01-10/セプティが来た-その10

 液晶画面タッチパネル式の多機能携帯電話、いわゆるスマートフォンが世間を席巻していた頃。マールムコーポレーション創業メンバーの一人で、後にそのCEOになる男、タケオ・スティーブンスはその更に先を見据えていた。


 高機能のスマートフォンで情報を得る事が出来てもそれを利用するのは人間だ。音楽や読書のようにただ享受する事が目的であればそれでいい。しかし料理のレシピを入手しても実際に作るのは人間。音声で答える事は出来ても、実際に作ってくれるわけではない。家電や電子機器のマニュアルをダウンロードしても実際に操作するのは人間。


 お年寄りや障がいのある人にもより優しい情報端末を作れないものだろうか。


 その理想を追い求めたタケオ・スティーブンスがたどり着いた結論は一見突拍子もないものだった。


 携帯情報端末そのものが受け取った情報を理解して、人間に代わり作業する事はできないだろうか。


 人間に代わり携帯情報端末が料理をしたり、家電や電子機器を操作すればいいのだ。もちろん携帯情報端末としての機能はそのまま維持発展させる。


 人工知能搭載自律行動型携帯情報端末。


 それがタケオ・スティーブンスがたどり着いた結論だった。早い話が携帯情報端末に小型ロボットの機能を持たせるわけで、実現に至るには余りにもハードルが高すぎるかに思えた。スマートフォン市場で後手に回り経営も行き詰まっていたマールムコーポレーションは、この人工知能搭載自律行動型携帯情報端末プロジェクトに全てを託す他になかった。


 無謀とも言えるこの賭はタケオ・スティーブンスの優れた才能、洞察力そして開発チームを率いるリーダーシップもあり開発は成功。


 タケオ・スティーブンスは人工知能搭載自律行動型携帯情報端末を『ケータドロイド』と名付けていた。『仕出し屋』を意味するcateringと『アンドロイドandroid』からなる造語であり、当初は全世界でこの商品名で発売される予定だった。


 しかし『アンドロイド』がすでに商標登録されていること、そしてマールムコーポレーション日本法人は日本語での『ケータドロイド』の響きが良くないと、商品名を一般公募。その結果、採用されたのが『』だったのである。スマートフォン+ホムンクルス。つまりホムンクルス型スマートフォンという事だ。

 この場合のホムンクルスは人造人間というよりは小型ロボット、そして『小さな人』という語源のニュアンスに近い。


 全世界で商品名を統一したいという方針のマールムコーポレーション経営陣を説得したのもタケオ・スティーブンスその人であった。


 他国に先んじて日本市場へ投入された人工知能搭載自律行動型携帯情報端末は大ヒット。結果的にはタケオ・スティーブンスが考えていた『ケータドロイド』よりも、日本での商品名『』の方が一般化。他国でもこの商品名で発売される事となった。


 小型ロボットの機能を有した人工知能搭載自律行動型携帯情報端末『』は世界各地で爆発的なセールスを上げ、マールムコーポレーションは一躍世界有数の企業へとのし上がっていった。


 マールムコーポレーションはは各国で『』の商標登録はしたものの、タケオ・スティーブンスは不正に利用しない限り誰でも自由にこの名を使えるようにはからった。この措置もあり競合他社の人工知能搭載自律行動型携帯情報端末も、事実上『』の名称で通るようになっていったのだ。


 しかし初期の第一世代、第二世代と呼ばれる『』はまだタケオ・スティーブンスの求める理想にはほど遠い完成度であった。さらなる開発研究を望むタケオ・スティーブンスとマールムコーポレーション経営陣は対立。競合他社が追随して人工知能搭載自律行動型携帯情報端末を発売、市場が成熟しようとした頃、タケオ・スティーブンスは社内抗争でマールムコーポレーションを追われる事になったのである。


 それが5年ほど前の事だ。


◆ ◆ ◆


「……まったくもう」


 この上なく不機嫌そうな顔でマリナは言った。


「どうしてあたしが研究所部の部員にならなきゃいけないのよ。そもそも川端くんは、さっき顔を出した時は、そんな事なんて全然言ってなかったじゃないの」


 まだマリナは納得がいかないようでぶつくさと言っている。しかしつい今さっき、大江からもこの件は確かに川端が了承していると連絡があったばかり。『この件』にはセプティのハンドリングを研究所部が行うだけではなく、マリナが暫定的に研究所部に所属する事と含まれている。


 当面、研究所部の廃部はなくなったと言う事で執行部員たちも解散。わずかに残っていた暇な野次馬たちも三々五々退散した。

 平賀も他に色々と仕事があるからと、フライングプラットホームの残骸を引きずって帰ってしまった。秀人以下の研究所部員たちは、何とか確保した部室へ戻ったものの、これからどうしていいのかまだわからない状態だ。研究所部と言いつつも、マリナや大江から指摘された通り、これまで活動らしい活動はしてない。

