01-02/セプティが来た-その2
その面にはまだ笑みが浮かんでいるが、それは大江に向けられたものとは明らかに違う。どこか挑発的で、そして威嚇するような雰囲気があり、また慈しむような空気すら醸し出している。
そしてなにより不思議な迫力があるのだ。その笑みに気押しされるように、秀人は思わず一歩二歩と後退ってしまった。
「マ、マリナ……?」
うろたえる秀人にマリナは言った。
「秀人、まず最初にはっきりさせておきたいんだけど……」
どうにもマリナは生まれつき声が大きい。今もそれなりに押さえているつもりなのだろうが、華奢な体格からすると信じられないくらいの声量に思える。
「今も言ったようにマクロとミクロの概念をごっちゃにするのは良くないわよ。マクロの状態で量子レベルの不確定は確率的には無視できるわ。理屈の上ではコップにいれた水はそのまま宙に浮く事があり得るけど、日常的には無視できる程度の可能性でしょ」
「いや、まあそれはたしかだがな。マリナ。そもそもマクロとミクロの境界線を一体どこに置くべきか……」
しどろもどろになりながらも反論する秀人だが、それに構わず大江はマリナに向かって言った。
「あの、江崎さん。問題はそっちじゃなくて、研究所部の廃部と部室の引き渡しの事何だけど……」
「あら、いけない。つい気になっちゃって……」
大江の指摘に思わず口元を押さえ、一つ深呼吸をしてからマリナは改めて言った。
「いい加減にしなさい、湯川秀人!!」
完全にリミッターを解除した声量は、メガホンを使った大江の声をはるかに上回る。すぐ後にいた大江が再び耳を塞いだほどだ。
川端の言う通り戦略拡声器は伊達では無い。
「あなたの狼藉にはみんなほとほと手を焼いているのよ。秀人!! 少しは周りの迷惑を考えたらどうなの!!」
小学校は同じだったが、中学は別だった。この通り高校は同じだが、これまであまり話す機会は無かった。秀人の方から避けていたからだ。それだけに突然現れたマリナに秀人は動揺を隠せなかった。
この状況では逃げるわけも行かない。何か反論しなければ。秀人はとにかくまくし立てた。
「待て待て、マリナ! お前は俺の話を聞いていなかったのか!? この研究所部は真実追究の牙城にして、自由なる思想の象徴! 確かに部員は足りないかも知れないが、それは校則に問題があるんであってな……」
何を言ってるのか自分でもよく分からなくなっている。そんな秀人にマリナは金色の髪をかき上げて言った。
「まったくもって金輪際聞く必要は無いわ!!」
落ち着け湯川秀人。何か言いくるめる方法はあるはずだ……!
救いを求めるように周囲を見回した秀人は、大江と執行部員たちの後や、近くの校舎で多くの生徒が野次馬を決め込んでいる事に気付いた。
なるほど、そうか! 大江はクラブ予算の大幅削減を提案していたはず。三年生の卒業を待たずに研究所部を廃部にしようとするのもその一環であり、クラブ活動に熱心な生徒たちにとっては他人事ではないのだ。
これだ!
「わはははははははは……!」
やにわに大笑する秀人にマリナは怪訝な顔をする。
「なによ、気味の悪い笑い方して……」
そんなマリナに構わず秀人は言った。
「ふふふ、権力者である生徒会の走狗になりはてたお前には分かるはずもない。しかし真実は我が手にある!!」
「……はぁ?」
マリナは首を傾げるが、それに構わず秀人は周囲に詰めかけていた野次馬たちの方へ顔を向けた。
「聞け、皆のもの!! この彩星学園は日本再生の為、個性豊かな人材を育てる為に創設されたものだ! その彩星学園のクラブ活動が単なる部員不足だけを理由に活動を停止されていいものだろうか!!」
いきなり秀人に呼びかけられて野次馬たちは当惑気味だ。しかし中には秀人の読み通り、大江を中心としたクラブ予算削減の動きに納得のいかない生徒もいた。そんな生徒たちが秀人に乗せられて声を挙げた。
「お~~、そうだそうだ!!」
「もっと言ってやれ、湯川!」
「生徒会は横暴だ~~ッ!」
「横暴横暴横暴~~ッ!!」
執行部員の周囲や校舎から眺めていた野次馬が口々にはやし立てる。もっともほとんどの生徒は面白がっているだけ。
確かに生徒会への不満も奥底にはあるのかも知れないが、だからと言って公然と反抗する程でもない。それに何といっても大江は副会長。現生徒会長はむしろ大江の方針には反対の姿勢を取っているのだ。
「あ、あなたたちねえ! いい加減にしなさい。そもそも好き勝手にクラブを増やした結果、予算が足りなくて満足に部活動ができない所もあるのよ!」
大江は
「ふふふ、どうかな。マリナ。みよ! 生徒諸君は我が同志だ!!」
勝ち誇ったようにそう言う秀人にマリナは不敵な笑みで返す。
「どうかなって何が……?」
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