03-03/バレンタインの観測問題-その3

「なるほど、日頃のお返しをして喜んで欲しい。バレンタインデーはただその切っ掛けという事ですか?」


「そういう事になるのかなあ」

 木村はそう答えたが、その手に持った籠を覗き込んで田中はさらに尋ねる。


「でもやっぱり多いでありますよ」


 そんな田中に周囲の生徒たちも首肯する。

 覗き込む田中から籠を隠すようにして木村はまた首を傾げた。

「う~~ん、多いかなあ」


 木村のその仕草に田中は何か閃いたようだ。


「実は本命マジチョコを隠すダミーとかでありますか?」


「は!?」


 一時、木村の面に緊張が走る。しかし木村はすぐさまけだるい態度を取り戻して言った。


「なに馬鹿言ってるのよ。そんなのあるわけないじゃん」


「さぁどうでありますねえ。木の葉を隠すには森の中。大量のダミーで本命を隠すのは間々ある事でありますから」


 どうやら周囲の生徒たちも田中の意見には一理あると思ったようだ。中には木村の籠を覗き込もうとする生徒も出てきた。

 そんな状況を不利と思ったのか、木村は素知らぬふりを決め込んでその場から退散しようとした。


「さて、まだ義理チョコ配らなきゃならない人が居るし~~」


「やっぱり怪しいでありますねえ」


 なおも食い下がる田中に同意する声が聞こえた。


「セプティも怪しいと思う」


 みんなが一斉に声がした方へ顔を向ける。そこにはセプティだけがちょこんと立っていた。どうやら秀人を放って一人で帰ってきたようだ。


「それにセプティは本命チョコのデータも欲しい。もしも本命チョコを持っているのならば……」


 しかしセプティが言い終える前に木村が歓声を上げた。


「きゃあ~~ッ、この子があのなのね! 本当、可愛い!!」


 斜に構えてけだるい風にしていてもやはり木村も女子高生。可愛いものが目がないようだ。

 廊下に立っていたセプティをいきなり抱き上げた。逃げる間もなかったセプティはじたばたと抵抗しているが木村はそれに構わず抱きしめた。


「うそぉ~~、子猫か子犬みたいに柔らかくって温かい! 今までのと全然違うじゃない!!」


 木村のその感想に周囲にいた女子生徒たちがまた色めき立った。先程は秀人の頭の上にいたと言う事も有り、見るだけで感触を確かめるところまではいかなかったのだ。


「本当? マジ? ふわふわ?」


「ふわふわでもふもふよ。髪の毛とかもふもふ、もふもふ」


 そう言いながら木村はセプティの蛍光グリーンの髪をなで回した。


「うそうそうそ~~ッ! マジ? 触らせて触らせて!!」


 女子生徒たちはあっという間にセプティを奪い合う。は人形やぬいぐるみを模して作られる事もあるが、内部にスマートフォンとしての機能を入れ、さらに可動装置を組み込まなければならない以上、どうしても柔らかい感触を得るには限界がある。第七世代はその点を見直して、スマートフォンや可動装置まで柔軟な素材で形成したのだ。


 呆気にとられていたマリナと田中はようやく我に返って女子生徒たちを止めに入った。


「ちょ、ちょっと待って。その子はまだ調整中なんだから!」


「そうですあります! 凄い会社の凄く偉い人から直接預かったのですから、もしもの事が有ったらエラい事になるであります」


 しかしセプティに夢中の女子生徒たちの耳に入る様子は無い。耳に入る様子は無いとくれば残る手段は一つだ。


Ma’amマム! ここは伝家の宝刀ミラクルボイスで!」


「なによ、そのミラクルボイスって……」


 そうは言うものの他に方法がないとマリナも分かっていった。少し深呼吸をしてから女子生徒たちの耳元で声を張り上げた。


「ちょっとこっちの話も聞いて下さい!」


 この体格のどこからそんな声量が出るのか。被服室の廊下に面した窓がびりびりと震えるほどだ。


 思わず女子生徒たちが耳を塞いだその隙に、セプティは木村の腕を逃れてマリナの頭の上に飛び乗った。


「あの、申し訳ありませんが。セプティはハンドリング中なので、あまり部外者に触れさせないように言われておりますので……」


「セプティは調整中の情報家電だからな」


 マリナの頭の上からセプティも続けてそう言った。


「もう、分かったわよ。ほんとどこからそんな大きな声が出るんだか……。あ?」


 耳を塞ぐのを止めた木村だが、顔を上げてようやくそれに気付いた。手にかけていた籠がセプティを取り合う女子生徒たちの騒ぎでいつのまにかひっくり返っていたのだ。


「ごめんなさい!」


 マリナと田中、そして他の女子生徒たちも慌てて廊下に散らばった義理チョコの包みを拾おうとした。


「セプティも手伝う」


 そう言って頭の上から降りようとしたセプティをマリナは止めた。


「あなたがチョコを拾う光景を見たら、またみんなが盛り上がるから止めなさい」


 言われたセプティはちょっと考え込んでから素直にマリナの頭の上へ戻った。


 義理チョコを落としてしまった木村だが、籠の中を一瞥した後、突然顔色が変わった。


「大丈夫だから! 全部、私で拾えるから!」


 強張った笑みで他の女子生徒たちを押しのけて、慌てて廊下に散らばった義理チョコを拾い集めた。

 しかし木村がそれに気付いたのはいささか遅かったようだ。落ちていた義理チョコを拾っていた女子生徒の一人がそれに気付いた。


「あれ、これ……」


 明らかに他の義理チョコとは違う。綺麗なリボンで丁寧に飾られた一際大きなチョコの包み。それが木村からのものであるのはリボンの下に『from♡minori』と

書かれたメッセージカードが添えてある事からも分かる。


 女子生徒がそれを拾い上げたのを見た直後、木村は電光石火の早業でチョコレートをひったくった。


「えっと……」

 当惑する女子生徒たちに代わって田中がその可能性をした。


「あ、ひょっとして今の本命チョコでありますか?」

 田中のその指摘に一瞬、その場が凍り付く。視線を交わし合う女子生徒たちの顔は『え、この木村が本命チョコ?』『マジあり得ないんですけど』と言いたげだ。


「それが本命チョコか」

 マリナの頭に乗ったセプティも興味津々で覗き込む。

「本命チョコは義理チョコよりも大きく梱包も丁寧。メッセージカードが添えられているという事か?」


「ち、違うわよ!」

 セプティに向かって木村は慌てて否定する。


「これは、ほら! ええと、うちの兄貴にやるチョコなのよ! うちの兄貴は結構有名なバンドのドラマーでしょ。だから頑張って貰おうと思って……」


「あれ、有名バンドのドラマーって彼氏さんではありませんでしたか?」


「どっかが話がとっちらかって伝わっちゃったのよ。正直、迷惑しているんだから……!」


 田中の指摘に木村は少しふくれっ面で答えた。


「データベースに照会した。確かに木村美乃梨の兄はロックバンド『ATP』のドラマー」


 セプティがマリナの頭から身を乗り出してそう言った。


「へえ、でもどうしてロックバンドの名前がアデノシン三リン酸なの?」


「アデ……? なに? 兄貴が言うんじゃメンバーの名前を並べただけだって。兄貴がアキラ、ベースが剛士《ツヨシ》、ギターがポールって外国人だし」


 マリナの素朴な疑問に答える木村だが、その横で田中が首を傾げていた。


「でも疑問がありますですよ。どうしてお兄さんにあげるチョコを学園へ持ってきたんでありますか?」


 田中の質問にマリナや周囲の女子生徒たちも相づちを打つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る