第5話:鍵善良房のくずきり
新幹線を京都駅で降り、烏丸線国際会館行の電車に乗って四条駅まで来た。四条河原町、京都観光の中心地であり京都で働くビジネスマンたちにとっての中心地でもあるらしい街。まだ夕方前ということもあって、大勢の人が行き交っている。
スーツを着た忙しそうな人、私服でまったり歩いている人、制服姿もある。京都は毎日観光客や修学旅行客がいると聞いたことがあるけど、本当にそう見えるのだから面白い。
河原町駅まで歩いてくると、橋で弾き語りしている人がいた。知らない歌を知らない人が歌っていて、そのすぐそばには風俗店ばかりが入っているように見えるビルがあって、人目をはばかるようにキョロキョロとしながらビルに入っていく人がいる。
素敵な街だとか映えだとか言われてるけど、カオスな場所だ。
「どうする? まずホテル行く?」
新幹線の中で予約したホテルに荷物だけ預けに行くかと聞いたら、夢愛姉は人差し指を横に振った。「ちっちっち」と舌を鳴らしたいんだろうけど、鳴っていないのが格好つかない。
「まず京都スイーツや! 和菓子や!」
「スイーツなあ」
「ええ店あんねん、行こ」
夢愛姉に手を引かれるままに辿り着いたのは、鍵善良房という和菓子屋だった。やたらと古風な店構えで、表では落雁なんかを売っている。奥を見ると喫茶スペースがあって、お店のなかで色々と食べられるようになっているようだ。
喫茶スペースに案内され、窓際のいい感じの席に座る。畳でもあるのかなと思っていたら、意外にも店内はモダンな雰囲気で、古風ではあるけど洋風のテーブルと椅子だ。
メニューに視線を落とすと、くずきりが目についた。どうやら、この店の一番人気らしい。ほかにはきび餅ぜんざいやおしるこ、わらびもちなどお餅系のメニューが多い。
ん? おうすってなんだろう。
「おうすってなに?」
「薄いお茶やったと思う」
「薄いん? 濃い方がよくない?」
「違うんよ結愛くん、料理やスイーツには淡白なお茶のほうが合うということもあるんよ知らんけど」
「知らんのかよ」
まあでも、濃い抹茶は喉に結構まとわりつくしな。結構粘性があるから、ぜんざいやくずきりなんかには合わないのかもしれない。生菓子にも薄いほうがいいのかな。
逆に、落雁みたいなさっぱりとしたお茶菓子には濃い抹茶のほうが合うのかもしれない。
グリーンティーが僕がイメージする抹茶に近いメニューなのかも。
「どうする?」
「私は黒蜜のくずきりとグリーンティーかなあ」
「じゃあ俺は白蜜のくずきりとおうすにするわ」
店員さんを呼んで注文すると、「白蜜も少しちょうだいね」と夢愛姉が笑った。白い歯が見えて、ちょっとうれしい。欲しがってくれるなら、いくらでもあげよう。
少しして運ばれてきたくずきりは、とてもとても立派な容器に入れられていた。というか、立派すぎる。緑色の深い容器が二段になっていて、一段目にくずきり、二段目に蜜が入っている。かなりデカいし、くずきりもかなりの量がある。
「おお……! すごい! すごいで結愛くん」
「う、うん、これはすごいわ」
「落雁もサービスで付いてるよ! お得すぎるよ!」
これはもう、ご飯だな……。見た目は、幅広で透明度の高い素麺だ。蜜が別容器で、くずきりが液体の中に入っているのが余計それっぽい。釜揚げうどんとかも、こんな感じだったっけ。
落雁要るか? これ。
「いっただっきまーす!」
「いただきます」
意を決してくずきりを掴んで白蜜に浸し、口へと運ぶ。
う、うまい……。ちゅるんとした喉越しのいいくずきりに、程よく絡む粘度の白蜜。白蜜は甘すぎなく上品で、これぞ京都という感じがする。見た目以上にさっぱりとしていて、心地いい。
おうすというのも、かなりいい感じだ。甘さを淡白だけどしっかりと香るお茶の風味が洗い流して、箸をまた進ませてくれる。粘度も低めで、おうすにして正解だったかもしれない。
「バリ美味しか~!」
「なんで博多弁やねん」
「博多から来たから!」
「出身で言えばこっちの方が近いやろ」
どっちかというと、別の地方から地元のある地方に帰ってきたというのが正しいだろうに。もう博多にかぶれてしまったのか。
夢愛姉は幸せそうに目を細めて、どんどんとくずきりを吸い込んでいく。こういうゲームのキャラがいたなあと思いながら、俺もくずきりを食べ進める。
