01-04/セプティが来た-その4
しかし秀人はむしろその言葉に勝ち誇った笑いを返した。
「わははははははは! 愚か者め、見ろ!!」
言うなり秀人は背後にある研究所部部室と旧クラブ棟を指し示した。
「見るがいい、あのソーラーパネル。無論、安心と信頼のメイドインジャパンだ。それだけではない。発電用風車も屋上に装備。さらにあれは地熱発電&地下水掘削用のボーリング設備だ。研究所部は現状でも自前ですべて電力をまかなっている!」
「あらそう」
秀人の反論にマリナはにっこりと笑って答えた。
「じゃあ廃部という事で」
「ええええ!?」
マリナの答えは秀人にとってはまったく予想外だったようだ。思いっきり落胆した顔をしてしまった。そんなに秀人に構わずマリナは続けた。
「学校に頼らずに部活動できるなら、別にクラブである必然性はないでしょ。学校外の敷地で勝手にやっていれば。発電した電力を売れば土地や施設を借りるくらいの資金は出るんじゃないの?」
「い、いや待て。マリナ。お前は分かってない。これはお前の……」
「あたしの……?」
思わず本音が出てしまいそうになった秀人は、慌てて口を押さえて言葉を飲み込んだ。怪訝な顔で小首を傾げるマリナに向かって、秀人は頭を巡らせる余裕もなく思いついた言葉をまくし立てた。
「いいか、マリナ。この彩星学園は文字通り日本の再生を託された一大学園都市! その学園都市に研究所の一つも無くてどうする!」
「……あるわよ」
あっさりとマリナはそう答える。
「大学に沢山あるじゃないの。宇宙工学研究所、ロケット推進研究所、流体力学研究所、微生物研究所、再生可能エネルギー研究所、装身具文化研究所……。学園の公式サイトに研究所のカテゴリーがあるのを知らないの?」
研究所を指折り数えていったマリナの言うとおりである。高等部に併設された大学にはいくつもの研究所がある。
もっとも秀人の主張も一部に限っては間違ってはいない。
この国立彩星学園は中高大学一環の巨大学園。創設された目的は秀人が言ったとおり、低下しつつある日本の国際競争力に歯止めを掛け立て直しを図る為。それ故にこれまでにない人材を幅広く集めており、いわゆる一芸主義を重視した方針を取っている。
確かに豊富な才能を募る事には成功したが、その一方ではユニークのひと言では済ませる事が出来ない、生徒たちが少なくないのも事実だ。
研究所部部長湯川秀人もその一人に数えられていた。
「その研究所のカテゴリー最上位は、当然我が研究所部なのだろうな」
「違います。そもそも学園の公式研究所ではない、生徒による一部活動、それも廃部が決定したクラブの紹介なんて載せないわよ。データの無駄!」
にべもなく言い返すマリナだが、それでも秀人は食い下がる。
「大学にあっても意味は無い。高等部にあってこそ意味があるのだ。大学は敷居が高いか、部活動の一環なら誰でも気軽に顔を出せるし、中等部、初等部の生徒児童にも親しみやすい」
「まぁその意見は一理あるとは思うけど……。大学の研究所だって、中等部や初等部の生徒も自由に出入りできるわよ」
「違う、マリナ。お前は全く分かっていない!!」
不機嫌そうに嘆息するマリナに、秀人わざとらしく渋面を作って言った。
「いいか、そもそも研究とは何だ? 探求とは何だ? 己がうちよりわき上がる疑問を追求する事から始まるものではないのか!? 先にテーマを決めた研究所でその欲求に答える事ができるのか!? いいや、できない!!」
「いきなり研究は無理でしょ。まずは基本的な事を学校で教わるのが順序というものじゃないの」
あきれ顔のマリナを秀人はメガネの位置を直し、空いた方の手で指さしながら言った。
「そう、その通りだ! まずはその基本的研究を教えるのが、我が研究所部の役目!!」
あまりの勢いに秀人の背後に何かオーラのようなものが見えるようだ。否、確かに絵に描いたオーラが見える。パネルにおそらくはポスターカラーで描いた、マンガの背景のようなオーラが。
突然の演出効果にマリナはもちろん、大江と執行部員、そして野次馬たちも言葉がない。秀人はその結果に満足したようだ。一つ肯くとパネルを持っている相手に話しかけた。
「よし、いいぞ。田中。効果は抜群だ!!」
「おやすい御用でありますよ。他にも集中線や花丸、網掛けとか色々と準備済みであります。部長!」
ゴスロリ風に魔改造した学園指定の白衣を着た女子研究所部員の田中は、大げさな態度で敬礼して見せた。
「ええい部長ではない。所長と呼べ、所長と! 研究所部所長だ!」
背後へ振り返り秀人はそう言うが田中は小首を傾げる。
「でも研究所部の偉い人なら部長でありませんか?」
「研究所部は部である以前に所なのだから、そこで一番偉い人である俺は所長であるのが当然なのだ」
言いたい事をまくし立て、前に向き直った秀人は思わずのけぞってしまった。すぐ目の前にマリナの碧い瞳が有ったからだ。どうやら田中と話をしている間に、マリナが歩み寄ってきたらしい。
「部長だろうが所長だろうが、研究所部は廃部なんだから関係ないの。いい加減に益体も無い理屈をこねるのは止めなさい!!」
「……やくたいというのは、あれか。
「違うでありますよ、部長。この場合はきっと『何の意味も無い』とかそういう意味であります。きっと。こう見えても自分は国語の成績はなかなかでありますよ」
「ううむ、そうか。しかし田中の話し方からは、到底国語の成績が良いようには思えないぞ。それから俺の事は部長ではなく所長と呼べ」
「まあ国語にはヒアリングが無いでありますからね。それからクラブの偉い人はやっぱり部長だと思うであります」
そんな話をしている秀人と田中の脇をマリナは無言ですたすたと通り抜けて行ってしまう。
「あの、マリナ……。マリナさん?」
秀人が声をかけてもマリナは無視する。どうやらマリナは説得の矛先を変えたようだ。部室には直接、外と出入りできる窓が付いている。マリナは窓のところから、研究所部部室にいる残り二人の部員に声をかけた。
「野依くんも利根川くんも、こんなのと一緒に部活していたら間抜けが伝染するわよ」
そして振り返り田中にも声をかける。
「田中さんもそう思うでしょ?」
「実にそうでありますね」
「即答するな!」
間髪を入れずに答えた田中に、秀人はもちろん質問したマリナも面食らう。
「まあ自分は元々間抜けですから、あまり違いはないと思われますですよ
そう続けて田中は笑った。そんな田中にマリナは嘆息すると部室内へ視線を戻す。
「それで野依くんと利根川くんはどうなの?」
「まあ俺も同じようなものだからなあ」
部室の中で何やら妙な機械をくみ上げていた野依は顔を上げないままそう答えた。
マリナはそのまま部室の隅へと視線を送る。
部室の隅、薄暗い空間にはCRTがほの明るく灯っていた。CRTというからには液晶ではなく、あくまでブラウン管モニターである。
最近ではすっかり珍しくなったが、さすがというか、ざっと見回しただけで、研究所部部室には他にもCRTが数個転がっているのが分かる。
年代物のCRTを前にしているのはジャージ姿の華奢な生徒。一年の利根川だ。先程から我関せずと何かのプログラムを作っているらしい。
「利根川くんは先生たちはもちろん、協力企業の関係者からも評判はいいのよ。こんな部活をやっている事なんて無いじゃないの」
「こんな部活とはなんだ、こんな部活とは……!」
さっそく秀人が反論するがマリナは無視を決め込む。
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