03/バレンタインの観測問題
03-01/バレンタインの観測問題-その1
「あ、高柳くん。ちょうど良かったぁ~~。はい、これね」
彩星学園高等部二年生木村美乃梨は、廊下ですれ違いざまに一人の男子生徒に小さな包みを押しつけた。
「なんだよ、木村……。あぁチョコか」
受け取った高柳と呼ばれた男子生徒は、その場で無造作に包みを開けるとそう言った。
「なんだよは、ないでしょ。なんだは?」
「だってなぁ。お前、義理チョコ配りすぎて有り難みがねえんだもの」
不服そうな木村に、高柳は頭を掻きながらそう答えた。
「義理でも貰えるだけ有り難いと思いなさいよ」
「はいはい。有り難や有り難や」
高柳はあまり有り難く無さそうにそう言った。
◆ ◆ ◆
「かーッ!! んだよ、あの態度! まったくリア充め!! もうちょっと喜んでも罰はあたらねえだろうよ」
その様子を廊下の角から見守っていた野依は思わずそう罵った。
「木村さんが持ってる籠に入ってるの、あれ全部義理チョコでしょ? そりゃああれだけ持ち歩いていれば有り難みもなくなるわよ」
少し離れた場所で壁にもたれかかり、マリナはそう言った。確かに駅前でポケットティッシュを配るアルバイトのように、プラスチックの籠に義理チョコの入った包みを満載していた。
マリナの手の中にあるのは愛用の改造携帯。そこに木村の姿が映っているのだ。その映像は秀人の頭の上に乗っているセプティが撮影したものだ。同じように野依も自分のロボット型すまほむで木村の映像を見ている最中。
バレンタインデー当日の午後、研究所部はさっそく木村美乃梨の観察を行っているところなのである。
「しかしな、セプティ」
秀人は頭の上のセプティに向かってそう言った。
「ビデオカメラを内蔵するとか、そういう設計思想はないのか?」
「ない」
秀人の頭の上にちょこんと乗ったセプティは、自分の体格に合わせてダウンサイジングされた小型ビデオカメラを構えているではないか。そのビデオカメラはセプティ専用のオプション『ビデオ撮影ユニット』なのである。
「色々な機能を一体化してしまうと、一部機能に支障が有った場合、全体に影響がある。できる限り分離する事で逆に拡張性も高くなる。他のすまほむにも使い回せるので環境にも優しい」
「スマートフォンの大前提に反するような設計思想だな」
「あーでも分かるでありますよ」
田中が横から口を突っ込んできた。
「うちもこの前、テレビデオのビデオ部分が故障した時は大変だったであります」
「今時、どうしてテレビデオがあるんだ。お前の家は!」
思わず文句を言う秀人に野依が言った。
「え、うちにもありますよ。昔のビデオテープ、まだありますし」
マリナも野依が言った事に肯く。
「さすがに最近は使ってないけど、うちにもあったわねえ。テレビデオ。それからゲーム機一体型のテレビもあったわね」
「Yes,
ゲーム機と聞いて秀人の頭のセプティが興味を示す。
「セプティはゲーム機にも対応している」
ビデオカメラから目を離してセプティがそう言った。
「忙しいユーザーに代わってセプティがゲームを遊ぶので時間の節約もできる」
「あー、それは神ゲーかクソゲーか、遊ばずに分かるから便利……。んなわけがないだろう! 意味ないじゃないか!」
そんな事を言い合うセプティと秀人にマリナが注意する。
「秀人もセプティも無駄話はしないの。ほら、木村さんの映像が切れちゃったじゃないの」
「分かってる、大声を上げるな。マリナ。観察対象に気付かれてしまう」
「そんな大声をあげたわけじゃあ……」
「そうでありますよ部長。
田中のフォローにマリナは少し渋い顔で笑う。
「それはまぁ……。そうだけど」
その時、マールムコーポレーションのテレビCMにも使われているジングルが流れた。セプティは肩から提げているバックを開け、これまた自分専用にダウンサイジングされた超小型の携帯電話を取りだす。これもセプティ専用の拡張ユニットだ。
「セプティだ」
普及が始まったばかりの頃の、味も素っ気もない旧式携帯電話を模した通話ユニットに向かってセプティはそう答えた。
「シュールというか、何か恐ろしく趣味に走ってる事を実感させる光景ねえ」
携帯で誰かと話をしているセプティにマリナはそうつぶやいた。
「利根川から連絡があった。木村は被服室に向かって移動中」
携帯を切るとセプティは秀人たちにそう報告した。ちなみに利根川は部室のPCで秀人たちのサポートをしている。その利根川からセプティに直接、連絡が入ったというわけだ。
「合理的なのか無駄が多いのか分からんな」
「家庭向け製品にはある程度の冗長性は必要」
セプティは文句を言う秀人の頭をぺしぺしと叩いてそう言った。
「木村さんはファッション関係専攻だからね。この階の一番奥が被服室よ。急ぎましょう」
マリナは秀人たちをそう急かし、セプティはビデオカメラを構え直した。廊下の門を曲がり、何事かと見送る一般生徒たちを尻目に秀人たちは被服室に急いだ。
被服室に限った事ではないが、彩星学園高等部の教室は廊下側にも窓がある。秀人はそこから被服室の中を覗き込む。その頭の上でビデオカメラを構えるセプティからの映像がマリナや田中、野依が持つ携帯やすまほむにも転送されてきていた。
室内ではちょうど木村がチョコを配りまくっているところだった。
「女子にも配ってるでありますね」
映像を見て田中がそう言った。
「え、なに。木村さんってそっちの趣味あり? 百合?」
妙なところで盛り上がる野依に田中は呆れて言った。
「なに言ってるでありますか。最近は友達どうしてもチョコを交換したりするでありますよ」
「それにしてはお前とマリナはそういう事はしないんだな」
そう突っ込む秀人に田中は平然として答えた。
「だってそうすると部長たちにもチョコを上げないわけにはいかなくなるでありますよ。そうなると贈る相手が増えて大変であります」
そう言う田中にマリナも肯いた。
「まああっちに贈ればこっちにも贈るって事になるわよねえ。まあここは虚礼廃止という事で」
「世知辛い会話だなあ」
思わず野依が嘆息した。
その時だ。廊下を歩く女子生徒の何人かが秀人たちに目を留めた。金髪碧眼のマリナに改造白衣の田中はただでさえ目立つが、特に女子生徒たちが目を止めたのが秀人。正確には秀人の上の頭の上に乗ってビデオカメラを構えていたセプティだ。
「ねえ、あんた一年の研究所部の部長でしょ?」
女子生徒の一人が馴れ馴れしく秀人に声をかける。先日の大江副会長との一戦に限らず、研究所部の行状は一般生徒にも広く知れ渡っているのだ。
「うむ、そうだが。今は重要な調査を行っているの……」
声をかけたにも関わらず女子生徒は秀人には興味を示さず、その頭の上に乗ったセプティを見て言った。
「ねぇねぇ、なにこの子。可愛いじゃないの。新型のすまほむ?」
「なになに、本当。可愛い~~ッ」
一緒にいた別の女子生徒も声を上げた。セプティはその声が自分に向けられていると察したのか、ビデオカメラを下ろして女子生徒たちの方へ向き直った。
「よ」
セプティが片手を挙げて挨拶した途端、一斉に黄色い歓声が上がる。その歓声が周囲にいた生徒たちをさらに呼び寄せた。
「セプティがセプティだ」
調子に乗ったのかセプティがそう自己紹介するとボルテージはさらに上がる。
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