03-04/バレンタインの観測問題-その4

「言われてみれば、確かにそうね」


「木村は昨日からチョコ用意して見せびらかせていたもんなあ」


「いや、だからほら。これは……」

 しどろもどろになる木村にマリナは言った。


「あの、別に誰にあげるかは答えなくてもいいので、義理チョコと本命チョコを贈る時の気持ちをうかがいたいんですけど……」


「そ、それは……」

 木村は顔を赤らめて目を伏せる。そして蚊の鳴くような声で答えた。


「……こんな所じゃ恥ずかしいじゃん」


「はい?」

 聞き取れなかったマリナに、木村は一方的に話を切り上げた。

「もうあんたたちどうしてそう必死なのよ。そんなのフィーリングよ、フィーリング。はいはい。それじゃここまで!! 私は他にも義理チョコを配りまくらなきゃならないんだからね!」


 そういうなり木村はチョコが満載された籠を手に立ち去ってしまった。


「ふむ、フィーリングとな。なかなか定量化、定性化が難しい概念だな」


「そうね……。っていつから居たのよ!」

 いつの間にか横に立っていた秀人をマリナは怒鳴りつけた。


「ええい、うるさい奴だな。つい今さっきだ」

 秀人は耳を塞ぎながらそう答えた。


「それで? 大マゼラン雲の超新星爆発は観測できたの?」

「あ? あぁ、あれか。冷静に考えると日時単位で超新星爆発のタイミングが推定できるはずもないからな。取り立てて急ぐ必要もない」


 先程、口から出任せで言った事を混ぜっ返された秀人は適当にそう言い訳した。


「で、野依くんは?」

「うむ、部室に戻る途中だったのだが、セプティがいなくなったので、俺だけ戻ってきたのだ」


 野依の姿が見えない事に気付いて尋ねたマリナに秀人はそう答えた。秀人の答えに女子生徒たちはまた色めき立った。


「へえ、その子。セプティって言うんだ」


「ねぇねぇ、湯川くん。そのセプティって子、いつ発売されるの?」


「結構、高性能っぽいけど高いんでしょ? いくらぐらいの予定だが聞いてない?」


 まだ残っていた女子生徒たちがセプティの事を聞いてくる。


「あ~~、こいつか。こいつはなぁ……。おい、こら。やめんか!!」


 マリナの頭に乗っていたセプティは、そう言う秀人の白衣に飛びつくや否や一気に駆け上り始めた。そして秀人の頭の上に立つと満足げに仁王立ちになった言った。


「セプティはテスト中の最新情報家電。しかも超高性能。価格も多分お高い」

 高性能を強調してセプティは言った。

「セプティは人類にはまだ早い」


「なんだかんだ言って、セプティって結構、自意識過剰になってない? むしろ歪んできているような気もするんだけど……」


 秀人の頭でふんぞり返るセプティを見てマリナは心配そうにそう言った。言われた秀人の方も首を傾げるばかりだ。


「うむ。初期設定に何か問題があったのだろうか?」


 そういう秀人をマリナはじっと見つめてから言った。


「むしろハンドラーの性格が反映されているような……」


「わははははは、それは否定せん!」


 その頭の上でセプティは秀人の真似をする。

「わはははははは」


「「真似するな!!」」

 秀人とマリナは異口同音にそう叫んだ。もっとも声量は圧倒的にマリナの方が大きいので、秀人が圧倒されてしまっている。


 その様子に田中や周囲にいた女子生徒が笑いを漏らしていた。


「な、なによ」

 なんで笑われているのかわからず、マリナは怪訝な顔でそう尋ねた。


「いやぁ、なんと言いますかねえ」

 にやにやと笑いながら田中は他の女子生徒たちとを目配せし合う。


「そうそう。なんかあんたたち、子供の教育方針でケンカしている若い夫婦みたい」

 一人の女子生徒がそう言うなり田中と他の女子生徒たちは思わず爆笑した。


「な……!?」

 マリナは思わず真っ赤になる。それとは対照的に秀人は突然の事にぽかんとするだけだ。


