第39話 不穏な空気

 2日後、俺たちは第20階層に到着した。

 この2日で俺のレベルは53から54に、祈のレベルは52から53と、1つずつ上がっていた。

 目標の55レベルにこそ到達していないが、レアダンジョン『古代神殿跡』での経験値獲得もあり、想定以上の数値だ。


 20階層に到着した翌日早朝、俺たちは町の中心部にある飲食店に入った。木の温もりを感じる内装で、窓から差し込む陽光が柔らかな雰囲気を作り出している。

 ダンジョンの安全区域では冒険者が店を開いていることも多く、この飲食店もその一つだ。


「いらっしゃい。何にしますかね?」


 店主の親しみやすい声に頷き、俺たちは窓際の席に座った。


「とりあえず、軽食を2つ」

「はいよ」


 注文を済ませた後、俺と祈は今後について話し合うことにした。


「さっそくダンジョンボスに挑みたいところだが、その前に最低限の準備はしておきたい」

「準備となると、アイテムなどですか?」


 祈の質問に、俺は首を横に振る。


「いや、もっとシンプルに特訓だな。20階層のフロアボスは手数が多く遠距離攻撃手段も備えている。祈にも、それを躱せるだけの身のこなしが必要になる」

「き、聞いただけでも大変そうですね……」


 祈の表情が不安げに曇る。確かに今までよりも難しい戦いになるだろう。

 もちろん、できる限り俺が守るつもりではあるが、ボスの特性からしてそう簡単にはいかないはず。祈にもある程度は覚悟してもらう必要がある。

 もっとも、この階層に上がってくるまでに似た特訓は重ねてきたし、祈の才能なら十分に可能なはずだ。



 その後、届いた軽食を食べていると、突然店の扉が開く音が響く。

 振り返った先には、意外な人物の姿があった。


「奏多さん、あれって……」

「ああ」


 扉を開けて入ってきたのは霧崎だった。

 どうやら俺たちと近いタイミングでこの階層まで来ていたようだ。

 その金色の長髪は、店内の照明を受けて一層輝きを増している。

 しかしその表情は相変わらず冷たく、周囲を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。


 と、ここで気付く。

 彼女の後ろには、見慣れない冒険者の集団が付いてきていた。

 彼らが店内に入った瞬間、なぜかピリリと緊張感が走る。


 その時だった。

 集団の先頭に立つリーダーらしき男が、薄っぺらい笑みを浮かべながら口を開く。


「まあまあ聞けって、アンタが最近、ソロで次々と狩場を荒らしている剣姫だろ? ここであったのも何かの縁、一緒にボス討伐と行こうじゃないか」


 すると、霧崎が「はあ」とため息を吐き、鋭い目を後ろに向ける。

 彼女の表情には明らかな苛立ちが浮かんでいた。


「だから言ってるでしょう。私にそんな気はないわ」

「おいおい、そう言うなよ。俺たちは20階層のボス攻略を目指す先行組だぜ? 一緒に組むことで、お互いにメリットがあるはずだ」


 集団のリーダーらしき男が、しつこく勧誘を続ける。

 ここまでの話から察するに、この店に入ってくるまでも霧崎に付きまとい、勧誘し続けていたようだ。


「ここまで順調に攻略してきたお前さんは知らないかもだが、20階層のボスは一筋縄じゃいかねえんだぜ? 本来の超越階層主ハイ・フロアボスに比べりゃマシとはいえ、強力なボスだ。普通は大人数でのレイド戦に決まってる」

「そう、ご忠告どうも。でも結構よ。放っておいてもらえる?」

「おい、なんだその口の利き方は!」


 男の部下が声を荒げる。

 店内の空気が更に張り詰めていく。


(やれやれ、また揉め事か……)


 俺はため息をつきながら、霧崎と男たちの様子を見守っていた。

 この展開には、どこか既視感がある。


「ほら、お嬢ちゃん。そんな意固地にならずによ。一緒にやろうぜ?」


 男が霧崎の肩に手を伸ばそうとした瞬間、彼女は素早く身をひるがえす。

 その目には、冷たい炎が灯っていた。


「触らないで。これ以上しつこく付きまとうなら……」


 霧崎の声に警告の色が混じる。

 しかし男たちは、むしろその態度に面白がるような表情を浮かべていた。


「おっと。そうそう、その強さがあるから誘ってるんだぜ? 一人で全部やろうってのは、ちと無茶が過ぎるんじゃないか?」

「しつこいわね……」


 緊張感が徐々に強まっていく。


「「………………」」


 俺は祈と目を合わせた。

 このまま見ているわけにもいかないが、介入のタイミングを見計らう必要がある。


 しかし、そうこうしているうちに、事態は更にエスカレートしていくのだった。

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