おまけ:夢愛の日記

 最近の結愛くんは、変だ。


 なにが変ってうまく言えないけど、変なのは変だ。何かずっとぼけっとしてるし、大好物のプリンを作ってあげてもちゃんと食べてくれないし、ずっとブツブツと本棚とにらめっこしている。

 殺人未遂で彼のご両親は捕まって、この広い家に一人で取り残されて、彼はおかしくなった。前はご飯をおかわりしていたし、外食に連れていくともっと嬉しそうにしてくれていたのに。


 いつからか、彼の心からの笑顔を見ていない気がする。


 かつて、私が絶望したように、彼もまた絶望しちゃったんだろうか。昔、結愛くんを家で預かることにしたときに感じた私の絶望を、彼も感じたのだろうか。


 この世界はとても不条理で、不合理で、不平等だ。結愛くんは、とてもいい子だ。私みたいな嫌われ者を好きだと言ってくれる。性的にしか見られなくてコンプレックスだった大きな胸も、彼を抱き寄せていると安心してくれるから悪くないと思える。


 両親に殴られても蹴られても、それでも親子愛みたいなものをずっと信じていた。そんな結愛くんにもこの世界は厳しくて、私はもうダメだと思った。


 だけど、結愛くんがいたから、ダメにならなくて済んでいる。ギリギリのところで、なんとか踏ん張れている気がする。

 そんな彼がこんな調子じゃ、私はもうどうしたらいいかわからない。


 とても、死にたくなる。


 今日、結愛くんがまた本棚に向かってぼけっとしていた。そのまま、死にたいと呟いた。本人は自分がなにを言ったのか覚えていないみたいだったけど、私にははっきりと聞こえてしまった。

 彼が死を望むのなら、私も一緒に死にたいと思った。


 だけど、違う。本当は彼に生きていてほしい。

 だったら、私のするべきことはなんだろう。


 数日間考えてみたけど、やっぱりこれしかない。


 心中旅行だ。


 心中旅行をするよと伝えて、彼の反応を見よう。もし一緒に死んでくれると言うのなら、たくさんご飯を食べさせよう。いっぱい食べさせて、お酒も呑ませて、思い出してもらうんだ。

 世界にはまだこんなに美味しいものがある、楽しいことがあるって。

 私に甘えて耳かきしてほしいとか抱きしめてほしいとか、一緒に寝てほしいとか言ってきた頃の気持ちを。欲しがりだった頃の彼自身を、取り戻してもらうんだ。


 だって、生きるのに空腹は必要だと思うから。


 お腹が空くから食べたいと思う。

 欲しいから生きたいと思う。


 私がギリギリ耐えていられるのも、結愛くんがほしいからだ。彼の人生が、ほしい。私の人生をあげたい。


 よし! そうと決まったら結愛くんに話をしよう。


 そうだなあ……最初の行き先は福岡がいいかな、ご飯美味しいし!

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