03-02/バレンタインの観測問題-その2
「うわ~~、喋った!!」
「可愛い、動くわよ。動いてる!!」
「なにこの子、本当にすまほむ? 私のと全然違うじゃん!」
盛り上がる女子生徒たちに、セプティは自分の性能を誇示するかのように、珍妙な踊りを見せたりしている。
「ええ~~い、騒ぐな、うろたえるな!! そもそもすまほむが喋ったり動いたりするのは当たり前だろう!!」
セプティを頭の上に乗せたまま秀人は生徒たちを一喝した。
「え~~、でもさぁ」
「うん、そうそう」
女子生徒の何人かが不服そうな顔で自分のすまほむを取り出した。それぞれ人気のキャラクターとタイアップしたものだ。
「こんにちわ。今のところメールは届いておりません」
「今日の天気は晴れ時々曇り。イベントはバレンタインデー。授業は午後からリーダーの予定が入っております」
女子生徒たちのすまほむは事務的にそう話す。
「話してくれるパターンは決まってるし、動くと言ってもダウンロードしたデータ通りの事しかやってくれないし」
「そうそう、すぐに飽きちゃうんだよね」
そう肯き合う女子生徒たちに向かってセプティは得意げに言った。
「その点、セプティは自分の意思で判断して行動できるから凄い」
「なにが凄いものか! 第一、勝手に動いたり喋られたりしたら、迷惑だ」
文句を言う秀人にもセプティは済ましたものだ。
「大丈夫だ。セプティは新たに採用された独自の思考パターンがある」
「ほぉ、それはどういうものだ?」
尋ねる秀人にセプティはどや顔で答えた。
「セプティは空気を読める」
「嘘だ。それは絶対に嘘だ」
二人の会話に周囲の生徒から笑い声が上がる。
「おい、湯川。ひょっとして廃部問題がうやむやになったのは、そのすまほむが原因か?」
「あー、そういえば新聞部や報道部のサイトで、研究所部が新型すまほむのハンドリングを引き受けたとか載っていたな。それがこいつか?」
親しいとは言えないが、多少は面識のある男子生徒たちが秀人にそう尋ねた。研究所部がセプティのハンドリングをやっている事は特に秘密ではない。
もっともあまり詮索されるのも好ましくない。セプティの詳しい仕様は公表も公開もされていないのだ。
「ねぇねぇ、セプティって言うんでしょ。こっち向いてよ。アンジェ、写真撮って」
自分のすまほむにセプティの写真を撮らせようとする生徒もいる。セプティは隠れるどころか素直にそっちへカメラ目線を送るほどだ。
いかん、これはまずい。何とか誤魔化さないと……。
「おお、いかん! そろそろ大マゼラン雲で超新星爆発が起きる頃合いだ。観測の準備をしなければ。行くぞ、所員の諸君!」
言うなり秀人はセプティを乗せたまま強引に生徒の人垣を突っ切って逃走してしまった。
「ああ、待って下さいよ。先生!」
慌てて野依も秀人の後を追いかけていった。
「ちょっと待ちなさいよ、秀人! 肝心の観察はどうなるのよ!!」
その時だ。被服室から肝心の観察対象が顔を出した。手に義理チョコが満載された籠を持った木村美乃梨本人だ。
「なに、うるさいなあ。……あれ、あんた一年の。ええと江崎マリナさんだっけ。親が人工知能の専門家で有名な」
直接の面識はないはずだが、何分、目立つ外見、耳目を引くプロフィールだ。木村の方はマリナを知っていたようだ。
「ええ、まぁ。それは……」
ちょっと強張った顔で笑みを浮かべるマリナに、木村はどうやら親の話は禁句と悟ったようだ。すぐ側にいた改造白衣の田中へと視線を移す。
「あ~~、あんたとは前にゼミかなんかで一緒になったよね。田中さん。下は確か変な名前……」
「わ~~ッ!」
木村の言葉に田中は慌てる。
「ちょ、ちょっとフルネームは駄目でありますよ。木村さん! それだったら田中へんな名前の方がマシであります」
