01-12/セプティが来た-その12

「それにしてもあの条件でよく秀人と江崎さんが了承してくれましたね」


 学園の敷地内を走るバスの中で川端は隣の席に座った平賀に向かって行った。広大な学園の敷地は歩いて移動するには骨だ。各校舎や正門を結ぶ定期バスも出ている。


 隣の席に座った平賀はフライングプラットホームの残骸を抱えたままで答えた。


「あの条件? ああ、セプティの開発趣旨の事か。そりゃそうだよ。だって何も言ってないもの」


「は……?」


 さすがの川端も平賀の答えには呆気にとられた。バスはコンピュータ制御による無人走行。そして車内の客は川端と平賀の二人だけだ。それを確認した上で平賀は言った。


「だって七代目もマリナちゃんも照れ屋さんじゃないの。絶対にそんな事を言ったら承知してくれないよ」


「それはまぁ、そうですけど。だから言って黙っているのも問題じゃないですか?」


「副会長さんみたいな事を言うねえ、川端くん」


「そうですか? 多少は影響されたかな」


 からかったつもりの平賀だが、真面目な川端はそうとは受け取らなかったようだ。真剣な面持ちで考え込んでいる。


「いやいや、今のは冗談だから。だけど例の条件を言わなかったのは本当だ。観察対象には余計な情報を与えない方がいいというのは鉄則だからね」


「それはそうですけど……。しかし考えてみると、そもそも秀人と江崎さんを対象にした時点で、かなり問題があると思います」


「だからいいんじゃないの。こんなデータ、他じゃ取れないよ」


 にやりと笑い平賀は言った。


「そもそも七号機セプティの目的はごく初期の恋愛関係へのサポートだ。あんなコンビこそ相応しいんだよ」


「そういうもんですかねえ」


 川端はまだ納得がいかないように首を傾げていた。


◆ ◆ ◆


 国立彩星学園には学生寮が完備されている。全寮制というわけではないが、学園は24時間開放され、深夜早朝でも行われている授業がある為、寮生活を希望する生徒は少なくない。

 秀人もまたその一人であった。


 セプティはあくまで研究所部で預かったので、居場所は常に部室という事になった。暫定的な措置で部員になったとはいえ、マリナは自宅から通学しているので、夜遅くまで部室へ残らせるわけにもいかない。秀人は一旦、荷物を置いて着がえる為、寮にある自分の部屋に戻ってきた所。


 学園施設が24時間開放されている事もあり、秀人は夜も部室で過ごす事が多い。寮の部屋は封を開けてない段ボールがいくつか積まれているだけの、およそ生活感のない空間だ。


 秀人は備え付けのクローゼットを開ける。そこには替えの制服と何着もの白衣がならんで下げられていた。白衣を着替えようとした秀人だが、ポケットに平賀先輩から貰ったあの封筒が入ったままになっている事を思い出した。


 封筒を取り出し、そこに印刷されたマールムコーポレーションのロゴを無言で見つめる。


 現CEOのタケオ・スティーブンスは社内抗争に敗れて一度はマールムコーポレーションを離れている。しかしタケオ・スティーブンスを失ったマールムコーポレーションは見る間に業績低迷に陥ったのだ。そしてつい二、三年前、マールムコーポレーションは平身低頭で一度は追い出したタケオ・スティーブンスをCEOとして招聘したのだ。


 タケオ・スティーブンスは経営でも優れた才覚を発揮。瞬く間にマールムコーポレーションは勢いを取り戻した。


 タケオ・スティーブンスが離れていた数年間。マールムコーポレーションはまさに暗黒時代だった。業績を回復する為に色々と手を尽くしたが、その中にはコンプライアンス上余り好ましくないとされている活動もあったと噂されている。


 それが噂ではない事を、秀人はよく分かっていた。


 なぜならば秀人の父はその暗黒時代と言われる時期に、マールムコーポレーションの技術開発部の中核にいたからだ。秀人の父だけではない。マリナの父も同じ部署にいたのである。


「……親父、俺はあんたを許さない」


 誰も居ない部屋で、秀人はマールムコーポレーションの封筒を握りしめてそうつぶやいた。

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