「うちのお母さんも、弟が真似をするからお父さんに変な笑い方をするなとか言ってるわよ」


「だよね~~、凄くそれっぽい感じ」


 うんうんと肯き合う女子生徒たちに、ようやく秀人は我に返りうわずった声で反論しようとした。


「だ、誰がこんな奴と……」


 しかし秀人の声量では到底マリナには敵わない。


「どうしてそうなるのよ!」

 またもや被服室の窓ガラスが揺れた。

「大体、田中さんだってハンドリングには協力してるんだからね。無責任にこっちばかりに押しつけないで!」


「OUCH! 八つ当たりされたであります!!」


 おどけて倒れてみせる田中に女子生徒たちは笑い、三々五々、教室に戻ったり廊下へ消えたりする。その中の何人かが去り際に秀人やマリナに声をかける。


「照れない照れない。お幸せに~~」


「子供の前で夫婦ゲンカは良くないわよ~~」


「データ取り頑張ってね、お父さんお母さん!」


「だ~~ッ!」

 我慢しきれなくなったのか秀人は焦れたように髪をかきむしった。頭に乗ったままのセプティは振り落とされないようにしっかりとしがみついている。


「あ~~っ!! もう、一体誰があの女子を観察対象にしようと言ったんだ!!」


「部長でありますよ」


「それはそれ! これはこれ!! それから俺の事は所長と呼べと何度も何度も……!」


 しかしすぐさま突っ込みそうなマリナはふて腐れたようにそっぽを向いて黙り込んでいた。そんなマリナに田中が首を傾げて尋ねる。


「どうかしたでありますか、Ma’amマム。いつもならテラホンで即座に突っ込むポイントでありますのに?」


「テラホンは余計よ」


 そう前置してからマリナは言った。


「だってまた何か言うと夫婦みたいだって言われそうだもん」


「言われそうなんじゃないでありますよ。Ma’amマム


 にんまりと笑って田中は言った。


「自分は確実に言うであります!」

 そんな田中をしばし無言で見つめてからマリナはぼそっと言った。


「……木村さんに田中さんの下の名前聞いてこようかしら」

 マリナのその言葉に田中は青くなる。


「NO~~ッ! それは駄目であります! わ、分かりましたです! 自分はMa’amマムに絶対忠誠を誓うであります!!」


「いや、別に絶対忠誠までいかなくてもいいから……」


 直立不動の姿勢を取る田中にマリナは呆れた顔でそう答えた。


「本命チョコと義理チョコの違いについては分かった部分もある。しかしまだデータが欲しい」


 秀人の頭のからセプティがそう言ってきた。


「今度はチョコを貰った方の参考意見が欲しい」


「しかしなあ。今回のようなやり方をしていたら身が持たんな。主に鼓膜の」


「でありますね」


「そういう状況にしたのは誰よ!」


 首肯し合う秀人と田中にマリナは言った。


「アンケートを採ると言っても、うちの学園は個人情報の扱いにはうるさいからな。生徒会の許可を待っていたんじゃいつになるか……」


「来年のバレンタインデーまでには間に合うんじゃないの? まあそういう事になったら廃部だけど」


 まだ虫の居所が悪いのか、マリナは皮肉げにそう言った。


 彩星学園は有名研究機関や大学、大手企業との提携が頻繁に行われている事も有り、秀人が言ったように個人情報の扱いにはかなり厳しい。児童、生徒、学生個人が望まぬ個人情報は原則公開されない。田中の名前を同じ研究所部員が誰も知らないのもその為である。もっとも本人がうっかり洩らしてしまう所までは責任が持てない。


 そんなわけで生徒にアンケートを採ろうとしても、生徒会等での審査を経ないといけないのだ。形はどうあれそれが外部に提供されるデータになると確実に通るわけでもない。

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