01-06/セプティが来た-その6

「その三年生が完全な幽霊部員で具体的な活動をしていない。中等部からの進学予定者に入部予定者がいない。さらには今年度の活動実績が無いに等しい。これで部室を二部屋も占拠されてはたまりません!」


 一気にまくし立てた大江に秀人もたじろぐがすぐさま反撃に転じた。


「待て待て、副会長。学園外からの新入生に入部希望者が居るかも知れないだろう? 生徒会は若人から未来を奪うというのか!? そんな生徒会があるだろうか。なぁ諸君!!」


 秀人は野次馬に呼びかけたつもりだったのだが反応はない。大江や他の執行部員ほど我慢強くなかったのか、野次馬の生徒たちは秀人とマリナが何やらやり合っている間に姿を消してしまっていた。


「……あ、あれ?」


 当惑する秀人に大江は重ねて言った。


「新学年になったら改めて新クラブとして活動を申請した上で新入部員の勧誘をするのは自由です。でもその際にはきちんとした活動方針を報告した上で、部室についても部員数などを考慮した上で改めて生徒会の方で決定します」


「ええい、それでは栄えある研究所部に廃部しろと言っているも同然ではないか!」


「言ってるも同然なんじゃありません。実際に廃部しろと言っているんです!!」


 大江はマリナに負けないほどの声を挙げた。その時だ。横からマリナが言ってきた。


「いい考えがあるわよ」


「聞こう!」


 右手でメガネの位置を直し、左手でマリナを指さしながら秀人はそう言った。そんな秀人にマリナは極上の笑顔で言った。


「諦めたらどうかしら」


「あぁ……、あっ!?」


 さすがの秀人もぐうの音も出ない。


「そ、そんな殺生であります。Ma’amマム!」


「だからあたしは田中さんの上官じゃないってば」


 制服にすがりつく田中にマリナはそう答えた。


「……噂には聞いていたけど、本当に良い性格しているわね」


 大江はひとり言のつもりだったが、生まれつきの大声にしては聴覚もいいのか、マリナは耳ざとくそれを聞きつけた。大江に一瞥をくれ、うんざりした笑みで答えた。


「どういたしまして。誉めても何も出ませんよ」


「いえ、そういう意味じゃ……」


 大江が弁明しかけた時だ。空から妙な声が降ってきた。


「あれぇ~~、あんまりオーディエンスが居ないね。ひょっとして出遅れちゃった?」


 男性の声だ。


 間違いなく頭上から聞えて来た。秀人たちが一斉に空を見上げると、三階建ての旧クラブ棟よりも少し高い位置に、何か見慣れない機械が浮いているではないか。


 ちょうどヒト一人が立てる程の大きさをした金属製の円盤に、推進剤が入っていると思われるタンクとそれを送る為のパイプがついている。

 マンホールの蓋ほどの金属製円盤の下には、推進力を発生させているであろうノズルが着いていた。


「フライングプラットホームか」


 秀人がそうつぶやく。


 直訳すれば『飛行台座』とでもすべきであろうか。垂直離着陸が可能な小型の飛行装置で通常は一人か少人数乗り。


 構造はごくシンプルで推進装置と燃料タンク、簡単な操縦システムがあるだけ。軍隊や警察組織での偵察、監視用。あるいは高所作業やアトラクションに用いられるのが一般的である。


 頭上のフライングプラットホームへ向かって大江は叫んだ。


「そこのあなた! 学園内に於ける無許可の飛行は禁止されています!」


 大江の言う事は嘘では無い。


 大企業の関与している研究機関がある為、通常の航空機ですら上空の飛行は原則禁止されている。


 日本政府は日本上空を通過する人工衛星についても神経を尖らせているほどだ。しかし頭上からはまた人をおちょくったような声が聞こえていた。


「だいじょ~~ぶ! 学園側に許可は出してあるよん。嘘だと思ったら確認してみたら」


「マーチ、確認できる?」


 大江がそう声をかけると、制服のポケットからコアラのぬいぐるみが出てきた。コアラのぬいぐるみは、人気幼児向けアニメの主人公を演じている声優の声で答えた。


「はい、確認いたします。校内イントラネットに接続。個人パスワード認証。確認しました。確かに本日午後三時から六時までこの地区での飛行実験許可願いが出て認可されています。登録番号27-02011356Aです」


