第30話 純黒の殺意
「一つご提案がございます——【NoName】さん。私のクラン、『新世紀会』への入会をご検討いただけませんか?」
そう言ってクラン加入を提案してくる鳴海に対し、俺は思わず眉をひそめた。
そしてすぐ、首を左右に振って返答する。
「俺たちはもうパーティーを組んでる。悪いが、それは難しいな」
しかし、鳴海は諦めずに食い下がってきた。
「まずはお話だけでも聞いていただけませんか? 機密事項があるため、【NoName】さんにしかお伝えできないのですが……決して後悔はさせません!」
「…………」
俺は少し考え込む素振りを見せた後、顔を上て告げる。
「……分かった。話だけなら聞いてやってもいい」
すると、鳴海の表情が明るくなる。
「ありがとうございます。では、一旦場所を変えさせていただきたいのですが……」
チラリと祈の様子を窺う鳴海。
俺はため息を一つ吐いた後、祈に向かって言った。
「祈、すまないが、先に町の中に入っていてくれないか?」
「え? で、でも奏多さん、大丈夫なんでしょうか? 言いにくいんですが、少し怪しく見えると言いますか……」
心配そうに尋ねてくる祈だが、俺には考えがあった。
(“聞こえるか、祈”)
(“奏多さん?”)
〈思念伝達〉を用い、祈に語りかける。
(“祈に一つ、頼みたいことがある”)
(“頼みたいこと、ですか?”)
(“ああ、それで、その内容なんだが――”)
いつまでも無言で向かい合っていると鳴海から疑われるため、端的に指示を出す。
すると、
「えっ!? ほ、本気ですか!?」
あまりにも予想外な提案だったのか、祈は声を上げて反応した。
俺は目だけで制した後、改めて頼むように頷いた。
(“……わ、分かりました”)
ぎこちなく頷いた祈は、数秒間その場で立ち止まった後、俺たちを置いて安全な町の中へ入って行く。
それを見届けた後、俺は鳴海に顔を向ける。
「悪い、待たせたな」
「いえいえ、この程度大したことは。それよりもこちらへどうぞ」
鳴海の案内に従い、俺は彼の後ろを歩いていくのだった。
◇◆◇
奏多と共に歩きながら、鳴海は改めて提案を始めた。
世界平和のための摩天城攻略など、表向きの理想を熱心に語る。
しかし、奏多からは何の反応も得られない。
やがて、ひと際大きな岩の前まで移動し、鳴海は立ち止まった。
「……と、これらが私たち『新世紀会』の信念ですが、お気に召していただけなかったでしょうか?」
「そうだな」
「……ふむ」
鳴海は顎に手を当て考え込むような素振りを見せた後、改めて奏多を真正面から見つめたくる。
「最後にもう一度だけ尋ねます。私たちの仲間になるつもりはないのですね?」
「ああ」
「そうですか」
そして、鳴海は告げた。
「それでは残念ですが、
鳴海の言葉と同時に、大岩の後ろから30人近い冒険者が現れる。
全員が同じ白色のローブに身を包み、武器を手にしている。
「これは……」
警戒する奏多を見て、鳴海は「あはは」と笑い声を上げた。
「怯えているようですが、ご安心ください。何も総出でリンチをしたいわけではないです。彼らはあくまで保険。貴方ほどの実力者に暴れられては、ここから行いたいことに支障が出ますからね」
「行いたいこと、だと?」
「おっと、抵抗しようと無駄ですよ。ここまで付いてきてしまった時点で、貴方は詰んでいるのですから」
「――――ッ!」
鳴海の目が突如として鋭く光った直後、奏多は目を見開いて動きを止める。
その反応を見た鳴海は、さらに楽しそうに笑う。
「はい、おしまいです。まさかこうも呆気なく〈洗脳〉を受けてくださるとは……これで貴方は今日から『新世紀会』の一員です。数々の記録を残しただけあり、将来性も実力もあったことでしょう。しかしそれらを発揮する機会も持てないまま、貴方はそこにいる彼らのように私の配下となりました。ああ、ああ、素晴らしい! やはり神は、私の王たる資質を見抜いてこの力を与えてくれたのでしょう!」
