第23話 〈不協和音〉
楽団の復活に必要な2本の指揮棒。
そのうちの1本を破壊するべく、俺が接近を試みようとした直後だった。
『――――――――――!』
まるで俺の意図を読んだかのように、コンダクターが素早い動きで右手の指揮棒を掲げると、楽団の演奏が一層激しくなる。
それに伴い、コンダクターの纏うオーラがさらに膨れ上がった。
(やはり、バフの条件はHP減少だけじゃなかったのか。だけどどうする、いったん退いて様子を見るか? いや――)
これ以上時間をかければ、さらに事態が悪化する可能性もある。
俺は覚悟を決めると、地面を強く蹴り出し――
「――奏多さん!」
――その瞬間、背後から祈の叫び声が聞こえる。
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、彼女の真剣な表情だった。
「祈……?」
戸惑う俺に対し、彼女が言ったのは衝撃的な言葉だった。
「今からボスへのデバフを解きます! ですが、奏多さんはそのまま直進してください!」
「――――ッ」
想定外の提案。
一瞬、早くも魔力切れになったのかと思ったが、ボス戦が始まってからそこまでの時間はまだ経過していない。
なら、いったいなぜ――?
そんな疑問が浮かびかけた時、祈の真剣な目と視線がぶつかった。
そこには揺るぎない意志と覚悟が込められている。
(……ここは、祈を信じよう)
覚悟を決めた俺は、さらに加速してコンダクターへ迫っていた。
すると次の瞬間、コンダクターの威圧感が一層強くなる。
〈波長乱し〉が切れたのだ。
「――――(ニィ)」
自分へのデバフが切れたことを理解したのだろう。
コンダクターは意地の悪い笑みを浮かべると、左手の杖を指揮棒に、右手の指揮棒を剣に変化させる。
勝利を確信したような様子で、肉薄する俺めがけて、剣を振るうのだった――
◇◆◇
奏多とコンダクターが今にも衝突しそうになっている一方。
彼女――白河 祈もまた、全ての準備を終えようとしていた。
ボス戦が始まってから奏多に指示を送るまで、祈はずっと考えていた。
なぜ、このギミックなのか――と。
一人のボスと、大量の
演奏のボルテージが上がるにつれ、上昇していくボスのステータス。
冷静に観察を続ける中、祈は楽団からコンダクターに向け無数の糸が伸びていることに気付いた。
(もしかして……)
さらに分析を続け、彼女はようやく理解する。
あの無数の糸は、楽団が奏でる音が目に見える形になった姿なのだと。
そもそも冷静になって考えてみれば、ただの音が
音が何かしらの魔力的作用をもたらしていることは間違いないのだ。
楽団が奏でる音は、ただの音ではなく魔力によって生み出された音。
その音が生み出す魔力の波は、まるで複雑に絡み合った糸のように、コンダクターへと集まっていく。
その魔力の糸が、コンダクターの内なる魔力と共鳴することで、強化効果をもたらしているのだ。
先日、奏多から説明してもらった〈波動励起〉の仕組みを祈は思い出す。
『強化の具体的なコツとしては、対象者の内側に魔力を浸透させて、その人の潜在能力を引き出すイメージだな。魔力がより効率的に全身にいきわたるように、道筋を作るんだ』
祈は確信と共に頷く。
(やっぱり、楽団がボスを強化している手段も理屈としてはこれと同じはず。だったら逆に、その魔力の波に干渉さえできれば、バフを無効化できるんじゃ――?)
