第22話 私にしかできないこと

 俺は思考を回し、どうすればコンダクターを倒せるか考えていた。

 少し待って様子を見てみるも、バフが鳴り止む気配はない。

 恐らくボスのHP減少か別の何か、もしくは複合的な条件をきっかけに、強化倍率が膨れ上がっていく仕組みなのだろう。


「剣と杖を自在に使い分けるボス本体コンダクターも厄介だが、それよりもまずこのバフを何とかする必要がありそうだな……」


 いま斬り合った感覚からして、恐らくステータスの上昇率は30%程度。(ここに波長乱しの減少分が乗るため、最終的には10%上昇)

 ここからさらに上がる可能性もあるため、対処できるなら早めにしておいた方がいい。


 そのための手段も既に分かっている。

 コンダクターは演奏のボルテージが上がることによって強化状態となった――つまり演奏元である楽団の数を減らせば、その分だけ出力も落ちるはずだ。


(恐らくこのボス戦は、どうやってバフを削るかにかかっている……!)


 ギミックを理解した俺は、先に楽団を討伐することにした。

 すると、そのタイミングで後方から祈の声が聞こえてくる。


「奏多さん! 大丈夫ですか!?」

「問題ない! それよりここのギミックが分かった! 楽団の演奏によってボスのステータスが上がる仕組みだ! 先に取り巻きから倒す必要がある!」

「っ」


 俺の予想を聞き、祈は驚いたように息を呑む。


「私はどうすればいいですか!?」

「ボスが魔法で妨害してくる可能性があるから、このままデバフをかけ続けてくれ! その隙に俺ができるだけ取り巻きの数を減らす!」

「わ、分かりました!」


 指示を出し終えた後、俺は素早く楽団へと接近する。


「シャアアアア!」


 とはいえ、ただそれを許してくれる相手ではない。

 コンダクターは右手の剣を指揮棒に、左手の指揮棒を杖に変換すると幾つものソニックエッジを放ってくる。

 ――だが、そのどれもが俺の反応速度を超えることはない。


「はっ!」


 身をひねり、巧みに魔法を回避しつつ、ついに楽団との距離を詰める。

 俺はそのまま、無防備に演奏する彼らに容赦なく斬撃を叩き込んでいった。

 こちらの耐久力やHPは低めに設定されているのか、一振りごとに呆気なく人影が崩れ落ちていく。

 すると、5体ほど数を減らしたころには予想通り、演奏規模が落ちてコンダクターの動きも鈍くなっていた。


「よし、この調子だ」


 勢いに乗じて、さらに楽団を集中攻撃する。

 コンダクターは必死に杖を振るい、俺を牽制しようとするが無駄に終わる。

 時には楽団を巻き込み、自爆のような結果になることもあった。

 俺が剣を振るうたび楽団の数は着実に減り、とうとう片側の12体が全滅する。


(あとは、もう一方の楽団も倒せば――)


 ――そう思った直後だった。


「シィィィイイイイイイ!」

「っ、これは……」


 事態は急変。

 コンダクターは杖を指揮棒に戻し、両手で2本を掲げる。

 するとその直後、ボス戦開始時のように楽団が何もないところから復活し始めた。


「なっ……!?」


 予想外の展開に、俺は思わず目を見開いた。

 まさか、こうもあっけなく倒した楽団が復活するとは考えていなかった。


 無条件の復活――というわけではさすがにないだろう。

 当然コンダクターのMPを消費しての復活だとは思うが、厄介であることには変わらない。

 フロアボスのMPはそれこそ無尽蔵に近く、この調子ではこちらが先に魔力切れとなる可能性が高い。

 俺はともかく、祈の〈波長乱し〉は大量の魔力を消費するからだ。


 時間をかけることによる弊害は、魔力切れ以外にも存在する。

 俺がこの調子で敵の攻撃を無効化し続ければ、狙いを俺から祈に変えられる恐れがある。

 そして現状の彼女では、強化状態のソニックエッジを躱すことができない。


「どうする? いくら楽団を倒したところで復活させられたら意味がない……何か、手段を変える必要がある」


 未来の経験や知識も総動員し、必死に思考を張り巡らせる。

 どんな厄介なギミックであれ、攻略法が存在しないなんてことはありえない。

 ここまでの戦闘過程で、何かヒントになるものがあったはず――


「――っ、そうだ!」


 ――そこで俺は、戦闘開始と今の楽団出現に共通する特徴を思い出した。

 楽団が現れる際、コンダクターは決まって指揮棒を2本持っていた。

 つまり復活は、2振りの指揮棒がないと成立しないのではないだろうか。


「となると、狙うは……左手の指揮棒か!」


 接近すれば右手の剣で対応されるが、それを潜り抜けながら重奏撃を指揮棒に命中させ破壊を試みる。

 そうすればコンダクターは遠距離攻撃手段を失い、楽団を復活させることもできなくなるはず。

 あとはゆっくりと楽団を全滅させ、バフをなくした敵を削ればいい。


 目標がコンダクターの体から、より小さな指揮棒に変わることによるカウンターのリスクは高まるが……

 現状では、それが最善の策のはずだ。


「……よし」


 新たな作戦を決意した俺は、〈思念伝達〉を発動する。


(“聞こえるか、祈?”)

(“か、奏多さんですか?”)

(“ああ、今から作戦を伝える。祈のやること自体は変わらないが、事前に把握だけはしておいてくれ”)


 素早く方針を伝え終えた後、俺は小さく息を吐く。

 そしてゆっくりとコンダクターとの間合いを計り、接近の機会を窺うのだった。



 ◇◆◇



 ――その一方、祈は疑問を抱いていた。


 今回のエクストラボス【魔帽の指揮者ウィザード・コンダクター】は、ギミックを含めて非常に厄介な相手であることに間違いない。

 にもかかわらず、奏多の戦いぶりは相変わらず神がかっており、対処も完璧と言っていい。

 いま聞いた彼の作戦でも、上手くいく可能性は高いだろう。


 だからこそ、思ってしまう。

 この戦いのどこで、自分は役に立てているのか――と。


 これでは蔦鎧の守護者アイヴィー・ガーディアン戦と同じ。

 〈波長乱し〉でデバフをかけることはできても、それだけで勝敗を左右するほどの効果はない。

 それに奏多は言っていた。このエクストラボス戦は、挑戦者がギリギリで乗り越えられるかどうかという試練の場だと。


 なのに自分はまだ、力を尽くせていない。

 奏多に仲間と認めてもらえたにもかかわらず、何も貢献できていないことが彼女には耐えがたかった。


「何か、私にもできることはないの……?」


 自分にあるもの。それは〈調律〉だ。

 ダンジョンから祈に与えられ、そして奏多が信じてくれた力。



(あるはずだよ、何か。この力を使って、が――)



「――っ!」


 直後、彼女は閃いた。

 コンダクターに〈波長乱し〉をかける傍ら、楽団の様子を見続けることで抱いた違和感。

 それが一つのアイディアを形作る。


(もしかして、これって……!)


 今この瞬間、祈の脳裏に閃いた作戦。

 それは奏多をサポートするための、祈なりの答えだった。

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