もう一つの戦
門前に新入りを導いた。西日を浴び、〈旧式〉の武器を手に、畑やあぜ道に雑然と立ち並んでいる。応じた〈少年〉は百にも満たなかった。だが自分の頭で戦をすると決めたやつらだ。
ぞろぞろと畑のあぜ道を行列する。赤松の林では仲間が宴会の支度をしている。
緩い坂を上り、林に入った。煙が幾筋も立ちのぼるなか、数人が鶏をさばいている。フェールも以前、何度かやってみた。足を縛って逆さにし、暴れるやつの口に小刀をねじ込み、上のほうを切る。血がだらだらとこぼれ、白目を剥いて死ぬ。湯に入れたあと、羽根をむしる。尻を丸く切り、手を突っ込み、臓腑を引き抜く。黄色だの灰色だののぐちゃぐちゃがずるりと出てくる。やればなんでも慣れるものだ。
新入りを解散させたあと、なんとなく立ち尽くしたまま、そばの焚き火をぼんやりと見つめた。隊は総勢三百。バジャルドはニーヴンの〈少年〉に呼びかけたが、ほとんどが大人殺しをつづけると決めた。理由はわからないし知りたくもない。よその町に行き、さらに〈少年〉を集めるべきだろうか。はやく旅に出たい。旅籠を引き払い、ジョスと話す。〈王国〉まで川沿いを進む。家畜は足の速い船で届く。すべては自分の一存だ。
エミリアが隣に立った。
「見事に、まとめられませんでしたね」
ぎこちない笑みを浮かべた。媚びるような眼差し。〈少年〉がまた一羽、鶏を殺した。踏み固めた道に血がこぼれ落ちる。
正面にまわりこんできた。言葉を選ぶようにうつむき、目を上げ、言った。
「わたしに策を話さなかったのは、正しい判断だったのでしょう。わたしは、その、堅苦しく、姉のように口うるさいので。姉ではありませんね。母親です、まるで」
「悪いけど、あとでいいかな。いろいろやることがあるんだ」
エミリアは思わずといった調子で手を持ち上げ、下ろした。
小さく唇を開いた。
「あの」
〈少女〉売りのグイドがのしのしとやってきた。さんざん残飯を食らい、白い羊毛が茶色く汚れている。
握手した。エミリアは後ろに引いた。
「やれやれだ。悪もんの役も楽じゃねえ。とにかく助かったよ。で、なんの用だ」
「〈少年〉を雇って、ネーゲルに護衛をつけてくれ。〈少年〉の一部が命を狙ってる。死なれると困るんだ。戦の仲裁役だから」
グイドは顔をしかめた。
「よくわからねえな。だいたいおまえが焚きつけたんだろ、広場で」
「とにかく騒ぎを起こしたいんだ。都の人にも神の計画を伝えた。〈少年〉たちがめちゃくちゃやれば、噂はさらに広まる。よその町にも広まる。広まれば広まるほどみんな信じるようになるんだ。ぜんぶ王女様の受け売りだけど」
フェールは腰の巾着を開き、金貨を一枚取り出した。
グイドは低く笑った。フェールの手を取り、金貨を押し込んだ。
「あんときも小遣いくれたな。だが間に合ってる。おれの年収知らねえだろ」
「もう一つ、ネーゲルに伝えてくれ。おれと話がしたくなったら使者をよこせ、って」
「任せとけ。おれも悪党だが、例の話は狂ってる。暴動が起きりゃいいな」
もう一度握手し、別れた。世は非情だが、おもしろいところでもある。
イーファが林から出てきた。大量の香草を花束のように抱えている。
「あったあった。ようやく見つけた」
茣蓙の上にあぐらをかき、葉をむしりはじめた。王女様は林にいるときのほうが生き生きとしている。エミリアはまだそばに立っている。
フェールはエミリアに向き合い、できるだけ丁重に言った。
「お別れだ。いつかまた会えるといいな」
目が潤み、唇が震えた。
「そんなこと言わないで」
背後で長靴が土を噛んだ。フェールは振り返った。
大男が黒い戦斧を担ぎ、うつろな半眼で見下ろしていた。
「カーニーだ。いちおう、グラーツの隊長ってことになってる。そっちは何人だ」
「ニーヴンの隊と合わせて二百と少しだ」
「みんな知りたがってる。ほんとに戦できんのか。王は雇ってくれんのか」
「おれには王女がついてる。勝ったあとは〈王国〉で暮らせるぞ。いい話だろう」
