02-03/セプティはバレンタインに興味がある-その3

 話を逸らす秀人をそう牽制してからマリナは続けた。


「じゃあそういう秀人は他に何かいいアイディアがあるの?」


「それはだな……!」

 得意げに言いかけたものの、途中で秀人は口をつぐんでしまう。


「ほら見なさい」

 勝ち誇ったようにマリナは言った。


「セプティのハンドリングにはちゃんとしたテーマを決めた上でデータを取った方が効率的でしょ? 特に今回はセプティ自身がバレンタインデーにチョコレートを渡す風習に興味を持ったんだから無視するわけにはいかないわ」


「う~~む、それもそうなんだが……」


 しかし秀人はまだ釈然としないようだ。その頭の上でセプティも秀人の仕草を真似る。

「う~~む、それもそうなんだが……」

「ほら、セプティも秀人の真似をしない」


 セプティを注意するマリナの言葉を聞き流しながら秀人は考えを巡らせていた。


 バレンタインデーか。まあ民生用へのハンドリングデータとしては悪くないのだろうが、やはりインパクトには欠けるのは否めない。


 他に何かアッと驚くアイディアはないだろうか。それこそマールムコーポレーションの上層部が思わず飛びつくような……。


「タケオ・スティーブンスの目に留まるような画期的で独創的な、今までにない衝撃的なアイディア! そんなデータを取れればいいのだが……」


「そんな画期的なアイディアなんて、簡単に思いつくわけないでしょ。そもそも滅多に思いつかないから、画期的とか独創的と言われるんだから……!」


 嘆息するマリナに思わず秀人は身構えた。


「はッ!? なぜ俺の思考を見抜いた!?」


「なぜもなにも、部長が一人でぶつくさ言っていたでありますよ」


 田中にそう言われて秀人は首を傾げる。


「う~~む、言われてみれば思わず口に出してしまったかも知れないな。何しろ俺は根が正直だからな!」


「根が正直だからな」


 胸を張ってそういう秀人の頭の上で、セプティも同じポーズを取って見せた。そんなセプティをまたマリナが注意した。


「だからセプティは真似しない!」


「それにしても旦那も案外、夢見がちなんだねえ」


 部屋の隅に置かれたPCとCRTの前から利根川が醒めた口調でそう言ってきた。


「いや、待て。これは別にドリーミングとかそういうわけではなくてな。まあ少しでも技術革新に役立てばという意味で……」


 秀人はしどろもどろになって釈明するが、聞いていた田中はさして深く考えずにうっとりした顔で言う。


「でもまぁ当然と言えば当然でありますよね。マールムの上層部とコネができるかもでありますし、自分も思わずドリーミングしてしまうでありますよ」


「まあそうもそうだよなあ。セプティのハンドリングで何か結果を出せば特別ボーナス、いや幹部候補生扱いで入社なんて可能性もあるよな」


 何やらよく分からない機械を作っていた野依もハンダごてを持つ手を休めてそう言った。


 マールムコーポレーションは国際的な一流企業。入社するのも一苦労と思いきや、特に研究開発職は上層部によるヘッドハンティングやスカウト、関係者の推薦で大抜擢される事が少なくない。それを考えると田中や野依の期待も分からなくもないのだが、マリナはそれを即座に否定してみせる。


「ほらほら、夢は寝てから目を閉じて見なさい。まずは開いた目の前にある問題を片付ける」


 そう言って部員たちを叱責してからマリナはまとめに入った。


「じゃあ取り敢えずセプティにバレンタインデーにチョコレートを贈る風習を理解させるという事でいいかしら?」


「Yes Ma’amマム!!」

「それでもいいっすよ」

 田中は直立不動で敬礼、野依はまたハンダごてを持ち直して答えた。

「どうぞ」

 利根川もCRTに向かったまま、あまり関心を示さないままでそう言った。


「秀人は?」


 三人の反応を確認してマリナは秀人の方へ向き直る。


「仕切るなよ」

「仕切るなよ、仕切るなよ」

 渋い顔をしてそう言う秀人の頭の上で、またセプティはその真似をした。


「ほら、秀人がはっきりしないからセプティが真似をするんじゃないの。どうするの、OKなのYESなの? さもないと今度こそ廃部よ!」


「それじゃ俺に選択権が無いではないか!」


 そう反論したものの、結局のところ秀人は他にいいアイディアは思いつかなかった。思いつかなかった以上、マリナの提案を呑むしかない。


「うむ、この際だ。代案もないし、その線で妥協してやろう」

 秀人は勿体を付けて肯いた。


「マッドサイエンティストの端くれとしては、やはり人類の無駄な消費行動には興味がある。なにしろ文化は無駄から産まれ、文明は消費から始まったともいうからな」


「もっともらしい事を……」

 呆れるマリナだが、秀人はいつものようにメガネの位置を直すとびしっと指で指し示した。その頭の上では何となくセプティが同じポーズを取っている。


「さぁ、それでさっそく調査開始といこうではないか! 江崎マリナ、お前が最初のサンプルだ! お前は誰にどういう理由でチョコレートを贈るのだ?」


「贈らないわよ」

 マリナは平然としてさっきも言った事を繰り返した。

「さっきも言ったじゃないの。そういう興味ないって」


「仮定で構わん」


「無理のある仮定はデータとしては無意味だわ」


 間髪を入れずにもっともな反論をされて秀人はあっという間に行き詰まった。口をへの字に曲げて考え込む秀人に田中が自分から手を上げた。


「はいは~~い、はい!!」


「はいは一回で充分! 田中、お前はどうなのだ!?」


「自分もバレンタインデーにチョコを贈る予定はないであります!」


 また直立不動で敬礼をしながら田中はそう答えた。


「ないのならばわざわざ発言を求めるな!」


「でも部長、自分は幼稚園や小学校低学年の頃には、義理でベビーチョコや徳用チョコを配った事があるでありますよ」

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