oh Spiritus

たらず様

第1話

 白灰の国グリは、灰舞う小国だ。

死の灰が降り続けて止むことはない。白灰の影響なのか。国民は異様に白く短命だ。それでも人々は穏やかな日々を過ごしていた。

 中心地ハイネ•コペルの018番地の往来に大男がいた――。


処刑時に被る黒布、襤褸ぼろ服、身長程の大剣。

大男は柄を握る。天高く構えられた”ソレ”は禍々しい。


呻きのような悲鳴が聴こえた。

倒れる白き者。一刀両断された死骸からは何も流れない。それどころか、脳みそや五臓六腑と言った――人間的なものが発見できない。


「生命体なのか」


言うが早いか、大男は死骸を弄った。


「肉はある。いや肉しか……」


大男は立つ。再び刀身は光り果てた。

往来の群衆は見ていた。逃げる訳でも闘う訳でもなく、ただ見ていた。集う瞳は白銀だ。


噂が廻る。


――彼等は神の親縁だ

――彼等は救世主だ

――彼等は月の住人だ

――彼等は神だ


「人には信仰が必要。だが実在してはいけない」


言って、凄まじい跳躍で前方に飛ぶ。

常なら突き刺す態だが、対峙する人間もどきには心臓がない。それゆえ身体を捻り、首を刎ねる構えに移行した。


白髪が宙を舞う。

それでも群衆は、やはり見ているだけだった。抵抗しない白い塊を、次々と屠る。やがて白皙は山となり、立つ者とて酷く非道な――黒布の王である。

 

 中心地ハイネ•コペルの011番地。白灰積もる城。栄華絢爛な白銀の玉座。

静座するは瑰麗かいれいな――姫。月白のドレスには、髪が垂れている。衣服より頭髪の方が美しい。


「神は言葉ばかりですね」


姫は微笑む。


「そうだな」


大男は再度身体を捻り突進した。次の瞬間玉座の上部分は落剥した。


「ハハッ――」


「無抵抗ではないのか」


姫は凭れるようにして屈んでいた。

左腕を突き上げ、右手で狙いを定め――突く。


「……ッ」


しかし姫は咄嗟とっさに前転し、そのまま逆立ちをしたかと思うと、前方倒立回転で姿勢を直す。

大男はまたもや突きの態勢をとる。やや後方に引いた左足でしっかり踏み込むと前進した。 全力なのか途轍もない速さだ。切先が――姫の手に触れた。


次の瞬間、大男と姫は激突した。

と思ったのも豈図あにはからんや。姫は灰になり飛散した。残ったのは月白のドレスだけ。


「逸らされたのか」


脚に力が入らない。痛みからではない。形容しがたい恐怖が――大男を石に変えた。


その時、


「人を救って処刑されるなんて変だよな」


どこからともなく声がした。それは幻聴で大男の後悔から来るものだった。


「そうだな」


言って、大剣で灰を振り払う。散り散りになったものが風に乗る。大男はハッとして窓を探してみたが、一つも見当たらない。


「化物が」


灰が逃げていく。

大振りで斬りつけるがなんの意味もない。それどころか余計に瀰散びさんした。追って死骸に躓く。


それはとうに斬り捨てた――宮廷仕事人。

腹いせに、上半身だけの奴を投げて、ふと思い返して――抱きしめたり舐めたりしてみる。


「灰にならない。死骸だからか?」


姫は剣を避け、接触を選んだ。

偶然なのか。意図したものか。逆にグリの住人は何故無抵抗だったのか。どうして姫だけが、抵抗したのか。そもそも灰が降る理由。


「止まない理由……」



 白灰の国グリ全土。

積もる灰は形を成していき、降る灰は一箇所に集まっていく。形はやがて――


――影となり

――龍となり

――烏となる


影は無数で蠢いている。

龍は無窮で嘆いている。

烏は無碍で鳴いている。


集う灰は人型を形成した。

そこには何もかもが白く、しかし瞳だけは途方もなく暗い――人外がいた。


最後の灰が、純白の髪に触れた途端、突然――重さを思い出したように落下した。地面からは影が伸び、烏は一直線に飛んだ。

その間龍はまだ憂えていた。


「ナイスクッション」


乗りながら、人外は続ける。影は引っ込んで、烏は得意げだ。


「ともすれば濡羽にともすれば月白に。みる人によって色が変わる――犬畜生にも劣る世界」


楽しそうであどけない。だが神秘的だ。


「かみ、神様なのか」


「だとしたら、人間にとって都合が良過ぎる姿だね。ハハッ――」


人外の笑みは、姫の笑みとは全く違っていた。美しくも恐ろしい花笑みだった。暗澹あんたんな目は、月明かりがない、夜の森そのもの。


「そうか」


途端に快音が響いて、広範囲に土煙が広がる。人外を乗せた――烏までは届かないものの煙幕としては充分だろう。

煙の層が球体に割れ、大剣が飛んでくる。

急いで上昇するも、既にそこには、大男が待ち構えていた。やはり凄まじい跳躍力だ。


「それでも俺は人類に尽くしたい」


また幻聴が耳についた。


大男は祈るように手を重ねた。

そして人外に振り下ろす。が、両手で防がれてしまう。めげずに振り子を模して身体を揺らすと――膝蹴りに移行した。


人外は腿の内側を少し押すと、その勢いでヌルッと落ちていった。

烏は慌てて下降しようとするが、


「待て」


大男に阻止されてしまう。

草萊戦ぎ、烏鳴く。


人外は落ちていく。地面はすぐそこだ。

不意に大地が漆黒に染まった。影である。

この無数の漆黒はどんどん広がり、やがて巨大な手を創り出した。――極小の白は包まれて。


雲が死にはじめて、影が少しずつ消えてゆく。陽が暗い瞳に刺した。それでも影は落ちない。


人外が降り立った。

それと同時に突風が吹いた。そして耳をつんざく咆哮。今度は龍が飛翔した。


「月に……白と鬼。そして人で月魄人げっぱくじん


人外は、白皙はくせき死屍累々を見つめながら付け加えた。


「この子達の種族名で、ボクの呼び名でもある」


人外否――月魄人はつぶやく。気だるそうで、けど嬉しいそうなヘンテコな表情で。


「そんな事はどうでもいい。それよりもお前は死ぬべきだ」


放り投げられた烏の首。

気にも留めない月魄人。


「どうして?」


「神は足りてる」


「ボクは人間だよ」


「荘厳美麗。お前は信仰の対象になる」


「ハハッ――」


「戦争の原因にもな」


「キミが止めればいい」


「属する組織によって善悪が決まる。月魄人、俺は人類の味方でいたいんだ」


「そっか……」


「わかってくれたか。死んでくれるな?」


ゆっくりとした歩幅。だが、後数歩で剣が届く距離だ。――あと一歩。


首に一閃。


「キミの意向には進まない」

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