02/セプティはバレンタインに興味がある

02-01/セプティはバレンタインに興味がある-その1

 部室の机にちょこんと座ってテレビを見ていたセプティに、バスケットから顔を出したハコイヌが鼻を鳴らしてじゃれついた。


 そんなハコイヌにセプティは犬用ビスケットをあげる。ハコイヌがそれをおいしそうに食べるのを見て、セプティも抱えた袋からマシュマロを出してそれを頬張る。


「おいしそうでありますね」


 そう話しかけた田中と袋を交互に見ていたセプティはマシュマロを一つ取り出して差し出す。


「自分にくれるでありますか?」

「ん」


 セプティが肯くのを待って田中はマシュマロを受け取る。セプティは部室で所在なさげににしているマリナの方へ視線を巡らせる、またマシュマロを差し出す。


「え、いいの?」

「ん」


 肯くセプティからマリナはマシュマロを受け取った。そんなやりとりに、メガネを頭の上に載せた秀人はぼやく。


「しかしバッテリーだけじゃなくて、食物も摂らないといかんとはなかなか難儀な仕様だな」


 そんな秀人にマシュマロを頬張りながらマリナは説明する。


「ボディにタンパク質などの高分子素材を使用した上で代謝も行っているのよ。人工筋肉の動作にも各種塩類、糖質も必要だし、それらを外部から取り入れるとなると経口摂取が一番効率がいいの。平賀先輩から届いた仕様書にもあったでしょ?」


「知らん」

 素っ気なく秀人は答える。

「仕様書は困った時に見るものだ」


「ゲームの説明書じゃないのよ! 仕様書や計画書を見ないでどうやってハンドリングをするっていうのよ!」


 マリナは思わず食ってかかった。


 セプティが来てから数日後。マリナは毎日、研究所部の部室に顔を出すようになっているが、まだ具体的なハンドリング計画は立ってない状態だ。


「それで一体どうするの? 確かに犬との交流は興味深い案件だけど、このままというわけにもいかないでしょ」


「うーむ、しかしどこから掛かっていいものか。……おい、野依、利根川。何かいいアイディアはないか?」


「さぁどんなものですかねえ」

 野依は相変わらず作業用机の上で、なにやら妙な機械をくみ上げている最中。そしてやはり利根川も部室の隅でPCとCRTに向かったままだ。

「別に……」


 やる気のない二人の答えに、秀人は頭の上のメガネをかけ直して言った。


「わははははは! よろしい、ではセプティを世界征服の先兵として教育してやるとしよう!」


「いい加減にしなさい!」


 そう言うなりマリナは平賀から送られてきたハンドリング計画書でポンと秀人の頭を叩いた。


「そもそも世界征服なんて一般性に欠ける教育なんて意味がないでしょ」


「あの、Ma’amマム。それは突っ込み所が違うのではありませんか?」


「え……、あ、そういえばそうね」


 田中の指摘に思わずマリナは頭を抱える。


「どうも研究所部へ出入りするようになってから疲れがたまってきているみたい。主に精神的な意味で」


 マリナは秀人へ視線を巡らせるが、当の本人は一向に気にしてないようだ。


「ん」

 そうぼやくマリナにセプティはまたマシュマロを差し出す。

「疲れた時には甘い物がいい」


「そうね。貰うわ」


 セプティからもう一つマシュマロを貰うマリナに、秀人は何か気付いたのかメガネを頭の上に上げて尋ねる。


「タンパク質や糖分を経口摂取というが人間と同じものでいいのか?」


「今さら気がついたの」


 二個目のマシュマロを口に運びながらマリナは言った。


「だから仕様書を読みなさいって言ったでしょ。完全に人間と同じとはいかないけど、組成が単純、簡単な物なら問題ないみたいね。マシュマロもそうだし、あとはゼリーやキャンディ。それにミルク……」


「チョコレート」


 出し抜けにセプティがマリナを遮りそう言った。


「チョコはアーモンドやピーナッツが入ったものは駄目でしょ。それに安い物は不純物が多いし……」


「しかしお菓子類ばかりだな」

 呆れる秀人にセプティが反論する。

「今はその話をしているのではない。チョコレートの話」


「だからセプティが食べられるものの話でしょ?」


「違う」

 セプティは頭を振り見ていたテレビを指さす。テレビは余り物のCRTにチューナーを繋いだものだ。


「チョコレート」

 テレビ画面を見てセプティはまた繰り返した。


「あ~~、そういえば明日はバレンタインでありますね」


 テレビ番組ではちょうどバレンタインチョコの特集をやっている所。それを見て田中はそう言った。


「へえ、もうそんな季節なのね」

 感心したように肯くマリナに田中は苦笑する。


「乙女の一大イベントでありますよ、Ma’amマム。もうちょっと関心を持ってもいいと思うであります」


「生憎とそういうの興味ないのよね」

 心底どうでもいいような口調でマリナはそう言った。


「バレンタインデーにはチョコレートを贈るのか」

「まぁそうだな」

 バレンタインデーとチョコレートに妙な関心を寄せるセプティに秀人は肯く。

「正月には餅、三月はひなあられ、五月は柏餅だからな。二月は当然チョコレートなのだ」


「なるほど。そうか。セプティは納得した」

 確かに納得したような顔のセプティに慌ててマリナが教えてやる。

「全然関係ないじゃないの! 秀人の言う事を信じちゃ駄目よ。セプティ」


「そうでありますよ。部長。それなら四月はどうなるでありますか?」


「無論、エイプリルフールだ」


「お菓子全然関係ないでありますね」


 行き当たりばったりな秀人の回答に田中も嘆息するだけだ。

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