笑って言った。
「そもそも会計と書記は男子だからな。現生徒会役員で女子生徒は一人。……そういう事だ」
「あ~~」
その答えにマリナと田中は顔を見せ合い笑った。秀人はセプティを乗せたままで頤をなでながら肯く。
「なるほど。副会長の大江女史か。確かにその可能性はない。まったくない。円周率が割りきれるくらいにない」
「そりゃ言い過ぎでしょう。秀人が今日中にリーマン予想を証明できるくらいの可能性は有るんじゃないの?」
「
笑いながらそう言うマリナに、田中も思わず突っ込んでしまう。
そんなやりとりに川端も笑みをこぼすが、ふと何かを思い出したように自分の腕時計を確認した。
すまほむはもちろん、スマートフォンやタブレットPC、ウェアラブルPCには当然、時計機能が付いており、大抵の人がそれを持ち歩いている。その為、最近は公共に掲示される時計が少なくなってきており、腕時計を持ち歩く人も珍しい。
川端はその珍しい人間に分類されていた。
川端は自分の腕時計で現在時刻を確認すると確認すると椅子から立ち上がった。
「すまないけど、そろそろいいかな。この後、予定が入っているんだ」
時刻はそろそろ夕方。24時間どこかで授業や講義、実習が行われている彩星学園だが、クラブや委員会活動の為、放課後は設定されている。自宅はもちろん、寮から通っている生徒、学生も着替えや睡眠の為、一旦帰宅する頃合いだ。
川端は自宅から通っている。少し遠いとはいえ、まだいつもよりは早い時間帯だ。秀人はさして深く考える事もなく尋ねた。
「一応、結論らしきものは出たし、それは一向に構わんが……。まだ帰るには早い時間だろう」
「うん、まぁな」
秀人から目をそらすようにして川端はそう答えた。その態度に秀人は首を傾げる。どうにもすっきりしない。
もっともだからと言って問い質すほどの事でも無い。そもそもこの時間に川端が生徒会室にいて何も仕事をしていなかったのもおかしい。まるで何かの待ち合わせの為、時間を潰していたかのようだ。
「じゃな。鍵は机の上にある。鍵をかけた後は教員室へ持って行ってくれ。大江さんがうるさいからな」
そう言って川端はロッカーから出した鞄を手に、そそくさと生徒会室を出て行った。
「……う~~ん?」
なにやら引っかかるのはマリナも同じようだ。何か釈然としない顔を秀人と見合わせる。その時だ。
「ぴきーん!」
自分で効果音を言って田中が手を挙げた。
「自分は生徒会長さんの態度はおかしいと思うであります。
「そうかしらねえ」
首を傾げるマリナに田中は言った。
「僭越ながら、あの態度に気付かないのでは
「それは考えすぎよ。だってあの川端くんよ」
田中の主張を笑うマリナに秀人も言った。
「うむ、お前の女子力も当てにならんからなあ」
形勢不利の田中に秀人の頭の上から加勢が入った。
「セプティも川端の態度はおかしいと思った。川端は義理チョコは貰ってないと言ったが、チョコは貰ってないとは言っていない」
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