01-03/セプティが来た-その3

「お~~ッ、始まったね。やっぱりこうなってくれないと面白くないからねえ」


 旧クラブ棟を見下ろす校舎の屋上。古めかしい双眼鏡を使い、そこから秀人たちのやりとりを見下ろしている男がいた。


「あとは姿を現すタイミングだな。ここはやっぱり、ぱぁっと格好良く現れないとね」

 白衣を翻す男はマンホールの蓋ほどの金属製円盤の上に立っていた。円盤には腰ほどの手すりがあり男をぐるりと取り囲んでいる。


 マンホールの蓋との違いはそれだけではない。周囲に小型タンクが並び、下の方へパイプが伸びているのだ。明らかに元からこの屋上に置いてあった代物ではない。


「校内イントラネットのトラフィックが急激な増加を示している」


 手すりにかけてあったバスケットの蓋が開き、中からそう報告する声が聞こえてきた。


「研究所部と生徒会のやりとりを中継しているのが原因。何人もの生徒が勝手に生中継しているらしい」


 バスケットは猫か小型犬が入りそうな大きさだ。到底、人が入れる大きさではない。


「暇だねえ、うちの学校のみんなも」


「そういうお前が一番暇そう」


「いやいや、僕はまったく暇ではありませんよ。こう見えても色々とチャンスやタイミングを見計らっているんだ」


「今の状況ではない。お前のやり方が暇そう」


 バスケットの中の誰かは、スキンヘッドがやろうとしている事に呆れているのかも知れない。口調は抑揚がなく淡々としているが、言葉尻からはそう受け取れる。


「まぁまぁ、これもみんな君の為だから」


 そう言うと男はスキンヘッドをポンと叩いた。バスケットの中に隠れた誰かは、無言で男を見つめていたようだが、やがてパタンと音を立てて蓋を閉めてしまった。


◆ ◆ ◆


「副会長、見てください。僕たちのやりとりがイントラネットで生中継されています」


 にらみ合う秀人とマリナを遠巻きに見守っていた執行部員の一人が、そう言って自分のタブレットPCを大江に差し出した。生徒手帳より一回り大きい程度の画面の中では、小さいながらも確かににらみ合う秀人とマリナ、そして大江たちの姿も映っていた。


「こっちは別の人が映しているみたいです。あっちの校舎の二階か三階からだと思います」


 他の執行部員もそう言って腕時計型PCの画面を大江の前に出す。先程のタブレットPCよりも画面は小さいが、裸眼3Dに対応している為か、それでもちゃんと秀人やマリナたちを見分ける事が出来る。


「新聞部や放送部、マスコミ研究会は来てないみたいだけど」


 周囲を見回す大江に執行部員の一人が言った。


「いちいち取材しなくても最近は一般生徒から映像ソースを入手してますからねえ。研究所部はしょっちゅう何かしらやらかすから人気ですし」


「そんな人気は必要有りません!」


「自分が人気ないからってやっかむなよ~~ッ!」


「そうだそうだー!」


 思わず大きな声を挙げた大江に、周囲に詰めかけていた野次馬がはやし立てる。そんな野次馬たちに向かって、大江はキッとなって言い返す。


「あなたたち、いい加減にしなさい!!」


 しかしあまり効果は無く、むしろ野次馬の間から笑い声が上がるほどだ。

 もっともその相手がマリナとなると別。ストレートの長い金髪を掻き上げながら背後を一瞥しただけで野次馬たちは男女問わず黙り込む。


「……何が違うんでしょうねえ」


「うるさいわね」


 執行部員のぼやきに大江はむきになってそう言い返した。


「人気ねえ……。確かに人気があるのも困ったものね」

 マリナは嘆息しながら胸の前で腕を組んでみせる。スレンダーなスタイルに反して、意外にもボリュームのあるバストが強調されて、見ていた野次馬の生徒たちは男女がそれぞれ違う意味で息を呑んだ。


