01-08/セプティが来た-その8

「お~~い、セプティ。どこ行った」


 平賀の呼び声に答えるように、マリナの襟首にしがみついていたそれは、髪の毛を掴んで一気に頭の上に昇っていった。


「きゃあ、な、な、なによ! 一体!!」


 頭の上に手を伸ばしてみると何か柔らかい感触がした。マリナはそれを掴んで自分と秀人の間に持ってくる。


「よ」


 それは秀人とマリナに片手を上げて挨拶した。


 外観は三十センチほど。少し頭を大きめにデフォルメした女の子の人形に見える。髪は蛍光色のグリーンで、軽くウェーブがかかり肩までかかっていた。着ているのはエプロンドレスを思わせるフリル一杯のもの。頭にちょこんと乗ったヘッドドレスにはLEDが仕込まれているようでめまぐるしく色を変えていた。


「セプティがセプティだ」


 その人形はそう言った。妙な自己紹介に秀人とマリナ、そして研究所部の部員たちも言葉がない。セプティと名乗ったその人形は、寝起きのようなぼんやりとした表情のままで首を傾げた。


「セプティはセプティだ」


 言い直すが秀人たちの反応は相変わらず。ぼけっとした表情は変わらないが、さすがにその人形は慌て始めたようだ。両腕を振り回してまた言い直す。


「セプティをセプティだ。セプティのセプティだ。セプティとセプティだ」


 ようやくマリナが我に返り声をかける。


「ええと、つまりあなたはセプティという名前なのね」


 マリナがそう言うとセプティの頭のヘッドドレスがぴかっと光る。


「そう、それ」


 フライングプラットホームの残骸で何かを探していた平賀はその時になってようやくマリナが抱いている人形に気付いたようだ。


「なんだ、セプティ。そこにいたのか」


「そうだ、セプティはここにいた」


 つっけんどんな口ぶりだが、少しホッとしたようにも聞える。ようやく気付いたのも秀人も同じ。戻ってきた平賀に秀人は便箋を手に尋ねた。


「平賀先輩、ひょっとしてここにある第七世代というのは……」


 しかしそれに答えたのは平賀ではなく、マリナの手にだき抱えられたままのセプティであった。


「そうだ。セプティがマールムコーポレーション第七世代ホムンクルス型スマートフォンテストベッド七号機。開発コードネーム『セプティムム・セプティム』。愛称はセプティだ」


 その言葉に一同は一瞬、静まりかえった。


「うっそー!」


 一番最初に声を挙げたのは田中だった。


「だってだって、って最新型でも大江会長が持っていたみたいな喋るぬいぐるみでありますよ!?」


「あれは典型的な第五世代タイプだ。自律行動は可能でも人工知能の性能は限定的だ。来第六世代でようやく人工知能で自律的な行動が可能になっているはずだ。それなのに、こいつ……。完全に自分の意思で動いてるように見える」


 強張った面持ちでそう言う秀人をからかうように平賀は言う。


「じゃあ七代目はこの子が妖精さんだとでも言うのかい?」


「セプティは最新技術の妖精さん」


 平賀の言葉にセプティははしゃぐ子供のように両手両足をばたつかせながら言った。


「第七世代って、第六世代だって来年度中に市場投入されるかどうか怪しいくらいじゃないですか? それなにのもう第七世代なんて……」


「君らしくないなぁ、マリナちゃん」


 平賀はにやにや笑いながら答えた。


「発売が決定したら、もう次の世代の開発には取りかかっているもんだよ。それでなくてもマールムは先を読む事には長けている。第五世代開発中にはもう第七世代の仕様は固まっていたからね」


 何気なく平賀が口にしたその言葉に秀人は唇を噛んだ。敢えてそれを無視して平賀は話を続けた。


「これまでのを凌駕する運動性。単に自律行動するだけではなく、人工知能によるすまほむ一体ごとに個性を定着。自ら感情を持つ事により、ユーザーの心境変化に対してより敏感に対応。それが第七世代のコンセプトだ」