カーニーは目を向けながら首をねじり、つばを吐いた。
「なんでそれを先に言わねえんだ。もっとついてくんのに」
「無駄飯食らいはいらない。とにかく歓迎するよ。よろしくな」
フェールは手を差し出した。カーニーは手を見、鼻で笑った。
「なに隊長づらしてんだ。雑魚が」
日が沈んだ。林の奥で騒ぎが起きている。カーニーとお仲間が薪を拾う〈少年〉たちにちょっかいをかけている。武器を抜いたら手を貸す。どちらが雑魚かはすぐにわかる。
フェールは茣蓙に腰を下ろし、火のそばに置いた錫の椀をのぞいた。中には豚脂が入っている。そろそろ溶けそうだ。イーファはすり鉢に入れた香草をすりこぎでつぶしている。レイは鶏肉を抱え、細い短剣で突いては抜きを繰り返している。
「こうすると柔らかくなるんだってさ。王女様は料理女みたいなことも知ってる」
レイから肉を受け取る。豚脂を別の器に移し、すりつぶした香草を混ぜた。
脂を手ですくう。熱い。あわてて手を引き、指をくわえた。イーファが笑った。
「料理ってのは面倒だな。このぶんだと真夜中の宴会になる」
「面倒も旅の楽しみのうちだろう。忙しくすれば酒の量も減る」
エミリアがおずおずと口を開いた。
「わたしは、なにをすれば」
「アイラには絶対に手を出さない。いまもいないだろう? 薪を集めてもらってる。だから安心して院に帰ってくれ」
「おそばにおりたいのです。院は、しばらくマルガリーに任せようと考えております」
「アイラが嫌がるんだ」
「お友達に、なれます。優しくします。だから」
フェールは思わず声を荒げた。
「そうやってついてきて、またおれを責めるつもりだろう。わかってる。おれは妹を抱いた屑だ。どうすればいいんだ。悪かったと思ってるよ。ほかにどうすればいい」
エミリアの顔が歪んだ。涙があふれ、頬に伝った。わけがわからない。
「どうして泣くんだ」
イーファが手を止め、すりこぎで顔を指した。
「おまえこそ色恋に疎いではないか。人を馬鹿にしおって」
子供のように両手で頬を拭っている。あとからあとからこぼれ落ちる。
「どう、すれば、お友達になれますか。わからないの。ずっとひとりぼっちでした。わたしは、そんなに冷たいですか。だから、いつも、仲間外れになるのですか」
かぼそく喉を鳴らし、すすり泣きはじめた。フェールは鶏を茣蓙に置いた。作戦を話さなかったのは正しい。〈少女〉を見捨て、グイドを引き入れた。隊を集め、騒動を引き起こし、エミリアを泣かせた。非情な世を正すために。
香草入りの脂をつついた。冷めている。たっぷりとすくい、鶏に揉み込む。
「また罪を犯した」
「赦します」
「一緒に悪いやつをやっつけよう。神の計画を止めて英雄になってやる」
「はい。ほかに知りたいことはございますか。朝は口がくさくなります」
「みんなそうだよ。そこは王女様も同じだ」
「下民と一緒にするな。明日嗅いでみろ。菫の香りだ」
エミリアはぎこちなく笑った。顔を拭い、清める。
「あ、そうだ」
いそいそと背嚢を外す。
「菓子が、たくさん余ってしまって。おなかが空いたのでしたら、いかがですか」
「甘いものは好きじゃないんだ。本当に」
「では、半分だけでも」
包みを開き、一つ取った。中ほどまで口に入れ、噛んだ。ぽくりと折れる。
残りを差し出す。フェールは受け取ろうとし、引っ込めた。手が脂まみれだ。
エミリアは膝を折り、口にそっと押しつけた。フェールは招き入れ、噛んだ。ほんの一瞬、指先が触れた。涙の味がした。
「ね、おいしいでしょう? おいしいと言って。ね?」
いつか食べた菓子より甘くない。涼しげで、バターが濃い。フェールはうなずき、うまいと言った。エミリアは泣きながら笑った。両手を差し伸べ、すぐに引っ込めた。
よくわからず、イーファに目を向けた。不機嫌そうに香草をむしっている。
「わたしの前で戯れるとはな。宣戦布告と捉えるぞ」
「ええ。戦をはじめましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます