第37話 金髪の少女

 ボス部屋の手前に到着すると、既に激しい戦闘音が響き渡っていた。

 そして不思議なことに、その入口には複数の冒険者が立ち尽くしている。


(どういうことだ? こういうレアダンジョンの場合、先に戦っている人がいても奪い合いになるのがほとんどだが……)


 そう考えながら入口に近づき、中を覗き込んだ。


『ガァアアアアアア』


 轟音と共に姿を現したのは、翼を広げた巨大な石像の怪物だった。

 俺はすぐに魔物のステータスを確認する。



――――――――――――――――――――


苔むした石像鬼モス・ガーゴイル

 ・レベル:60

 ・ダンジョンボス:『古代神殿跡』

 

――――――――――――――――――――



 名前は苔むした石像鬼モス・ガーゴイルで、レベルは60。

 翼を広げた巨体は優に4メートルを超え、その体表は青緑色の苔に覆われている。

 しかしそれは決して脆さを意味するものではなく、むしろ石の装甲に更なる強度を与えているようだった。

 素早さと頑丈さを兼ね備えた、非常に厄介な魔物であることは間違いない。


 そしてそんな強敵を相手に戦いを繰り広げているのは、一人の少女だった。


 金色の長髪が宝石のように輝き、整った容姿は彫刻で作られたよう。

 しかしその瞳には冷たい光が宿り、周囲を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。


「ハアァッ!」

『ガァァァ!?』


 彼女はボス部屋を自由自在に駆けながら、刀身が細めな剣を振るう。

 その度に雷撃がボス部屋全体に轟き、バチバチと電撃が残り続けていた。


「これは、もしかして……」


 一瞬の閃光に目を細める俺の前で、少女は戦いを続ける。

 雷を纏った剣が次々と石の装甲を削り、やがてその防御を完全に破壊した。


「トドメよ!」


 凛とした声と共に放たれた渾身の一撃。

 それを受けたモス・ガーゴイルは、粉塵と化して崩れ落ちる。


『ガ、ガァァァァァ』


 鳴り響く魔物の断末魔。

 俺たちが手を出す暇もなく、討伐は完了したのだった。


「終わっちゃいましたね」

「……ああ」


 残念そうな祈の呟きに頷く。

 すると、外で待機していた冒険者たちが血相を変えて中に入って行った。


「おい、霧崎! テメェ、何考えてやがる!?」

「何かしら?」

「ボスは全員で倒すはずだったろ!? このダンジョンが出現したって教えたやった恩を忘れたのか!?」


 しかし、霧崎と呼ばれた少女は動揺の色すら見せない。

 それどころか冷たい視線を向け直す。


「別に、一緒に攻略する約束なんてしてないわ。私はただ誰よりも多くの魔物を倒して最奥に来て、出現したボスを倒しただけ。貴方たちが道中の雑魚に手間取っているのが悪いんじゃないの?」

「なっ……」


 ……ふむ。

 話を聞くに、どうやら霧崎がボス討伐の経験値を独り占めするために、他の冒険者たちを出し抜いたというところだろうか。

 それだけじゃなく、道中の魔物も彼女一人で多く討伐してしまったようだ。


 彼女の行為は決して褒められることではないが……

 道中の魔物やボスに至るまで、たった一人で倒したという事実には、率直に言って少し驚いていた。


(ダンジョンに入る前に危惧していた実力者がいたってわけだ)


 そんな風に状況をまとめていた直後だった。

 ボス部屋――否、ダンジョン全体が、突如として淡い光に包まれ始めた。

 すると、隣にいる祈が戸惑ったような声を上げる。


「奏多さん、これは……」

「ダンジョンが消滅する前兆だな。レアダンジョンはボス討伐後に消滅するから、中にいる冒険者は強制的に外へ放り出されるんだ」

「な。なるほど……」


 そう説明しているうちに、ひと際まばゆい光が放たれる。

 直後、俺たちはダンジョンの外に転移していた。


 周囲には攻略中であったであろう冒険者たちの姿が見える。

 突然の転移に、混乱の声が飛び交っていた。



「なんだよ、何が起きた?」

「ダンジョンが消えたんだ」

「ってこといは、もう誰かがボスを倒したってことか? くそっ、俺たちまだ半分も攻略してないっていうのに……」



 彼らはもうダンジョンが消滅したことに驚いたり、不満の声を上げていた。

 この中でボスを倒したのが誰か分かっているのは、俺と祈に加え、ボス部屋にいた冒険者たちのみ。


 俺が霧崎に視線を向けると、偶然にも彼女と視線がぶつかる。

 彼女はそのまま俺の隣に立つ祈を見て、顔を逸らした。


「ふんっ。お友達と一緒に遊び半分でやってるようなヤツらに、何かを言われる筋合いなんてないわ……」


 そう言って、彼女は我先にこの場を立ち去っていく。

 その姿がなぜか、やけに俺の脳裏に焼き付くのだった。

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