第4話:元祖長浜屋と大地のうどん

 目が覚めると、夢愛姉は既にフルメイクで僕のすぐ隣に座っていた。目をこすって大きく伸びをし、身支度を整える。テレビから聞こえる、わざとらしい声の博多弁のハイテンションなしゃべくりを聞きながらカバンに荷物を仕舞った。

 テレビの画面には、特撮番組に出てきそうな怪人のような見た目の、だけど少しだけ親しみが持てるような誰かが映っている。さっきのわざとらしい喋りは、この人物のもののようだ。


「シャベリーマンって言うんやってさ」

「へえ、まんまやな」

「悪の秘密結社の人やわ」


 なんか、そんな会社があるらしいことを以前ネットで見た気がするな。嘘みたいな名前の会社だけど、実在する。そう言えば、福岡ってご当地ヒーローが多いんだっけ。

 それなら、怪人を生み出す悪の秘密結社がいてもおかしくはないのかもしれない。

 いや、でも悪の秘密結社の怪人がなんで朝の情報番組に……?

 そう思いながら再びテレビに視線を戻すと、そろそろチェックアウトの時間だった。昨日あれだけ食べたというのに、腹の虫が少しうるさい。どうしようもなく、生きているのだと実感しながら半ば急ぎながらホテルを出る。


「で、どうするか決まってんの?」

「んー……」


 夢愛姉はわざとらしく唇に人差し指を当てて、息をついた。


「とりあえず、ラーメン食べ行こ」

「朝から!?」


 朝から豚骨ラーメンは、重くないだろうか。博多とんこつラーメンというと、関西では結構こってり系の店が多かったし……。

 しかし、夢愛姉は俺を見ながらふっふっふと笑っている。


「そげんこつなかとよ」

「エセやめろ」


 テレビで聞こえてきたイントネーションと、全然違うじゃないか。


「というわけで、行くで!」


 夢愛姉に引っ張られるようにして辿り着いたのは、ラーメン屋。元祖長浜屋だった。名前だけは聞いたことがあるくらい、有名な店だ。店内には既に結構な人がいて、数名の待ちが発生している。

 列に並ぶと、夢愛姉はなんだか得意げに見える笑顔を浮かべた。


「華丸さんが言っとったんよ、朝は長浜屋食べるって」

「へえ、そうなんや」


 華丸さんが言うなら間違いないのか。あの華丸さんだしな。


「モーニング元祖長浜屋……略してモーガン言ってたで」

「フリーマンかよ」


 そうこうしているうちに、店内に案内される。メニューは思い切りがいい。ラーメンと替え玉などのトッピングだけ。豚骨ラーメンという記載すらなく、ただただラーメンとだけ書かれている。

 博多ではラーメンといえば豚骨だから、わざわざ記載する必要など無いということなんだろう。しかも長浜ラーメンは長浜ラーメンだから、余計に必要が無くなっているのかもしれない。

 ラーメンを注文すると、すぐに出てきた。硬さは夢愛姉はバリカタ、俺はハリガネだ。


 関西で見る博多とんこつラーメンと比べ、スープの色が薄い。というより、あっさりしているように見える。スープを一口すする。

 なるほど、これは確かに朝に食べても全然苦にならない。それどころか、朝に食べるべきだという気すらしてしまう。お茶漬けと感覚が近いというくらい、さっぱりしていて美味い。

 それでも、旨味というのはしっかりと感じられるし、ジャンキーさもちゃんとある。シンプルにコクのあるラーメンという感じだ。


 隣を見ると、夢愛姉はもう替え玉を注文してヤカンに入ったタレをかけている。そのうえで紅生姜をトッピング。なるほど、そういう風に食べるのか。

 俺もすかさず完食し替え玉を注文し、同じように味を整えた。

 なるほど、紅生姜……これは凄い。紅生姜の酸味が加わることで、さらにさっぱりする。

 だけどタレにより旨味の増したスープがあるわけで、紅生姜を入れることでさっぱりすぎず濃すぎずのちょうどいい塩梅になる。最初に食べた印象と近いものの、酸味があるからよりサラサラと食べられる感じだ。


 これは危ないぞ、いくらでも食べられそうだ。


 結局、夢愛姉は替え玉を二回も注文した。

 店を出ると、なんとも言えない感覚に包まれた。外の空気がブワッと体に当たり、ラーメンで火照った体を涼しく撫でる。これが生きている、生きていくということなのかもしれない。

