03-05/バレンタインの観測問題-その5
「まぁこの件は川端も了解しているし、なんとか……。むぅ! 待てよ……。この点に気づかなかったとは……! ええい、我ながらうっかりさんめ!」
秀人は何かに思い至ったのか、ぽんと手を叩いた。
「うっかりさんめ」
何かに気付いた秀人の頭をセプティがぺしぺし叩く。そんなセプティに構わず秀人はマリナたちへ向かって言った。
「これまでの情報を総合するに、義理チョコは世話になった人に贈る。まずはこのように考えてもいいな」
「……まぁそうなるわね」
「そうでありますね」
何を今さらという言いたげな顔でマリナと田中は秀人を見る。秀人はそんな二人に向かって得意げに言った。
「『世話になった人へ贈る』=『他人に色々と世話をやいてる人は、たくさん義理チョコが貰える』という推論が成り立つではないか!?」
「おお! それは説得力があるでありますよ。部長!」
「所長だ! 『世話を焼いてやった人』×『世話を焼く事に対する労力』/『世話を焼かれた人の評価』×『チョコレートの価格』=貰える義理チョコの数と数値化できる可能性も……」
「ないない」
盛り上がる秀人にマリナは醒めた顔でそう言った。
「そもそも個人の感覚なんて一番数値化が難しいものでしょう? 数値化が難しいものだけで計算しても、出てくる答えはおよそ客観性とはほど遠いとか言えないわ」
「ふむ、まぁそれも道理であるな」
「道理であるな」
「だからセプティは真似しないで!」
さすがに我慢しきれずマリナはそう注意した。
「しかし他人に世話を焼いてる人が、数多く義理チョコを貰える機会が多いととう点までは否定できまい! 義理チョコを貰った側のデータを取るに、これほど相応しい人物もそうはおるまい!!」
例によって芝居がかかった仕草でメガネを直してそう言う秀人にマリナも釈然としないながらも肯いた。
「まあ、それは認めるけどね」
「よろしい! 実はその定義に相応しい人間に心当たりが……」
「川端くんなら的確じゃないかしら」
にっこりと笑ってマリナは秀人の先を読んでそう言ってしまった。
「ちょ、待て! マリナ!! ここは研究所部の所長たるこの俺が宣言しないとだなあ……!」
「さっさとしないと廃部よ、廃部! それともまた鼓膜が危機に瀕したいのかしら? さぁ行きましょう。田中さん」
「Yes!
そう言うとマリナは田中を従えてさっさと生徒会室のある方へ向かって行ってしまった。
「ええいまったく! まあいい、真実探求の使徒たるもの実利を優先だ! いざ行かん、義理チョコのデータを得る為、生徒会室へ!!」
「いざ行かん」
勿体ぶったポーズを取る秀人の頭上でセプティも同じ言葉を繰り返していた。
◆ ◆ ◆
彩星学園高等部生徒会長川端昂ノ介。学年で言うと一つ上だが、秀人とは幼い頃からの幼馴染みであり、上級生下級生を気にせず話ができる間柄だ。少なくともマリナの記憶ではそうだ。
秀人と川端は物心つく頃からの友人であるが、マリナが二人と知り合ったのは小学校に入ってから。
小学校の頃は三人で一緒に遊ぶ事も多かった。いや実際には遊ぶと言うより、三人一緒に勉強したり、読書をしている時間の方が長かったとマリナは記憶している。
三人の中ではマリナが何でもこなす天才肌。川端は常に冷静で効率よく物事を進めていくタイプだった。
その中で秀人は愚直とも言える性格で、難しい問題にぶつかってもすぐに答えを聞いたりはせず、自分の力であれこれ試行錯誤する。そんな真面目で不器用な秀人にマリナや川端も好感を持っていた。
小学校卒業直前、マリナは家庭の事情で転校した。そして両親は日米に分かれて別居することになったのだ。マリナは母に引き取られ、離れた土地で中学に通っていた。この町へ戻ってきたのは彩星学園高等部に入学する為。
そこでマリナは初めて秀人の変貌を知ったのである。
川端は秀人とは中学も同じだったが、それでもその変貌振りには困惑していた。近くにいた川端ですら困惑していたのだから、マリナの驚き振りはいかばかりのものか。