一口だけ黒蜜ももらったけど、黒蜜は白蜜よりも濃厚で結構ガッツリとした感覚だった。白蜜のほうが個人的には好きかもしれない。昨日からずっと食べすぎているから、そう感じるだけの可能性もあるけど。
そして、要らないと思っていたサービスの落雁。これがとてもいい。落雁ってたしか穀類のでんぷん粉と砂糖や水飴が原料だったと思うけど、めちゃくちゃさっぱりしている。
くずきりを食べ終えた後に口に入れると、焼き肉の後のガムのように口の中がさっぱりとする。どっちも糖分なのに不思議だ。
「ちょっと落雁買ってこかな」
「え、まじで? そりゃうまかったけど」
「ホテルでつまみにして飲みたいんよね~」
酒に合うのか? と思ったけど、ニシシと歯を見せて笑う夢愛姉を見ていると、とてもじゃないけど口に出す気にはなれなかった。彼女が笑うなら、それで幸せを感じられるのなら、それが一番いいんだ。
体に悪いとか食べ合わせが変だとか、そんなことはもうこの際どうでもいい。彼女の心が健康になるんだったら、それで。
結局、夢愛姉は本当に落雁を買った。高級チョコレートみたいに、仕切りに色とりどりでさまざまな形の落雁が入っていて、なんか可愛い。これはお土産にも良さそうだし、自分へのご褒美みたいな感じでちょっとずつ食べるのにも良さそうだ。
そう思いながら寺町通り知覚のビジネスホテルにチェックインして、荷物を部屋に置く。陽が傾いてきているのが見えるけど、ちょっとゆっくりしたいな。
まだ晩ごはんというお腹じゃない。
「夢愛姉、ちょっとゆっくりせん?」
「ええよー、実は私もくずきりが結構お腹に溜まってるんよね」
「あれはもう食事やったもんな」
「わかる、お昼ご飯にちょうどええよね」
ベッドに腰を下ろすと、夢愛姉が隣に座ってきた。肩がぴったりとくっつく距離で、少しくすぐったいけど、彼女の体温が心地良いからこのままでいたいとも思う。
「いっぱい食べたね、結愛くん」
「体がもたんて」
「あはは、ごめんね? でもなんだかんだ一緒に食べてくれるん好きやで」
「まったくもう」
好きと言われてドキッとした自分がニクイ。これが普通の旅行だったなら、素直に喜んでも罪悪感なんか抱かずに済むのに。
唐突に抱きしめられて抱きしめ返すと、なんだか泣きたくなった。この旅行で俺が泣いたらダメなのに、夢愛姉の温かさが柔らかさが強く感じられて、こみ上げてくる。
緩む涙腺を気合で引き締めながら、抱き返す手に力を込めた。
「まだまだ甘えんぼやね」
「自分もやろ」
「せやで?」
「というか昼にうどんでおやつにくずきりて」
照れ隠しのつもりで放った言葉だが、今更面白くなってきた。大地のうどんも結構透明感のある麺だったし、そう言えばくずきりに少し似ているかもしれない。見た目だけだけど。
夢愛姉も声をあげて笑っているから、俺と同じことを思ったのかな。
「何言うてんのよー、うどんとくずきり全然ちゃうで?」
うん、どうやら違ったらしい。
「さて、晩ごはんどうしよっか」
「え、もうその話?」
「まだゆっくりはするけどね? 早めに決めとこ思って」
京都って晩ごはんは何が有名なんだろう。なんか実はラーメン激戦区だという記事を読んだことがあるけど、激戦区はここらへんじゃなかったんだよな。
京都グルメといえば、湯葉とかおばんざいとかそこらへんだろうか。
ただここらへんはビジネス街で観光街で歓楽街という感じだから、なんかイメージが違う。なんかこう、そういうのは嵐山とかそのへんのイメージだ。
「お酒飲みたいから飲み屋がええなあ」
「うーん、京都来たことないんよね」
「せやろねえ……あの家じゃね」
「まあ調べりゃ色々あるやろ」
夢愛姉の湿り気を帯びた声に、話を変えてしまった。俺の家族は、今も昔も夢愛姉とおじさんおばさんだけ。それでいい。今更、あの家のことなど気にしたくもない。
それを感じ取ったのかはわからないけど、「せやね!」と言う彼女の声がわざとらしく明るいような気がした。
「色々調べよ!」
「ええけど行くのはもっと後な?」
「わかっとるよー」
言いながら俺の体を離し、それでも二人くっつきながら夢愛姉のスマホを一緒に見て、夜に行く店を探した。
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