第9話 白河祈
困惑したように動きを止めるリーダーの前で、俺は腰元の短剣に手を添えながら告げた。
「それを抜いたら、
「ッ⁉︎」
殺気を込めたその一言に、リーダーはピタリと身動き一つ取れなくなる。
敵意自体はまだ残っているようだが、それもせいぜい飼いならされた獣のような弱々しいものでしかない。
実力差を痛感したのか、剣を抜く気配はもうなかった。
数秒後、
「……く、くそが! テメェみたいな奴に構ってる暇はねぇ! おいお前ら、とっとと行くぞ!」
「ちょ、リーダー!?」
「何なのよ、もう……」
悔しそうに叫びながら立ち上がるリーダーと、戸惑い気味にそんな彼を追っていくパーティーメンバーたち。
最終的にこの場には、俺と少女だけが残された。
しかし周囲の注目は変わらず、俺たち二人に向けられたままだった。
「……とりあえず、場所を移動するか」
「は、はい」
そう提案し、一目の付かない場所まで移動する。
二人きりになったタイミングで、少女は俺に頭を下げてきた。
「そ、その、助けていただき、ありがとうございました」
「ああ。もしかしたら迷惑かもと思ったんだが、さすがに見てられなくてな」
「迷惑だなんて、そんな……」
無言の時間が続く中、俺は切り出す。
「俺は
「わ、私は
名乗った後、彼女――祈はじっと俺を見つめてきた。
「えっと、俺の顔に何かついているか?」
「い、いえ、そうじゃなくて。ただすごいなって……」
「すごい?」
「はい。10階層に来たばかりなのに、土村さん……さっきの方を圧倒できるだけの実力があって。私とは全然ちがいます」
あはは、と自嘲気味に笑う祈。
その様子からはかなり自信がないように思える。
パーティーメンバーから責め続けられてきたからだろうか。
……ふむ。
一つ気になることがあった俺は、失礼を承知で疑問を尋ねることにした。
「祈さえよければだけど、どんな経緯であんな状況になっていたかを教えてくれないか?」
「なまっ……は、はい。それはもちろんいいです、けど……」
そんな前置きの後、祈はここにいたる経緯を説明し始めた。
事の始まりは第1階層のボス突破直後のこと。
第2階層でさっきの彼――土村から勧誘された後、祈は彼らとパーティーを組むことになった。
その後、2~9階層までは一階層ごとの攻略期間が一週間程度と順調に進んでいたのだが、ここ10階層ではそう上手くいかなかった。
現状、既に20日近くこの階層で足踏み状態となっており、雰囲気は悪化。
その結果、元からあまり役立てていなかった祈を追放する流れになったらしい。
「って、感じなんですけれど……」
「……なるほど」
そこまでを聞き、俺が真っ先に抱いた感想は「やはりか」というものだった。
結論だけ言ってしまうと、恐らく足踏みしている理由は祈ではないだろう。
そもそもの話、1~10までのチュートリアル階層のうち、第10階層だけは難易度が群を抜いて高くなっている。
本人たちの事情や伸び悩みに関係なく、この階層の攻略には2~3か月かけるのが平均的なのだ。
それくらい、冒険者間では常識の話だと思うのだが……
(回帰前と違って、この時代ではまだ一般的な考えじゃないのか? いやいや、ダンジョンが出現してから既に10年経っているんだしそれはないか)
考えられるとしたら、単純に土村たちの勉強不足。
もしくは、自分たちが突き抜けた天才ではないことを認めたくなく、全ての責任を
恐らく今回は後者だ。
(実際、第10階層まで2か月で来れている時点でペースとしてはかなり順調のはずだからな。通常なら、ここまででも半年程度はかかるっけ。だからこそ余計、意固地になっているのかもしれない)
何はともあれ、おおよその事情は把握できた。
しかしもう一つだけ、俺にとっては重大な疑問が残っている。
俺は少し間を置いたのち、祈に問いかけた。
「もう一つだけ訊いてもいいか?」
「はい、何でしょう?」
「さっき土村が言っていた、祈の持つ
「っ」
俺の言葉に、祈は表情を強張らせる。
やはり意図的に今の説明から、その内容を削っていたのだろう。
土村たちからあれだけ文句を言われれば、そうしたくなるのも理解できる。
ただ、俺は一つ疑問を抱いていた。
もし祈がレアスキルを持っているとすれば、それが役に立たないとされる理由が分からないのだ。
レアスキルは文字通り、特殊な効果を持つ稀有なスキルを指し、内容こそ千差万別だが非常に優秀なものがほとんど。
はたして、本当に役立たずなスキルだなんてことありえるのだろうか?
使い方がピーキーなものなどはあるだろうが、もしそれだけなら俺の知識でアドバイスできる部分もあるかもしれない。
そう思っての質問だったのだが――
「……ここまで丁寧にしてくださった佐伯さんに、隠すのはダメですよね。これが、私が第1階層のボス攻略で手に入れたスキルです」
そんな前置きの後、祈は自分のステータス画面を見せてくれる。
そこにはこう刻まれていた。
――――――――――――――――――――
〈
・魔力の波長を整え、様々な効果を生み出すことができる。
――――――――――――――――――――
それを見た俺は、思わず言葉を失った。
「…………」
「見ての通り、何に使うかもよく分からないスキルでして……そりゃ、追い出されるのも当然ですよね。あはは……」
祈の言葉の大半が、耳から耳へ通り抜けていく。
俺はそれだけの衝撃を受けていた。
なにせ――
「調律……?」
レアスキル〈調律〉。
それは俺が追い求めていた、〈共鳴〉の真価を発揮する上で必須の力だった。
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