 そんな風に思わせるほど、ラーメンというのは力があるのか。


「知ってる? 長浜屋と長浜家ってもともと同じ店で、そこから分かたれて家が出来たんやって」

「知ってる」

「知っとったんかい」


 資本はそれぞれ独立して別の店だけど、長浜屋の元従業員が立ち上げたのが長浜家ということだったか。味も丼のデザインも店の雰囲気も似ていて、混乱してしまいそうになるらしい。家のほうは行ったことがないし、屋に来たのもこれがはじめてだが。


 流石に替え玉二回は結構こたえたのか、しばらく散歩した。別に何を買うでもなく商店街を歩いてみたり、キャナルシティに行ってみたり観光客らしいことをしていたら、夢愛姉が唐突に宣言した。


「さ、駅地下行こう!」

「おー」


 長浜屋から博多駅まで戻り、地下に入る。すぐに色々な店が左右にあるのが見えた。平日だというのに、それなりに賑わっている。飲食店もかなり多く、飲める店も多いようだ。

 さて、夢愛姉は何を食べたがるのか。


「あ、ここ! ここ入ろう!」


 足を止めたのは、大地のうどんという店。

 朝はラーメン、昼はうどん……。ラーメンとうどんは別ジャンルだと理解しているが、続けて麺類というのはどうなんだろう。昨日の夜のシメのちゃんぽんを含めれば、三連続の麺類だ。


 しかし、夢愛姉は俺の手を引いてずんずんと中に入っていった。一般的なランチタイムより少し早いからか、並ばずに入れたが、店内には結構な客の数。これは、ランチタイムにはガッツリ並ぶ店なんだろう。

 俺は肉ごぼう天うどん、夢愛姉は満腹セットを注文した。満腹セットは肉ごぼう天うどんにミニ丼が付くらしく、夢愛姉はカツ丼を選んだ。


「ほんま昨日からよう食うな」

「普段はそんな食べんねんけどね」

「旅先マジックか」

「そうかもしれんね~」


 まあ、それに付き合わされている俺も普段よりかなり多く食べている。メニュー写真にあったごぼう天がかなり大きく一瞬怯んだが、こういうのは写真より少し小さいのが出てくるのが相場だ。

 食べきれないほどではないだろうと注文した。


 だが、甘く見ていた。

 運ばれてきた肉ごぼう天うどんの天ぷらは、巨大だった。椀を覆うほどの巨大なごぼうのかきあげが、どっかりと乗っている。箸で持ち上げると、ずっしりとした重みを感じた。

 下からは透明感のある麺と肉が出てきたが、肉も肉でしっかりとした量入っている。


「でっかいね!」

「でけえな、まじで」


 ええい、と一口食べてみるとサクッとした小気味いい食感の中からごぼうの風味が香ってきた。これぞ、ごぼうというようなほのかな苦味と甘味。汁に浸して食べてみると、これまたうまい。

 出汁の旨味が合わさり、ごぼうの甘みが強調されるようだ。というより、出汁も少し甘めかもしれない。九州は甘口醤油文化だというし、肉うどんがベースということもあって甘いんだろう。

 透明感のある麺は柔らかいが、コシがないという表現は当てはまらない程度にはしっかりとしている。とはいえ、力強く持ち上げるとぶちぶち切れていく。

 博多のうどんは柔らかいというのは聞いたことがあったけど、思ったほどではなかった。いや、この店が比較的コシがある麺を使っているだけかもしれないが。

 風味のきいた出汁がトロトロのうどんにしっかり絡む。ごぼう天を崩しながら食べると、さらにうまい。


 食べる前は食べ切れるか不安だった天ぷらは、あっという間にたいらげてしまった。むしろ少し物足りなく感じられる。もっと食べたいと思わせるなにかが、この天ぷらにはあるな。

 それにしても、うどんとごぼうの天ぷらって合うんだな。関西では全然見ない組み合わせだが、関西にもごぼう天うどんを出す店が増えないだろうか。


 夢愛姉も満足げな顔でお腹を擦っている。カツ丼も、見事に米粒ひとつなく完食されていた。


 店を出て、一息つく。


「めっちゃええね、うどん」

「うん、ええな」

「ラーメンよりうどん派になったかもしれんわ、私」

「わかる、いやどっちも好きやけど」


 話しながら歩いていると、気がつけば切符を買っていた。新幹線の切符だ。山陽新幹線のぞみ、東京行きを京都駅までの区間の料金。

 何も疑問を挟まなかったが、次は京都に行くらしい。関西から出て福岡に来て、今度は関西に戻り京都……。滅茶苦茶な旅路だが、これぞ行き当たりばったりという感じで悪くはない。

 新幹線に乗り込んで早々に寝息を立て始めた夢愛姉の油断したような、口を半開きにした寝顔を見ているとそう思う。

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