第38話 〈雷霆の鼓動〉

 霧崎が立ち去った後も、俺は少し彼女のことが気になっていた。

 独特な戦闘スタイルと、あの冷たい態度。

 何か引っかかるものを感じ、俺は彼女と関わりのありそうだった冒険者たちに声をかけることにした。


「少しいいか?」

「何だ?」

「さっきの子について少し気になることがあって、幾つか訊かせてもらいたいんだが……」


 声をかけられた冒険者は、少し警戒するような目つきを向けてくる。


「……そのくらい別にいいが、俺たちだって知ってることはそんなないぞ」


 そういった前置きの後、片桐と名乗った冒険者は語り始めた。

 少女の名前は霧崎エレナ。

 ここ最近、破竹の勢いで攻略を進めている有望な新人で、踏破ランキングの10位前後に名前が載るほどの実力者らしい。


「最近うわさのノーネームに比べたら大したことないかもしれねぇが、天才であることには変わりないだろ?」

「……そうだな」


 本人である俺は少し答えを濁す。

 その様子を不思議そうに見た片桐は、さらに説明を続けた。


 これまで順調に攻略を続けてきた彼女だが、驚くことにチュートリアル階層を抜けた今もソロで活動しているという。

 それを聞いた片桐たちは、同階層にいる彼女をパーティーに誘ったらしい。


 最初は断られるも、その後すぐに『古代神殿跡』が出現。

 その情報をいち早く手に入れた片桐は、自分たちだけでは攻略できないと判断し、再び霧崎に臨時パーティーを組まないかと提案した。

 悩んだ末に一度は頷いた霧崎だったが、彼女は片桐たちを出し抜くように、さっさとボスを倒してしまったというわけだ。


「……なるほど」


 状況を把握した俺は小さく頷く。


「俺たちが知ってるのはこんくらいだ」

「いや、十分だ。ありがとう」

「まったく、恩ってものを知らない奴に関わるんじゃなかったぜ……」


 そう吐き捨てるように言って、片桐は立ち去っていく。

 その背中には、裏切られた者特有の苦々しさが滲んでいた。


 するとその直後、残された祈が気になったように声をかけてきた。


「奏多さん、何か引っかかるところがあったんですか?」

「ああ。さっきの戦いを見て、彼女のスキルに心当たりがあってな」


 祈がきょとんと小首を傾げる。


「スキル……? そういえば、雷を操って戦ってましたよね。火力も範囲もすごかったですけど……」

「恐らくだが、あれは〈雷霆らいてい鼓動こどう〉だ」

「雷霆の鼓動……ですか?」


 俺はこくりと頷いた。


 〈雷霆の鼓動〉。

 それは雷を自由自在に操ることができるようになる、非常に強力なレアスキル。

 〈調律〉にも引けを取らず、使用するには圧倒的な才覚が必要となる。

 その珍しさたるや、確定で獲得できるクエストが存在する〈調律〉と違い、第1階層のボス部屋などのランダム獲得しか手段が存在しないほどだ。

 そのスキルを与えられる=冒険者として圧倒的才覚があることの証明だった。


 反面、〈雷霆の鼓動〉には大きなデメリットもある。

 スキル発動中、自動で周囲に雷の空間を展開するのだが、あの空間は自身に対するバフ効果を生み出すのに対し、他者にはデバフとなってしまうのだ。

 仲間と戦うには使い勝手の悪い、ソロ向けのスキルだった。


 最後まで聞いた祈は、納得したように頷く。


「な、なるほど。それで彼女は、ソロで活動しているんでしょうか」

「……多分な」


 そう返しつつも、俺はそれだけではない気がしていた。

 スキルの都合でソロをしているだけにしては、発言や態度に険があるような気がしたからだ。


(まあ、これ以上、他人についてあれこれ考えても仕方ないか……)


 俺はそう考え、一旦この件から意識を逸らすことにした。

 今は目の前の目標に集中すべきだ。



 しかし、その2日後。

 俺たちは第20階層で、彼女と再会することになるのだった。

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