そう閃いた祈は、〈波動励起〉の要領で楽団の演奏が生み出す魔力の波に自らの魔力を送り込むことを考えた。
ただしコンダクターの能力を引き出すのではなく、演奏を乱すことが目的。祈の魔力で楽団の魔力の波を攪乱し、音の響きを狂わせるのだ。
すると、本来コンダクターに流れるはずだった魔力の糸は、もつれ、ほどけ、力を失っていく。
そればかりか、攪乱された魔力の波は逆にコンダクターの力を削ぐ効果をもたらすはず。
もちろんこれはただの推測で、全て自分の思い込みかもしれない。
この作戦を実行することで、逆に奏多を危険に晒すかもしれない。
だけど――
(これがきっと、〈調律〉を持つ私の前にこのボスが現れた理由)
確信をもって、祈は実行する。
これはいわば、〈波長乱し〉の改良版。
鳴り響く華やかな大合奏に干渉し、逆転の結果を生み出す
その名は、自然と口から零れた。
「――――〈
刹那、
◇◆◇
(これは――!?)
俺とコンダクターの剣がぶつかり合うと思われた次の瞬間、突如として不快な轟音が辺り一帯に響き渡った。
さらに、その音を聞いたコンダクターの動きが大きく鈍る。
どうやら楽団たちの演奏が乱れた結果、本来のバフ効果が途絶えるばかりか、大きなデバフ効果まで発生したようだ。
こんなことが可能な人物などこの場に一人しかない。
肩越しに後ろを見ると、祈がコンダクターではなく、楽団に向かって〈波長乱し〉を使用している光景が目に入った。
(これを、祈が……)
事実として受け入れることはできても、まだ困惑の方が大きかった。
一連の現象を見て、彼女の実行した作戦と、おおよその理屈は把握できる。
しかしその難易度は、これまで祈がしてきた全てを大きく上回るはず。
それをこの土壇場で彼女が成し遂げてみたという現実に、俺は少なくない衝撃を受けていた。
「……何をやっているんだ、俺は」
思わず、自嘲気味に呟いてしまう。
祈の力を過小評価していた。いや、彼女を真の意味で信じられていなかったのだ。
仲間であると口では言いながら、心のどこかでは俺だけが全てを背負わなければと考えていた。
だからこそ危機的状況に陥った時、真っ先に思い浮かんだのは自分だけで戦う作戦だった。
だが、もうそんな考えは捨てよう。
俺は何のために10年前へと回帰したのか。
どうして第1階層で、〈
それは頼れる仲間を見つけ、力を借りるため、共に戦うため。
全てを自分が導こうとする必要なんて初めから無かった。
それをここに来て心から実感する。
「……ありがとう、祈」
感謝を告げ、俺は改めてコンダクターに向き直った。
「――――ッッッ!?」
するとコンダクターは慌て切った様子で、俺に目がけて剣を振るってくる。
よくよく見てみれば、刃は高速で振動しているように見えた。
超音波による切れ味上昇効果でもあるのだろうか?
いずれにせよ関係ない。祈によってデバフがかかっている現状では、奴の攻撃が俺に届くはずもなかった。
「――
数多の剣閃を潜り抜けた俺は、再び2つのスキルを発動し、ガラ空きの胴体に連撃を浴びせていく。
コンダクターは痛みに耐えるように表情を歪ませながら、左手に持った指揮棒をこちらに向ける。
かと思えば、それは杖へと姿を変えた。
「なんだ、剣と杖の同時使用もできたのか。だが――」
ここに来て明らかとなる隠し玉
最初の作戦通り指揮棒を狙っていたら、反撃を浴びていたかもしれない。
しかし祈のおかげでその心配はもうなくなった。
俺はただ、真正面からこのボスを倒し切ってやればいい。
「――――いくぞ」
それからは一方的だった。
コンダクターの剣とソニックエッジを凌ぎつつ、連続で斬撃を浴びせていく。
そしてとうとう、その瞬間が訪れる。
俺は剣を高く掲げると、コンダクターに向けて勢いよく振り下ろした。
渾身の一振りにより、奴の胴体が真っ二つに両断される。
「ァ、ァァァアアアアア」
断末魔の声を漏らしながら、倒れていくコンダクター。
それと同時に、楽団たちもタイミングを合わせたように消滅していく。
『経験値獲得 レベルが8アップしました』
『SPを80獲得しました』
続けて鳴り響くレベルアップ音。
かくして俺たちは、エクストラボス【
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