 そして先程の執行部員はマリナと大江を見比べ一つ首肯してつぶやいた。


「なるほど」


「なにがなるほどよ!!」


 そんなやりとりに構わずマリナは秀人へ向かって切り出した。


「それじゃあ話を戻しましょう。秀人、あなたはクラブ活動をやりたいのよね。研究所部の活動を」


「無論だ!」


 白衣の秀人は胸を張ってそう答えた。


「それは理解したけど、結局、研究所部の活動内容は具体的にどういう事なのかしら」


 秀人が答える前にマリナは制服のポケットから愛用の改造携帯を取り出して、ここへ来るまでにダウンロードしておいた資料に目を通す。


「生徒会へ提出された資料によると『世界征服』『真実の探求』『ビーカーでインスタントラーメン』とあるわね。どうして生徒会はこんな内容でクラブ活動を承認したのかしら」

 マリナのその言葉に野次馬はもちろん執行部員の間からも失笑が漏れた。しかし秀人はそれに動じること無く言った。


「いやまだだ。まだ書き忘れていた事がある! それは『学会への復讐』だ~~ッ!!」


「ハイハイ、酔狂もその辺にしておきましょう」


 携帯をしまうとマリナは一方的に宣言する。


「廃部! 廃部よ、廃部!!」


「ま、待てマリナ! 話を聞け!!」


「これ以上、何を聞いても埒が明く気配すらないでしょ!! インスタントラーメンくらいちゃんとお鍋で作りなさい!!」


 マリナがそう言った瞬間、秀人はにやりと笑った。


「ふふふ、地雷を踏んだな。江崎マリナ!!」


「な、なによ?」


 秀人が突然見せた余裕に、さすがのマリナもたじろぐ。そんなマリナに向かって秀人は、例によって芝居がかかった態度でメガネの位置を直しながら言った。


「お前も小学生の頃はビーカーで作ったインスタントラーメンが好きだったではないか!!」


「……え、ええ!?」


 出し抜けにそう指摘されてマリナは真っ赤になる。そして今までの落ち着きを失い、慌ててまくし立てた。


「な、な、なによ! そんな子供の時の話なんて持ち出して卑怯よ!!」


「ぬはははは、卑怯もらっきょうもあるものか!」


 形勢逆転とみた秀人は一気に畳みかける。


「理科室にはラーメン用のMyビーカーも確保していたな。そればかりではない。コーヒーを入れる時の濾紙の折り方も、ヒダ折の方がおいしいような気がすると言っていたではないか!」


「だからそれは子供の頃の話だって言ってるでしょ! もうビーカーでラーメン食べたりしないし、あんたみたいなマッドサイエンティストと一緒にしないでよ!」


「ほぉ、では俺がマッドサイエンティストと認めるか?」


「あなたがそう自称しているんでしょ?」


「そう、その通り!」


 ふんぞり返る秀人だが、今度はマリナがにやりと笑う番だった。


「で、そのマッドサイエンティストさまは何を研究しているのかしら?」


「は……?」


 勝ち誇っていたところで虚を突かれた秀人は思わずうろたえる。その隙を見逃さずにマリナはまくし立てた。


「マッドサイエンティストと言うからには『マッド』を研究しているわけでしょ? この場合のマッドは何かしら? 発音からするとMudに聞えたんだけど、つまり泥を研究しているという事なのかしら?」


「ま、待て。なんだその屁理屈は!」


「屁理屈であろうと、通る理屈は正しい理屈と言ったのは、どこの誰かしら?」


 マリナのその指摘に秀人はわざとらしく考え込む。


「いやまったく誰だろうな。そんな理不尽な事をいう奴は」


「あなたがついさっき言ったばかりでしょう!!」


 二人のやりとりに野次馬や執行部員の間からも笑いが漏れた。


「とにかく!」


 背後から聞えた笑い声に罰の悪い顔をしながらマリナは言った。


「廃部よ、廃部!! そんな何をやっているんだから分からない部活に、学校から活動費を出すわけにはいかないわ!」

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