第11話 『迷いの森』

 俺が称号欄を見せてから数分後。

 ようやく落ち着きを取り戻した祈が、戸惑いつつも口を開く。


「ほ、本当に佐伯さんが、あのノーネームさんだったんですね」

「ああ」

「……でも、よく分かりません。どうしてそんなにすごい方が、私なんかを誘ってくださるのか……」

「それだけ〈調律〉の凄さと、祈の可能性を信じているからだ」

「――――!」


 目を見開き、しばらく何かを考え込む祈。

 それから十数秒後、彼女は深く頭を下げた。


「わ、分かりました。ふつつか者ですが、何卒よろしくお願いいたします!」


(それは何か違う気がするんだが……)


 何はともあれ、俺と祈はひとまず臨時パーティーを組むことになるのだった。



 今後の目標を立てるため、お互いのステータスを公開することに。

 俺も改めて、祈のステータスを確認させてもらった。



――――――――――――――――――――


 名前:白河しらかわ いのり

 性別:女性

 年齢:18歳


 レベル:25

 HP:2438/2438 MP:1629/1629

 筋 力:288

 持久力:301

 速 度:297

 知 力:402

 感 覚:352

 幸 運:339

 SPスキル・ポイント:100


 スキル:〈調律〉LV1、〈慧眼〉LV2

 称 号:なし

――――――――――――――――――――


 〈調律〉LV1

 ・魔力の波長を整え、様々な効果を生み出すことができる。


――――――――――――――――――――


 〈慧眼〉LV2

 ・MPを消費し、知力を20%上昇させる。


――――――――――――――――――――



 レベルは25と俺より一つ下で、パラメータとしては知力に偏っている典型的な後衛型。

 スキルに関しては第1階層で得られた〈調律〉の他、知力パラメータを増加させる〈慧眼〉を持っていた。


 知力増加はそのまま〈調律〉の出力にも関わってくる。

 下手に攻撃魔法を覚えようとするより、割り切った良いスキル構成だ。


 そう分析している俺の前では、祈も驚いた様子だった。


「共鳴に水滴石穿……どちらも聞いたことがないスキルです」

「……だろうな」


 隠しスキルである〈共鳴〉はもちろん、〈水滴石穿〉に関しても通常スキルの中では取得条件が厳しい方だ。

 能力の仕様もピーキーだし、低階層ではなかなか使い手がいないはず。


(あと、気になるところがあるとすれば……)


 臨時とはいえ、せっかくパーティーになったわけだし〈共鳴〉を活用したいところだが、このスキルを発動するにはお互いの信頼度が一定数値に達しなければならないという条件がある。

 しかし出会ってすぐの俺と祈では、まだそれだけの信頼関係が結べていない。

 〈共鳴〉を活用できるのは、まだしばらく先のことになるだろう。


 というわけで、


「それじゃさっそくだけど、実戦に行くとするか」

「は、はい!」


 俺と祈は準備を整えた後、『グロウスタウン』を後にするのだった。



 ◇◆◇



「……ついたな」


 『グロウスタウン』を後にしてから約1時間。

 道中に出現する魔物との戦闘は極力避け、俺たちは無事に目的地へと到着した。


 エリア名『迷いの森』。

 大量の木々と草花が生い茂り、一度足を踏み入れれば場所を見失ってしまうことで有名なエリアだ。

 出現する魔物も比較的レベルが高く、挑戦する者はあまりいない



「あ、あの~、佐伯さん。ここってもしかして、入るのは避けた方が良いって言われている『迷いの森』なんじゃ……」

「ああ、よく知ってるな。けど安心してくれ。名前こそ大げさだけど、このエリアはただ風景が変わり映えしないのが分かりにくいだけで、幻術の魔法がかけられたりしているわけじゃない。ダンジョンに慣れた人間なら、問題なく攻略できる」