 その言葉に秀人とマリナは顔を見合わせるだけだった。そんなマリナの腕の中でセプティはむずかる子供か子犬、子猫のように身をよじった。そのままマリナを腕から抜け出すと肩に飛び乗る。


 そしてしばしじっと周囲を見回していたが、やがてある一点で視線を止めた。その先にあるのは秀人の頭。


 何か嫌な予感に襲われた秀人が一歩後退ろうとした時だ。セプティはマリナの肩の上からジャンプして秀人の白衣へと飛び移る。白衣にしがみついたセプティは、そのまま身軽な動作で秀人の頭の上まで登り切ってしまったのだ。


「おお、なんだこの運動能力!? どういうバランサーを仕込んでいるんだ?」


 セプティの機敏な動作に野依が盛り上がる。野依だけではない。側に来ていた利根川も関心を示した。


「バランサーだけの問題じゃないだろう。このクラスの大きさで、これだけの運動能力を実現するには、かなりの高速で周囲の状況を判断するだけじゃなくて、かなり先読みして手足を動かす準備をしておかなきゃならない。どうなってるんだ、一体」


 プログラムの天才である利根川も首を捻るほどだ。


 秀人の頭の上まで駆け上ったセプティは、高峰を制した登山家のように仁王立ちになっていた。そのまま満足げに周囲を見回してからおもむろに言った。


「高い」


「平賀先輩の方が背は高いんじゃないのか?」


 秀人はもっともな反論をする。確かに平賀は秀人よりも長身だ。秀人はその次だ。しかしセプティは頭の上から身を乗り出し、秀人の顔を覗き込むと不服そうに言った。


「平賀の頭頂部は安定性に欠ける」


 セプティの言う通り、平賀はスキンヘッド。確かに滑りやすそうだ。


「その点、お前の頭の上は足場もある。高いと色々と都合がいい」


 再び秀人の頭の上で仁王立ちになりセプティはそう言った。


「……電波状態がいいのかしらね」


 マリナとしては冗談半分のつもりだったが、セプティはくるりと振り向いて答えた。


「そう、それ」


 元気な口調と寝ぼけたような表情が妙にアンバランスである。


「それに高いところだと周囲がよく見渡せる」


 得意げに続けたセプティに田中が感心する。


「なるほど、周囲を視覚的に把握する事により、ナビゲーションを行ったり危険を察知したりするんでありますね」


 興奮気味の田中だがあっさりとセプティ自身により否定される。


「今のところセプティにその機能は無い。今後のバージョンアップに期待」


「なんだこの家電紹紹介サイトの決まり文句みたいな台詞は?」


 頭の上のセプティを上目遣いで睨みながら秀人はそうぼやく。


「それはそうと、早く降りてくれないか。意外と重いんだがな」


「これでも軽量化には配慮している」


 そしてセプティは秀人の頭の上で腹ばいになり、手を伸ばしてオデコをぺしぺしと叩く。


「それに乙女に向かって体重の話はするべきではない」


「誰が乙女だ、この情報家電」


「乙女な情報家電だ。勘違いするな」


「勘違いしてるのはどっちだ」


「無論、お前だ」


 セプティは秀人の頭の上でまたもや仁王立ちになると勝ち誇ったようにそう言った。その光景をにやにや笑いながら見ている平賀へ向かってマリナはあきれ顔で言う。


「平賀先輩、どうしてこの子のハンドラーを研究所部に依頼するのか分かったような気がします」


「でしょでしょ。こんな性格だから、並のハンドラーには任せられないじゃないか」


「まあユーザーに反論するスマホムなんて前代未聞ですね。でももうちょっと素直な性格にはできなかったんですか?」


 耳ざとくその言葉を聞きつけたセプティはマリナに反論する。


「こうみえてもセプティは素直で大人しいとご近所でも評判だ」


「誰のご近所だ! 誰の!!」


「当然セプティのご近所だ」


 秀人の突っ込みにセプティは涼しげにそう答えた。

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