02-05/セプティはバレンタインに興味がある-その5
そんなやりとりにマリナと田中はきょとんとして顔を見合わせた。
「こういうの普通に女子っぽい会話なの?」
「男子でも女子でもそう変わりない会話だと思われますが?」
マリナと田中の返答に、秀人と野依も沈黙してしまう。しばしの後、秀人は例によって例の如く、芝居がかかった態度でメガネを直して言った。
「俺に聞くな!」
「聞くな」
頭の上ではまたセプティが秀人の言葉を繰り返した。
「なによ、あたしだって分かんないわよ」
「自慢にならない事を自慢げに言うな!」
「別に自慢しているわけじゃないもん!」
マリナは思わず唇を尖らせて反論した。そんな秀人とマリナに構わず、利根川はCRTを指さしながら言った。
「ほら、ここに木村さんのバレンタイン情報が掲載されている」
「相変わらずマイペースすぎるだろう。お前は」
嘆息しながらも秀人は利根川が前にしたCRTを覗き込んだ。そこには髪をライトブラウンに染め、鮮やかなネイルアートを施した女子高生が、カゴ一杯に詰めたバレンタインチョコを見せびらかせている写真が掲載されている。写真には『みのりんの義理チョコで~~す』と書き文字が入っていた。
どうやら彼女のSNSに掲載された写真のようだ。確かに一般的な尺度としては、少し派手だが女子高生としては一般的なイメージには留まっているのだろう。しかし男子はもちろん、女子も田中のような変わり者が多い彩星学園内では逆に浮いてしまうタイプだ。
「木村さんと仲のいい校内の生徒、それに他の学園生徒の情報でも、彼女が大量の義理チョコをバレンタイン当日に配付する予定を立てているのはたしかだ」
「プライバシーの侵害じゃないかしら?」
念の為、そう確認するマリナに利根川はいつものように淡々と答えた。
「本人が全世界へ情報を発信しているんだから、プライバシーの侵害もない」
「ふむ……」
秀人は
「よろしい、それでは二年生の生徒番号D-917木村美乃梨さんにサンプルデータを提供していただこう! 誰か彼女と親しいものはいないか!?」
尋ねる秀人に早速田中が答える。
「知らないわけではありませんが、親しく会話する仲ではありません。部長」
「所長だ。田中、お前わざとやってるだろう?」
「当然であります。部長」
「だから所長と……。まぁいい、それでマリナはどうだ」
これ以上、田中と話をしても無意味と悟った秀人はマリナに水を向けた。
「あたしも話した事はないとさっき言ったでしょう」
「ふむ、女子は駄目か。じゃあ男子はというと……」
「考えるだけ無理でしょ」
野依の言う通りだ。その言葉に秀人はメガネの位置を直してから言う。
「よろしい、では観察だ! すべての発見はまず観察から始まる! 観察をおろそかにしてはいけない!!」
そんな秀人にさすがにマリナは慌てた。
「ちょっと待ってよ。それこそプライバシーの侵害じゃないの!! 直接、本人から意見や感想を聞けばいいでしょ?」
「観察対象にうかつに接触すると、それに対して影響を与えてしまい、客観的なデータが取れない可能性がある」
「それはまぁそうだけど……」
心配げなマリナに秀人は続けた。
「なに、節度は守る。観察後の現状維持は原則にして基本。研究者として観察対象を台無しにするのはタブーだからな。彼女が一般に公開している情報、行動以外は本人の承諾なしには踏み込まない」
「そうねえ。そういう事なら……」
少し迷いながらもそう言うマリナに田中があっけらかんとして尋ねる。
「
「そ、そんな事……!」
顔を赤くするマリナに田中は不思議そうに首を傾げた。
「よし、話はまとまったな。では木村さんが大量の義理チョコを配る現場を観察だ!」
「よし、話はまとまった」
そう言うなりセプティは秀人の頭の上から飛び乗り、ハコイヌが待っている机の方へ駆けていった。
「セプティはハコイヌの散歩に行ってくる。観察の準備ができたら報告を頼む」
リードを取りそう言うと、セプティはハコイヌと共にさっさと部室を出て行ってしまった。
「大きさがあまり変わらないから、どっちが散歩に連れて行って貰ってるのか分からないでありますねえ」
セプティとハコイヌを見送りながら田中はそう言った。その田中の隣ではマリナが小首を傾げて何か考え込んでいた。
「どうしたマリナ?」
秀人に尋ねられてマリナはしばし躊躇した後に答えた。
「うん、大した事じゃないんだけど。どうしてセプティがバレンタインチョコに興味を持ったのかなって……」
「わははははは、決まってるじゃないか。そんな事……」
答えかけて秀人も首を傾げた。
「う~~む、言われてみればなんでだろうな」
「単なる偶然? というかランダム?」
利根川がそう言うが、それはそれで何となく納得できない。
「そういえば仕様書に、初期設定の段階である程度の動機付けはほどこしてあるとあったわね。その関係かしら?」
「動機付け?」
尋ねる秀人にマリナは答えた。
「うん、セプティの開発目的にそって、ある特定の事象に興味を持つように最初から動機付けしてあるって」
「特定の事象については明確には触れられてないですね」
自分のPCに仕様書の該当項目を呼び出した利根川がそう言った。
「大方、社外秘という所ですかねえ」
「まぁそうだろうな」
野依の言葉に秀人は簡単に納得してしまったようだが、マリナはまだ何か気になっていた。
そもそもセプティをベースにした商品がどの辺りの消費者を対象としてるのかという事なのよねえ。肝心な事なのに仕様書じゃ、露骨にぼやかした表現になっていたし……。ただ十代後半と言う事は……。
そこまで考えてマリナは自分の頭をこつんと叩いた。
まさかね。あたしたちからは一番、縁遠い概念じゃないの。恋愛なんて。
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