02-02/セプティはバレンタインに興味がある-その2

 セプティは周囲を見回していたが、やがて秀人の頭の上に目を留める。


 秀人が身構える隙もなくセプティは一種の早業でその頭へと飛び乗った。そして天啓を求める預言者のように両手を高く広げて見せた。

 それと同時にセプティのリボンが激しく明滅した。


「なにをやってるんだ」


「大容量モードで接続中ね。セプティのリボンはパイロットランプを兼ねてるのよ」


 マリナは愛用の改造携帯を取り出すと、そこに取り込んで置いた仕様書で確認してから答えた。


「それはいいが、どうしていちいち俺の頭の上に昇るんだ?」


「秀人の頭の上は電波状態がいい」


 セプティのその答えにマリナはにっこりと笑いながら秀人に向かって言った。


「電波状態がいいんだって。良かったわね」


「その場合の電波は一体どういう電波だ」


「あら一般的な意味での電波よ。一般的な意味での」


 マリナの皮肉に返す言葉が見つからない秀人だが、野依が電波状態と聞いて別の事に気付いたようだ。


「あれ、この部屋ってそんなに電波状態悪いか? 俺のは何ともないけど」


 そう言うと野依はポケットから円盤のようなものを取り出す。それは机の上に置かれると一瞬でロボット型に変形した。昔のロボットアニメとタイアップしたなのである。


「グランダイバーA-346。電波状態は?」


「良好であります」


 戦闘ロボット型のはそう答える。セプティと比べると如何にも機械的、プログラムされたという反応だ。


「情報を秘匿する為に特別の回線を使っているんだ」


 自分のPCでセプティの仕様書を開いた利根川がそう教える。


「なにしろテスト中だからね。情報が漏れると困る。仕様書にも詳しいデータは載ってないけど、通信速度を犠牲にしてセキュリティを上げたんだろう。基地局もそんなに多くない。セプティを学園外に連れて行く時は注意しないと」


「大体理解した」


 利根川の説明が終わるのを待ってセプティは言った。


「バレンタインデーは好きな人にチョコレートをプレゼントする日!」


「まぁそうね」

 そう答えるマリナをセプティは不思議そうな顔で見つめている。

「どうかしたの、セプティ?」


「マリナは好きな人がいないのか?」


 セプティから尋ねられたマリナは苦笑いして答えた。


「う~~ん、まあ今のところ具体的にはいないわね」


「でも好きな人だけじゃなくて、お世話になった人に贈る事もあるですよ。Ma’amマム


 横からそう言ってきた田中にセプティも肯く。

「確認した。義理チョコというもの?」


「まあそう言う場合もありますですね。義理というよりは最近は季節の挨拶という意味もあるであります」


「なるほど、なるほど」


 セプティは一度、二度と肯いてから、マリナと田中を交互に見てから改めて尋ねる。


「マリナと田中はチョコレートを贈らないのか?」


「今のところ予定はないわねえ」


「自分もであります。Ma’amマム


 その答えにセプティはいささか混乱したようだ。秀人の頭の上で何度も首を傾げ、しばし考え込んでからようやく口を開く。


「それではマリナと田中は、好きな人も世話になった人もいないのか?」


「う~~ん……」


 予想外に鋭いセプティからの指摘にマリナと田中は顔を見合わせて考え込む。そんな二人を秀人は笑う。


「ぬははははは、哀れな奴らめ!」


「あのねえ……!」


 しかしマリナが文句を言い終える前にセプティは疑問の矛先を変えた。頭の上から身を乗り出して秀人に尋ねる。


「秀人はマリナや田中からチョコレートを貰うとうれしいのか?」


「はぁ?」


 今度は秀人が当惑する番だった。


「秀人はうれしいのかうれしくないのか? セプティは知りたい。つまり真理の探究だ」


「いや、待て。真理の探究とはこんな時に使う言葉ではない!」


 話をそらせようとした秀人だが、生憎とセプティは乗ってきてくれなかった。


「秀人はチョコレートを貰うとうれしいのか? なぜチョコレートを貰うとうれしいのか? 貰うだけならいつでもいいのではないか? 疑問は尽きない」


 そう言うとセプティは顔を上げ、窓の外の空を見つめて続けた。


「真理の探究は長く厳しい」


「いや、だからな……」


 言いかけた秀人を今度はマリナが遮った。


「ちょっと待って。セプティはバレンタインデーにチョコを贈る風習に興味があるわけなの?」


 ちょっと小首を傾げてからセプティは答えた。


「チョコレートを贈る方と貰う方、双方の真理を知っておく事は、最新の情報家電としては実に有意義。ユーザーに対して誰にチョコをあげるべきか、貰った時にどうするべきか進言する為の参考になる」


「よし、これね。いいタイミングでテーマが見つかったわ」


 マリナは指をパチンと鳴らして得意げにそう言った。


「犬の時と同じくセプティが自分から興味を持った物を追いかけていくのは、それに応えてデータを取るのは充分に価値があるわね。取り敢えず最初はそれで行きましょう」


 そう言うマリナに田中は感心したような顔をしてみせる。


「まるでMa’amマムが部長みたいでありますね」


 出し抜けに田中からそう言われてマリナはうろたえた。


「ええ!? そ、そう見える? でもほら、これはあくまで生徒会長から言われた事だし、あたしはただ個人的にセプティのハンドリングに興味があるだけだから……」


「ふん、馬鹿馬鹿しい」


 秀人は例によって芝居がかかった仕草でメガネの位置を直しながら言った。


「バレンタインデーにチョコを上げるかどうかがの性能の決定的な差になるというのかね!? チョコレートで個人情報の流出が防げるのか!? チョコを渡す相手二人以上の場合、それを最短距離で結ぶルートを導き出すのに役立つのか!」


「巡回セールスマン問題にすり替えても意味ないわよ」


 ちなみに『巡回セールスマン問題』とは二つ以上の場所をセールスマンが巡る時、その最短距離を導き出すアルゴリズムの導き方である。

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