01/セプティが来た
01-01/セプティが来た-その1
「研究所部部長湯川秀人くんに対して、彩星学園高等部生徒会副会長として通達いたします!! 今すぐ旧クラブ棟一階A室及びB室を明け渡しなさい! 研究所部は校則により廃部となります! 廃部に伴い部室は生徒会の管理下に置かれます!!」
メガホンでそう呼びかけてもすぐに返答はない。もう一度、警告が始まろうとした時、旧クラブ棟の窓がさっと開け放たれ、室内から一人の男子生徒が現れるや声の限りに叫んだ。
「私は学会に復讐してやるんだー!!」
出し抜けに返ってきた脈絡のない答えに、生徒会副会長
「な、なによ。その学会というのは!?」
大江はメガホンを握り直して尋ねた。
「なに、気にするな。マッドサイエンティスト一流の挨拶のようなものだ」
ところどころ薬品の染みが付いた白衣の裾を翻しながら、研究所部部長湯川秀人は高らかに答えた。
「そんな不作法かつ無意味な挨拶があるものですか!!」
「否! 断じて否!! 不作法でもなければ無意味でもないぞ!! これは既存の常識に対する知識の牙城からの宣戦布告でもあるのだ!」
「知識の牙城はもういいからさっさと部室を明け渡しなさい!!」
「ふふふふ、これだから旧来の常識に囚われた人間は困る」
そう言うと秀人はわざとらしく肩をすくめ冷笑を浮かべてみせた。
「そもそもこの学校は生徒の自主性を重んじ、常識に囚われない生徒を育成する事が目的! クラブの廃部が決まったからといって、即部室を明け渡せはまさに笑止千万! へそでエーテルが沸騰するわ!!」
ちなみにエーテルの沸点は34.6℃なので、人間の体温でも容易に沸騰する。つまり秀人の言うように、へそでエーテルが沸騰するのは当然なのである。
「学校の趣旨と一クラブのわがままは違うでしょ。そもそも校則でクラブは部員五人以上。四人以下は廃部と決まっているじゃないの!!」
「ふふふ、いつ我が研究所部の部員が五人を割ったというのかな?」
「え……」
秀人の答えに大江は一瞬、狼狽する。そんな大江を見て秀人は芝居がかかった態度で目元に指をやった。しかし指先は勢い余りそのまま目元を突いてしまう。
「つ~~ッ!」
思わず目元を押さえる秀人に、背後の研究所部部室から声がかけられた。
「先生、先生!! メガネは頭の上ですよ!!」
部室からそう声をかけたのは、髪を赤く染めた男子生徒、野依。研究所部員の一人だ。同じ学年であるにも関わらず秀人を『先生』と呼び、敬語を使っている妙な生徒だ。
「おお、すまん。野依。ついうっかりしてしまった。……さて、どこまで話したかな」
「研究所部の部員が五人以下になったので廃部という所までよ」
大江は素直にそう教えてやった。秀人は一つ肯くと話を続けた。
「うむ、そうだったか。今の研究所部員は俺と野依、そして田中に利根川……」
「その四人だけよね」
そう念を押す大江に秀人は勿体ぶって頭を振る。
「いやいや、もう一人いるではないか。三年生の……、ええとなんて名前だったかな」
記憶を探るが秀人はどうしても思い出せない。
「その三年生の部員だけど、幽霊部員で一度もクラブに出席した事がないそうね。それにもうすぐ卒業だから、どちらにせよその時点で廃部になります」
大江はにべもなくそう言い放った。
「どうという事もない!」
秀人はふんぞり返ってそう告げる。
「そもそも校則で部員の最低人数を決めているのは、クラブ活動を支障なく行うのが目的。即ちクラブ活動に支障が無ければ、人数はどうでも良いという事になるではないか」
秀人のその答えに、さすがに大江は堪忍袋の緒が切れた。顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「そんな事になりません! なんですか、その屁理屈!!」
「屁理屈であろうと、通る理屈は正しい理屈! 不確定性原理を見ろ! なんとなく騙されたような気がするが、その正しさは立証済みだ!!」
「不確定だか何だか知りませんが、そんなものは関係ありません!」
「いや、関係ないとも言えないぞ。三年生部員は、誰も観測した事がないが、すなわちそれはクラブに参加していないというわけでもない。我々の知らぬところでちゃんとクラブ活動をしていた可能性も……」
次の瞬間、旧クラブ棟も揺れるほどの大声が響いた。
「マクロの概念とミクロの概念をごっちゃにするなー!!」
女の子の声だ。
誰もが耳を押さえ声の主を探す中で、一人の女子生徒が金色に輝く髪をなびかせて、居並ぶ生徒会執行部員の間から現れた。
「お前……」
姿を見ずともその大声の時点で秀人にはその正体が分かっていた。歩み寄ってくる彼女の姿に思わず絶句する。
「あなた、一年の江崎さん……」
自分の方を振り返りそう言う大江に江崎マリナはにっこりと人なつこい笑みで語りかける。
「ここはあたしに任せてください」
「でもこれは、生徒会と執行部の仕事……」
大江が言い終えるのを待たずにマリナは繰り返した。
「ここはあたしに任せてください。……ね?」
語尾に思い切り力が込められている。国籍は日本だが両親ともアメリカ育ちという事もあってか押しの強い性格のようである。大江はそんなマリナに押し切られるように曖昧に肯いてしまった。
「ありがとう」
マリナは重ねて笑いかけると、ゆっくりと秀人の方へ振り返った。
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