 いきなり新型のハンドリングと言われても、どこから手を付けていいのか見当も着かない状態なのだ。


「……まずは平賀先輩がメールすると言っていたスケジュールや資料が届くのを待つかな」


 そんな事を言いながら秀人は手近に椅子に座る。かけていたメガネはまた頭の上に跳ね上げていた。もとより度の入っていない伊達眼鏡だから、かけていなくとも支障はない。


 雑多な実験器具や試薬瓶、資料が散乱する研究所部の部室になれないのか、マリナはポケットから取り出した携帯を落ち着きなく弄くり回していた。それに興味を持ったのか、田中が覗き込む。そんな田中の様子に気付いたマリナは尋ねた。


「どうかした?」


「Yes Ma’amマム! 今時、ガラケーなんて珍しいと思ったであります」


 やにわに直立不動の姿勢を取ると田中はそう言った。ゴスロリ風に改造した白衣と軍人風の口調は何とも言えない違和感があるが、それはさておきマリナは田中の疑問に答えた。


「これでも中身は最新型なのよ。でもほら、あたしはあんまりごてごてとついたのは嫌いなのよ。それになんていうか、メカニカルなキーが好きなのよね。カチッて入り込む感じが。タッチパネルだと何か消化不良というか……」


「分かるであります!!」


 田中はやにわに感激したようにマリナの手を取った。


「自分もカチッとしたメカが好きであります! 特に昔の折りたたみ携帯を閉じる時の、あのぱたぱた感とか!」


「あ~~、分かる分かる。あのぱたっと閉じる時が何かいいのよね」


「そうであります。Ma’amマム! 特に片手で勢いをつけて閉じる時の、ぱたっというのは何とも言えない格好良さであります!!」


 思わぬところで意気投合した田中と意気投合したマリナは、そのタイミングを見計らって先程から気になっていた事を切り出す。


「それは確かにその通りなんだけど……。あの、田中さん。そのMa’amマムというの止めてくれない? あたしは田中さんの上官でも先生でもないし、そもそも同学年じゃないの」


 Ma’amマムというのマダムの省略形で有り、軍隊などでは女性の上官に対してはSirの代わりの用いられている。なぜか軍人口調の田中には合っているのだろうが、もとより同性の同級生に使う言葉ではない。


「気にする事はないであります。Ma’amマム。自分より優れた資質を持っている事への敬意の表れでありますから」


「いや、でも……。他に何かないのかなって……」


 田中の勢いに気押しされるように、マリナは少し遠慮がちにそう尋ねた。田中は一時、考え込んでから言った。


「ではお姉さまとか」


「……それならMa’amマムでいいわ」


 マリナは嘆息してそう答えた。そんなマリナに秀人が声をかける。


「それはそうとお姉さま」


 キッとなってマリナは秀人の方へ振り返った。


「あんたが言うな! それにその呼称は今しがた却下したばかりでしょ!」


 室内だけあってマリナの大声はより響く。秀人や田中も思わず耳を塞いだほどだ。そこでようやくマリナはその事に気付いた。


「あれ、セプティは?」


「行方不明だ」


 あっさりとそう答えた秀人にマリナは呆れかえる。


「ちょっとどうするつもりよ。預かったを早速紛失? そんなに研究所部を廃部にしたいの」


 そう言うマリナに秀人は渋い顔をする。


「どこかその辺に入り込んでいるだけだと思うんだが。なにしろ部室はこの散らかり用だからな」


 色々なガラクタや資料が散乱する部室は、セプティほどの身長では確かにちょっとしたダンジョンだろう。


「だからお前の戦略核声器で呼びかけて貰おうと……」


「誰が戦略核声器ですか!」


「言い得て妙」


 やにわにセプティの声が聞こえてきた。秀人やマリナが声がした方へ視線を巡らせる。校庭に繋がる窓の方だ。

 どうやらセプティは校庭に出ていたようだ。


「セプティ、勝手に行動しちゃ駄目でしょ」


 注意するマリナにセプティは反論した。


の特徴は自律行動。勝手に行動しないのでは意味がない」


「それはそうだけど、一応、なにか声をかけてから……。なにそれ?」


 マリナはセプティが引きずってきたものに目を留める。ちょうどセプティが入りそうな大きさのバスケットだ。


「セプティの家。別の所へ落ちていたので探してきた」


 バスケットの蓋には『7th-No7』と書かれている。平賀はセプティをバスケットに入れてきたような事を言っていたが、これがそうなのだろう。しかしセプティの様子からするとずいぶんと重そうにバスケットを引きずってきている。


「なにかオプションでも入ってるのか?」


 腰をかがめてそう尋ねる秀人にセプティは少し不満げに答えた。


「オプションは後で平賀の方から届く。このバスケットは一時的な保管容器。しかし今はセプティ以外の誰かが入っている」


「こんなものに入れるとしたらそれこそ犬か猫か……」


 秀人はそうつぶやきながらバスケットの蓋を開けた。

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