「そ、そうなんですね。それなら一安し……あれ? でも佐伯さんってまだ、ダンジョンに来てから三日目程度のはずじゃ……」



 小声で何かをブツブツと呟く祈。

 俺はそんな彼女を呼びかける。


「行くぞ、祈」

「は、はい!」


 俺と祈はさっそく『迷いの森』に足を踏み入れた。

 予想通り、中には俺たちの数倍は高い木々と、生い茂る草花が広がっていた。


「大丈夫だとは思うが、はぐれる危険性がゼロなわけじゃない。一定の距離からは離れずについてきてくれ」

「分かりました」


 緊張の面持ちで頷く祈と共に歩を進めていく。

 最初の十数分は魔物とエンカウントすることもなく、順調に奥に進んでいった。


 そんな中、ふと祈が切り出す。


「そういえば、どうして佐伯さんはこの『迷いの森』を攻略しようと思ったんですか?」

「言ってなかったか。実はここのエリアボスを討伐して入手できるアイテムが、次の目標のために必要なんだ」


 そのアイテムを第10階層のボス部屋で使用すると、【智慧の蛇】の時と同様、エクストラボスに挑戦できる。

 エクストラボス討伐で得られる報酬は優れたものが多いため、何としてでも回収しておきたいわけだ。


「なるほど、そうだったんですね。ちなみにエリアボスの強さってどれくらいなんでしょうか?」

「確か40レベルだな」

「40!?」


 俺の返答を聞いた祈が目を丸くする。



「そ、それって確か、第10階層のフロアボスと同じレベルなんじゃ……私たちが挑むには無謀すぎませんか?」

「いや、別に今日倒そうとは思ってないから安心してくれ。それにここのエリアボスは誰かが挑戦しない限り、定められた空間の外には出てこないからな。エンカウントすることはまずないと考えていい」

「あっ、そうなんですね。ならよかっ――」

「そんなわけで、とりあえず三日以内にでも討伐できればそれでいい。それまではレベル上げとスキルの特訓だ」

「――みっ!?」


 ここまで順調に攻略を続けているため、【最速踏破者さいそくとうはしゃ】を達成するのにかなりの余裕がある。

 数日程度なら、この階層で消費しても大丈夫な計算だ。


 と、そんな風に話していたその時だった。



「ギィィィ!」



「来たか」

「――ッ!?」


 獰猛な声と共に、複数の魔物が姿を現す。

 木の皮のような硬質な肌に覆われた、手に棍棒を握りしめた小鬼だった。


――――――――――――――――――――


【ウッドゴブリン】

 ・レベル:26

 

――――――――――――――――――――


 ウッドゴブリン。

 防御力が少し高めなことを除き、大した特徴のない魔物だ。

 それが全部で3体。俺はすぐに、腰元から一振りの剣を抜いた。



――――――――――――――――――――


【ショートソード】

 ・レア度:E

 ・装備推奨レベル:22

 ・攻撃力+105

 ・鉄鋼から作られたシンプルな剣。


――――――――――――――――――――



 ちなみにこれは先ほどの準備を済ませる際町の武具屋で購入した物だ。

 さすがにいつまでも、ゴブリンの短剣でいくわけにはいかないからな。


 そして正直、この程度の魔物相手、ただ倒すだけなら俺でも事足りるが……


「実際に〈調律〉の活用方法を教える前に、現状どういった感じか確認したい。一度、普段みたいに発動してくれるか?」

「わ、分かりました。やってみます!」


 ここに来るまでに聞いた話によると、祈は〈調律〉を発動した際に生じる魔力をただ魔物にぶつけるような使い方をしていたらしい。

 しかし一切のダメージにはならず、仲間から叱責されてたのだとか。


(調律は攻撃用のスキルじゃないし、それ自体は当然だ。だが、が正しければ――)


 直後、祈は杖を構えて叫ぶ。


「いっけぇぇぇ!」


 力強い叫び声と共に、目に見えるほど濃密な魔力の渦が放たれ、3体のウッドゴブリンに命中した。


 しかし、


「ギァァ!」

「ガァァ!」


 ウッドゴブリンたちは痛みに悶えることもなく、そのまま襲い掛かってきた。

 祈が言っていた通り、確かにダメージは与えられていない。

 だが――


(予想通りだ。) 


 その光景を前にした俺は、確信と共に笑みを浮かべた。


 〈調律〉を用いて発動できる技の一つに、相手の魔力に干渉し、流れを乱すことで動きを低下させるものがある。

 通称〈波長乱はちょうみだし〉。

 魔力に対する深い知見と、繊細な魔力操作技術が可能とする強力な弱体化デバフ魔法だ。


 しかしこれまでの会話から分かる通り、祈は決して魔力に詳しい訳でも、誰かから効率的な使い方を教わった訳でもない。

 すなわち彼女はこれだけの技を、持ち前のセンスだけで実現しているのだ。

 見たところ、減衰率は約20%といったところだろうか。

 初心者が使用するデバフとしては規格外の数値と言っていい。


 その証拠に――


「シィッ!」

「ギャウ!?」


 仮にも俺よりレベルが上であり、防御力に優れたウッドゴブリンたちを、〈水滴石穿〉を使わずとも一撃で葬ることに成功する。

 戦闘開始からほんの数秒、俺は3体全てを討伐し終えるのだった。

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