何か事情があるのではと考えた川端は、何度かその件で相談にのると言ったのだが、秀人は何も問題はないと歯牙にもかけなかったのだ。
そしてそのまま秀人やマリナが入学してまもなく一年になろうとしていた。
◆ ◆ ◆
生徒会室に入った秀人は高笑いと共に、生徒会長の机の前に立った。
「わははははは! 久々だな、川端!」
「そうだな。二日ぶりくらいか」
白衣を翻して高笑いをする秀人に、川端はうんざりとした顔で答えた。
秀人たちが生徒会室を訪れると、ちょうどタイミング良く川端が一人でいたところだった。
丁寧すぎるほどになでつけられた七三分けの髪型に太い眉。クソを付けても足りないほどの真面目人間である事が即座に分かる容貌である。
「俺とお前の仲だからな、前置きは無しだ。川端、お前に提供して欲しい情報がある!」
生徒会長の椅子に座っている川端に向かって一方的に切り出す秀人だが、当の本人はそれに耳を貸すことなくマリナへと尋ねた。
「それで江崎さん、新しいホムンクルス型スマートフォンのハンドリングは順調に進んでいるのかい?」
外見通り生真面目な川端らしく、子供の頃から知っているマリナの事も苗字で呼ぶ。川端が名前で呼ぶのは秀人だけなのだ。
川端の思惑通りに研究所部を押しつけられたと悟っていたマリナは、一時、嘆息したものの、すぐに気を取りなおして応えた。
「まだ始めたばかりよ。そんな簡単に経過報告なんてできないわ」
「まぁもっともだな」
川端がそう苦笑すると、秀人の頭の上に乗ったままのセプティが言った。
「セプティはテスト中の高性能情報家電。簡単にハンドリングなどできない」
「とまぁ本人というか本機も申しておりますので」
「申しておりますので」
マリナが冗談めかしてそう言うとセプティも続いた。もっともそう言われても生徒会長専用の机についた川端はにこりともしない。
生真面目なのは確かなのだが、まったく冗談のわからぬ堅物というわけでもない。自分の感情をなかなか表現しない、それを苦手としている。
早い話がシャイなのである。
もっとも子供の頃から川端の為人を知っている秀人やマリナはいざ知らず、さして親しくない相手からは良くも悪くも誤解される事がしばしばだ。
「……やっぱり生徒会長って取っつきにくいでありますね」
マリナの背中に隠れるようにして田中が小声でそっと囁いた。
「まあ、話せば面白い所もあるんだけどね。本人がそういうの苦手だから……」
田中に説明するマリナの声が聞こえた為だろうか。川端は一つ咳払いをして秀人へ言った。
「それで何の情報だ? 言って置くが、この学園は生徒の個人情報管理には厳しい。お前の頼みでも駄目なものは駄目だからな」
「うむ、他人には迷惑をかけない。他人にはな……」
にやりと笑ってそう前置してから秀人は本題を切り出した。
「さて、川端よ。お前は生徒会長であるからには、多くの生徒の面倒を見ているのであろうな!?」
「……ふむ、まぁそういうことになるか。生徒が落ち着いて勉学に励む環境を整えるのも生徒会の責務だからな」
質問の真意を測りかねているのか、川端は言葉を選びながら慎重に答えた。
「我が彩星学園高等部生徒の男女比は約1:1! 即ちお前が面倒を見ている生徒の半分は女子生徒という事になるな?」
「面倒によっては多少のばらつきがあるが、平均的にならすとそうなるだろうな。それがどうかしたのか? 僕は男女を分け隔てなく扱っているつもりだが?」
「よろしい、実にお前らしい回答だ! 問題はここからだ!」
勿体を付けて川端の前を左右に歩き回りながら秀人は言った。
「すわなち! お前は女子生徒の面倒を多くみており感謝されているはず。そして今日、バレンタインデー! 数多の女子生徒の世話を焼いたお前の元には、義理チョコが山ほど届いているはずだ! どうだ!!」
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