ひとしきり笑い声を上げた鳴海だったが、反応がない奏多を見て、つまらなそうな表情を浮かべる。
「……ひとまず、今はこの辺りでいいでしょう。吉沢、彼にローブを。姿形から仲間になってもらいましょう」
「かしこまりました」
「さて、残る気がかりは町に残したあの少女ですね。【NoName】がパーティーを組んだということは、彼女も優秀な可能性が高い……時間を置き、改めて彼女も仲間になってもらうとしますか。それが貴方にとっても本望でしょう?」
言い終え、鳴海は奏多に背を向ける。
そして――
「何にせよ、まずは町に戻ってからですね。さあ、新たな同士を歓迎しながら、帰路につくといたしましょ――」
「――どこに行くつもりだ?」
――刹那。
深く、憎しみの籠った声が鳴り響いた。
「――……え?」
側近はもちろん、洗脳中の信者が出す声だとは思えない。
鳴海は戸惑いながら振り返り、そして見た。
「鳴海、さま……お逃げ、くだ、さ……」
そこにあったのは、胸元を深く切り裂かれ、大量の血を流しながら倒れていく吉沢の姿。
そしてその先に立つ、剣を振り切った構えで立つ奏多だった。
奏多はそのまま、敵意の籠った鋭い眼光を鳴海に向けた。
「なっ!?」
鳴海は驚愕に目を見開く。
ありえない。こんなことがあるはずがない。
〈洗脳〉は確かに発動した。その状態で反逆的な態度を取れるはずがない。
「貴方、いったい何をしたのですか!?」
「何って……ただ、お前の〈洗脳〉を拒絶しただけだ」
「っ!?!?!?」
戸惑いながら、鳴海は声を上げる。
「バカな、なぜ私のスキルを知って……いやそもそも、どうやって拒絶したというのですか!? 私の〈洗脳〉は格下相手であれば、確実に成功します! そして私のレベルは60……それともまさか、チュートリアル階層を突破したばかりで既にそれだけのレベルを有しているとでも!?」
「いや、残念ながらそこまではまだ到達していないな」
「なら、なぜ……」
奏多は冷静に答えた。
「簡単な話だ。洗脳を拒絶する方法はレベル差以外にも存在する」
「なに!?」
「結局のところ、洗脳はただのデバフスキル。既にそれ以上のデバフ効果がかかっている場合、上書きはできず無効化されるんだよ」
奏多は先ほどの、祈とのやりとりを思い出す。
思念伝達を利用し、奏多は祈に〈
突然の申し出に戸惑いながらも、最終的に祈は応じてくれた。
いうまでも無く、〈波長乱し〉は直接魔力に干渉して弱体化させるという強力なデバフスキルであり、〈洗脳〉程度を無効化するのは簡単だった。
しかしそのことを知る由もない鳴海は、なおも動揺しながら声を荒げる。
「っ! いつの間にそんなことして……!? そもそも、どこで〈洗脳〉の弱点を知ったというのですか!? いえ、それだけではありません。初めから今に至るまでの完璧な対応……まるで昔から、私たちを知っているかのような――」
「知っているんだよ。もっとも、
「――ッ!?」
奏多の脳裏に、1周目の記憶が蘇る。
それは第44階層のダンジョンブレイクが発生し、日本中が絶望のどん底に落とされた直後のこと。
『新世紀会』――鳴海 京志郎はその混乱に乗じ、組織を拡大していた。
そして一時的には国内最悪の犯罪組織のリーダーとして君臨したのだ。
最終的には、冒険者たちの手によって討伐され解決したが……あの事件で犠牲になった人数は計り知れない。
奏多にはそれを止める意思があった。
ゆえに、彼は剣の切っ先をまっすぐ鳴海に向ける。
回帰前に幾度となく抱いてきた、純黒の殺意を込めて。
「――――」
戦慄する鳴海めがけて、奏多は宣言する。
「同じ地獄を二度、繰り返すつもりはない――お前たちは今日、ここで俺が殲滅する」
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