 そう報告するコアラのぬいぐるみに秀人は関心を示した。


「ほう、大江副会長のイメージからすると、ずいぶんとかわいらしいだな」


「そうでありますね。大江副会長の事ですから、そもそもなんてものは興味を示さないかと思ったであります」


 秀人と田中の会話に大江は思わず頬を赤くする。


「こ、これは。ほら、妹のお下がりなの。私は普通のタブレットかウェアラブルPCが欲しかったんだけど、妹が新しいの買ったからって……」


 しどろもどろになってそう説明する大江に、田中は敢えて空気を読まずに食い下がった。


「でもこのコアラ。確かaebカンパニーの新製品でありますよ。それも主に女子小学生向けの……」


 部室の奥からさらに追い打ちがかけられる。


「去年の生徒会選挙の公報だと、大江副会長の妹さんは中等部在籍」


 速攻で検索をかけたらしい。利根川がそう報告していた。生徒会選挙の公報は広く公開されるのが目的で有り、それを検索してもプライバシー侵害には当たらない。


「ええと、だからそれは……」


 うろたえる大江に頭上の声の主が思わぬ助けになった。空中にいたフライングプラットホームがやにわに高度を下げ、そのままかなりの勢いで校庭に突っ込んでしまったのだ。土煙と共にフライングプラットホームの部品や何か籠のようなものが四方八方へ飛び散る。


「あたたた、まだ降下時の出力調整がうかくいかないなぁ。いやぁ僕もまだまだだねえ」


 そんな事を言いながらフライングプラットホームの残骸から出てきたのはスキンヘッドに丸眼鏡の男性。


 長身で白衣を着込んでいる。声からも分かっていたが、姿を確認してから秀人は改めてその名を呼んだ。


「平賀先輩じゃないかと思ったら平賀先輩じゃないですか!」


 その名に部室にいた野依と利根川も窓の側へやってきた。平賀先輩と呼ばれた男性は天を指さして言った。


「Yes!! 呼ばれて飛び出て垂直降下! 研究所部終身名誉OB平賀ひらが源代げんだい、恥ずかしながら帰って参りました!!」


 平賀源代と名乗った男が羽織っている白衣の背中には、きらびやかな金糸で科学史上最も美しい公式という『E=Mc^2』が縫い付けられていた。


 研究所部OBにして彩星学園高等部卒業生。今は彩星学園大学院で人工知能や情報工学を修めている。その一方で学園協力企業が行う研究開発に参加しており目覚ましい実績を上げている。


 この男一人で彩星学園計画を立ち上げた意味があるとまで言われている逸材。


 それがこの平賀源代なのである。だがしかしその言動は、超をいくつつけても足りないほどの変人である。ちなみに終身名誉OBというのも自称である。


「よろしい、話は聞かせて貰った」


 上空から落ちてきたばかりだというのに平賀は一方的にそう言い放った。


「いや聞かせて貰ったも何も、先輩は今しがた上空から自由落下してきたばかりじゃないですか」


「いや、違うな。違うぞ、七代目部長」


 平賀は白衣のポケットから出した扇子をパッと広げてそれを秀人に突きつける。扇子に描かれているのは周期律表。平賀は他にも円周率や素数が書かれた扇子も、普段から持ち歩いているのだ。


「この僕はどこにでも現れる『話は聞かせて貰った』キャラなのだ。実際にそれを聞いているかどうかはこの際関係ない」


「そんな理不尽な……」


 大江は呆れかえるが、平賀は至って平気な顔だ。


「この僕に理不尽は褒め言葉!!」

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