そんな田中に木村は笑う。
「ええ~~、でも可愛いじゃん。田中ぽ……」
「駄目であります!!」
よほど下の名前が嫌なのか、田中はむきになって大声を出す。
「あ~~、もう分かったわよ。田中へんな名前さん。で、なに? なに騒いでいたの? そう言えば江崎さんて今、研究所部のお目付役なんだってね。大変よねえ」
マリナが生徒会の要請で暫定的に研究所部部員になった事も、生徒会の広報や新聞部、報道部などの学園内マスコミで周知されている。
もっとも一般生徒たちにとって、それはさして関心のある話題とも思えない。木村がその件を知っている事に首を傾げながらもマリナは尋ねた。
「あの、木村さん。ちょっといくつか質問してもよろしいですか? 実はあたしたち新型すまほむのハンドリングを依頼されていまして……」
「うん、知ってる知ってる」
木村は妙ににこやかに笑ってみせた。そんな木村にマリナはペースを乱されながらも話を続けた。
「ええっと、それなら話が早いです。実はバレンタインデーにチョコレートを贈る風習について質問したいんです。木村さんがかなり沢山、義理チョコを配っているようなので、何か役立つ答えが得られないかと思いまして」
昨日から木村に目を付けていた事は取り敢えず伏せてマリナはそう尋ねた。
「うん、いいよ~~。なんでも聞いて聞いて」
受け答えはけだるそうながら、思いの外、木村は人当たり良くそう答えた。意外に好意的な木村の態度にマリナが戸惑っているうちに、すぐ横にいた田中が口を開いた。
「なんでそんなに沢山、義理チョコを配るのでありますか!」
田中が妙に勢い込んでいるのは自分の名前から話をそらせたいからかも知れない。
「多いかなぁ」
籠に満載された義理チョコの包みを見て木村は首を傾げるが、周囲にいた他の生徒たちもその反応にはさすがに黙っていられなくなったようだ。
「いや、多いでしょ。普通に」
「それ全部配るんだろう? 少なくはないよなあ」
他の生徒たちもそう言われて木村は上目遣いで少し考えてから改めて答えた。
「そりゃ色々と世話になってる人、多いからね」
そう言うと木村は籠から義理チョコの包みを二つ取り出すと、マリナと田中に渡した。
「男だけじゃなくて、友達や知り合いの女の子にも配るし。ほら、やるよ。これから何かあるかも知れないし、よろしくね」
「ありがとうございます」
「あ、はい」
反射的に受け取ってしまったマリナと田中は顔を見合わせた。
「なによ、一体?」
首を傾げる木村に田中は照れ笑いで答えた。
「いやぁ、自分では配る予定が一切ないのに、貰ってしまうのは女子高生としてはいかがなものかと」
「あははは、そりゃあ駄目だわ。田中ぽ……」
「だ、だから下の名前は駄目であります!」
田中は慌てて木村を止めた。
「ええと、でもこれだけ配るとなると費用も馬鹿になりませんよね。そこまでして多くの人に義理チョコを配る理由、そのモチベーションというのは何なのですか?」
マリナはそう尋ねたが、それは周囲にいた生徒たちも少なからず疑問に思っていたようだった。
「だよなあ。貰えるのは有り難いけど、ちょっと数が多すぎるって言うか」
「一つ百円くらいとしても、これだけあるとちょっとねえ」
「まぁ単純に貰って喜んでくれるのがうれしいみたいな」
そう答える木村は少し照れくさそうだ。
「案外、こうやって単純に喜んで貰える事ってないじゃん。なんか切っ掛けがないとそういう事できないしさ。喜んで貰えるなら多いに越した事はないし。ってなに私、マジになってんだろ」
そう言うと木村ははにかむように笑った。
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