第29話 『新世紀会』

 ボス部屋の出口を抜け、俺と祈は第11階層に足を踏み入れた。

 目の前に広がるのは草原、所々に大岩が置かれた大地。

 遥か奥には大きな町の姿も見える。チュートリアル階層を抜けた冒険者が最初に辿り着く『グランドフィールド』だ。


 辺りを観察している中、突然アナウンスが鳴り響いた。



『ランキングの更新をお知らせします』

『冒険者【NoName】によって本ダンジョンの第十階層、最速踏破記録が更新されました』



 それを聞き、俺と祈は顔を見合わせた。

 祈がはにかみながら口を開く。


「分かっていたことですけど、改めて聞くとびっくりします……私、こんな凄い人とパーティーを組んでいるんですね……」

「そんな大げさな。祈の力もあってこそだ。これからも一緒に頑張っていこう」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」


 そんな会話を交わしながら、俺たちは町へ向かって歩き始める。

 しかし町まであと少しのところで、不穏な影が立ちはだかった。


「少々お待ちください」

「「っ」」


 町の入口付近にある大岩の陰から、3人の冒険者が姿を現す。

 スキンヘッド頭の大男に、優男とでも言うべき容姿が特徴的な細身の男。

 そしてその中心には、30代半ばらしき、あまり特徴のない男が立っていた。


(コイツらは……)


 思わず目を細める俺に対し、男はにこやかな笑みを浮かべて話しかけてくる。


「突然のお声掛け失礼いたします。お二人のどちらかが、今のアナウンスにあった【NoName】さんということでよろしかったでしょうか?」


 いきなり名指しされ、俺は身構える。


「……お前は?」

「おっと、申し訳ありません。自己紹介が遅れましたね。先ほどのアナウンスを聞いてつい舞い上がり、慌ててこちらに参ったもので。私は鳴海なるみ 京志郎きょうしろうと申します。クラン『新世紀会しんせいきかい』のリーダーを務めております」


 そう言って頭を下げる鳴海。

 俺は鳴海に向かって冷たく言い放つ。


「で、何の用だ?」

「その前に改めて確認を。様子を窺うに、【NoName】は貴方ということでよろしいのでしょうか?」

「……だとするなら?」


 その返しに対し、鳴海は一層笑みを浮かべる。

 そして、


「一つご提案がございます——【NoName】さん。私のクラン、『新世紀会』への入会をご検討いただけませんか?」


 唐突に切り出された勧誘に、俺は思わず眉をひそめるのだった。



 ◇◆◇



 時間は少し遡り、奏多たちがエクストラボスに挑む前日のこと。

 『新世紀会』の活動拠点たるクランハウスには、リーダーの鳴海と数十人のメンバーが集まっていた。

 服装は白色のローブに統一され、まるでのようである。


 そんな中、リーダーである鳴海がゆっくりと口を開く。


「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。本日の議題は、最近密かに注目を集めている新人冒険者【NoName】についてです」


 鳴海の言葉に、信者たちがざわめく。

 そんな中、鳴海の腹心である大男――高砂たかさごが声を張り上げた。


「たった今、第9階層の最速記録が【NoName】によって塗り替えられた! 過去に類を見ない速度であり、このペースなら数日のうちにチュートリアル階層が全て踏破されることだろう」

「「「おお……!」」」


 どよめきが会場を包む。

 冒険者たちの間で噂になりつつも、異端の存在として扱われてきた【NoName】。

 その実力の高さを改めて認識し、メンバーは驚愕を隠せなかった。


 鳴海は彼らを軽く手で制すると、話を続ける。


「以前から申している通りです。この男の力、我らの理想のために役立ててもらいましょう」


 彼らはまるで教祖の言葉を聞くがごとく、鳴海の話に耳を傾ける。


「皆さんご承知の通り、我が『新世紀会』の目的は【夢見ゆめみ摩天城まてんじょう】の完全攻略。誰よりも早く最上階へ到達し、この世界を平和に導く——それこそが私たちの夢なのです。そのためにはより強力な戦力が必要不可欠。ゆえに私は提案します。【NoName】をこのクランに、仲間に引き入れるのです!」

「「「おおおおお!」」」


 割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 まるで予め台本でも用意されていたかのような反応だった。


 鳴海は笑みを深める。


「それでは具体的な作戦を説明しましょう。ここまでの流れからして、【NoName】は数日以内に第11階層へ到達する見込みです。これまではチュートリアル階層の制約で直接コンタクトを取ることができませんでしたが、今回は最大のチャンスです。他のクランに先駆けて、入口で【NoName】を待ち伏せするのです!」


 その提案に、彼ら――は熱狂的に同意を示す。

 まるで異論など最初から存在しなかったかのように。


 その後も鳴海は部下たちに細かな指示を与えていく。

 第11階層の入口に数名の信者を配置し【NoName】の到着を監視させ、アナウンスを合図に誰が本人かを見抜き、声をかける算段だった。



 ――――鳴海の読み通り、作戦は完璧に成功した。



 第9階層攻略からわずか翌日、第10階層のランキングが更新されたとのアナウンスが鳴り響いた。

 同時に2人組の冒険者がやって来たと報を受けた鳴海は、大男の高砂、細身の吉沢よしざわと共に現地へ急行する。


 その道中、高砂が不安げに尋ねてきた。


「万が一、勧誘を拒否された場合はどうしますか?」

「そんなこと、訊くまでもないでしょう……処理します」

「はっ」


 そう答える鳴海の目は、どす黒い野望に濁っていた。

 彼の視線の先には、大勢の信者たちの姿がある。


 彼らは自分の意志で鳴海に従っているように思えるが、実はそうではない。

 実は彼らのほとんどが、鳴海の意のままに操られた存在なのだ。

 ――鳴海が持つレアスキル〈洗脳せんのう〉の力によって。


 始めから鳴海に、世界を救うつもりなど毛頭ない。

 彼の中にあるのは、実力者が跋扈する摩天城の中で、王として君臨することのみ。


(そう。それこそが洗脳という特別な力を与えられた、私の使命なのです)


 そんな信念のもと、鳴海は仲間を集めていた。

 冒険者の中には、他者を支配するために自分の力を振るいたいと考える者も多い。

 高砂や吉沢を含め、幾人かは鳴海の計画に賛同し仲間になっていた。


 だが、中にはそれに応じなかった者もいる。

 その場合の対応は決まって一つ。

 洗脳を使い、強制的に支配してみせるのだ。


 鳴海のスキルと頭脳は非常に凶悪だった。

 その証拠に、かつて――『新世紀会』の信者数は数十万人規模に膨れ上がり、日本最悪の犯罪組織と呼ばれるまでになったほどだ。



 その魔の手が、今や【NoName】へ――奏多たちに迫ろうとしているのだった。

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